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「たっだいまー!!」
いつはさんとお堂に戻りお茶を飲んでいると、月乃と粟森が元気よく帰ってきた。
二人とも手には本や石、謎の調味料、謎の飲料などを両手一杯に抱えている。
いつはさんはスーパーだと言っていたが、明らかにスーパーでは売っていなさそうな物ばかり抱えている。
そしてその事に一切疑問を抱いていなさそうな月乃と粟森に若干引いていると、何故か月乃がウインクしてきた。
正確には両目を瞑っているためできてはいない。
「ん、持ってきたもん預かるせ。」
「はーい!」
バイトに行く前の不自然さが消えている月乃からいつはさんが謎の物品を二人分受け取り、バイトは終了となった。
月乃と粟森は最後までバイト内容に違和感を持っていなさそうだった。
「んじゃ、報酬渡すせぇ。娘っ子はつつじに預けてあるしぃ、あとで貰い。」
「あざっす!」
「ありがとう!」
そして粟森にだけ茶封筒を渡す。
私はそれを作り笑顔で見守る。
「あ!おれそろそろ帰らねぇと!じゃぁな、ツキノに山瀬さん!」
粟森が元気よく帰ろうとすると、月乃がばんっ!と大きな音を立てて声を上げた。
「わ、わたしたちももう帰るよね!つつじ!」
「そうだね、そろそろ帰ろうか。いつはさん、今日はありがとうございました。」
やけに焦った様な月乃に合わせ、いつはさんにお礼を言ってから三人でお堂を出る。
いつはさんはお茶を飲んだまま見送ってくれた。
外は夏とはいえもう薄暗く、いつ蛇や怪異が出るかわからない。
薄暗い中三人で並んで家まで一時間程の道を歩く。
「もう夏だってのにまだ暗いなぁ。」
「そうだねぇ。」
「すぐ明るくなるよっ!だってさ来週から夏休みだよ!」
「別に夏休みだからって明るくなるわけじゃねーよ?」
「で、でもほら、夏休みって夏っぽいじゃん!」
「“夏”休みだからな、当たり前だろ。」
月乃のテンションがやけに高い。
お堂に戻ってきてからずっとそうなのだが、一体スーパーで何があったのだろうか。
怪訝に思いながら月乃と粟森の会話を聞いているとすぐに、粟森と別れる場所まで歩いた。
私達の家は高校がある山を挟んでお堂がある地区の反対側にあるが、粟森の家はこちら側、つまりお堂がある方の地区のため、山を越える前に別れるのだ。
「じゃ、また来週な〜。」
「またね。」
「ばいばーい!」
曲がり角に消えていった粟森を見送った後、月乃と二人並んで歩く。
ようやく表情筋を休憩させられる。
「つつじ、スーパーすっごく楽しかったよ!なんかスーパーっぽくは無かったけど、色々落ちてて、時々体がフワ〜ってするの!」
粟森と別れてからもハイテンションな月乃は本当に楽しそうで、水を刺すのは躊躇われたが、いつはさんから預かっていたバイト代の説明のために一旦月乃の話を遮る。
「これ、いつはさんから私達のバイト代。」
「えっ!わたしのもあるの?」
「え、うん。このお面。」
何故かバイト代を貰えると思っていなさそうな月乃に持っていたお面を二つ見せる。
「わぁぁ!可愛い!これがバイト代?」
「らしいね。月乃、どっちが良い?」
「わたしこっち!」
月乃が私の手から抜き取ったのは、予想通り赤い飾りのついた猫のお面だ。
私は手元に残った紫の狐のお面をしまい、まじまじとお面を観察している月乃に目を向ける。
「で、何のためにいつはさんにバイトをしてもらえる様に頼んだの?」
ピシッ、と氷にヒビが入った様な音が何処かでなった気がした。
「え、え、え、え、えと、そっそそそ、それには深いわけが!」
「別に怒ってる訳じゃないから。理由だけ簡潔に話して。」
やけに焦る月乃を落ち着かせるために声のトーンと話す速度を落として話す。
単純な話術だが、単純な月乃には効果は抜群だった。
少なくとも言葉に詰まる事は無くなった。
「別につつじが怒ってるとは思ってないよ。」
「じゃあ何でそんなに挙動不審なの?」
「そ、それは、えーっと……。」
モゴモゴと歯切れの悪い月乃は珍しい、と思ったが最近は割と歯切れが悪いので別に珍しくは無かった。
どうしてか目線を横に逸らし、明後日の方向を向いている月乃を黙って見つめていると、小さな声でようやく答えが返ってきた。
「……………………て。」
「何?」
「しょうまくんと、会いたくて……。」
「毎日学校で会うじゃん。」
何を言ってるんだこいつは。
「学校外でも会いたいの!」
「ふーん。……………あぁ、なるほど。」
何となく察した。
「次は巻き込まないでね。」
「つつじって時々鈍いよね。」
月乃が疲れた様な呆れた様な顔をしてさっきまで逸らしていた猩々緋を私に向ける。
「いつはさんになんて言ってバイト用意してもらったの?」
いくらいつはさん相手とはいえ、まさか馬鹿正直に好きな人と会いたいから場所を用意してください、とは言わないだろう。
「え?普通に好きな人と会いたいけどどうしよう、って言っただけだよ。」
マジかお前。
「そんなマジかお前、みたいな顔しないでよ。」
「多分私より月乃の方が鈍いよ。」
そういうのはもっと恥ずかしがるとかするもんじゃ無いのか?
恋愛などした事がない私がいうのもおかしな話だが、多分そんなあけすけにやらないと思う。
「いやいや、絶対つつじには全部バレてたと思ってたよ!」
「じゃあ何であんなに挙動不審だったの?」
「だって隣にスキピいるんだよ!?」
「すきぴ?」
新しい柿ピーの仲間だろうか。
「好きな人の事だよ!」
「今時の高校生はすきぴっていうの?」
「つつじも現役ジェーケーでしょ!?」
ではこれをジェネレーションギャップと言わずして何というのだろうか。
明らかに世代の差的なものが私と月乃の間にあると思う。
「もー、つつじはもうちょっと高校生活エンジョイしよ!」
「最初から期待してないよ。」
高校卒業資格とある程度の大学に入れるだけの学力。
私が高校に求めるのはこれだけだ。
他は期待していない。
「何で?高校なんていっちばん楽しいじゃん。」
「アニメとか漫画だけだよ、楽しいのは。」
「そう?ほとんど毎日遊ぶだけじゃん。」
「そんなだからテスト前に苦労するんだよ。」
よくそれで私よりも勉強しているとか言ったな。
「うっ……。で、でもほら、なんかあるでしょ!高校でやってみたい事とか!」
「無いよ。」
「え?彼氏作りたいとか、モテたいとか、プリ撮りたいとか、制服デートしたいとか、無いの?」
ほとんど、いや見方によっては全てが恋愛関係しかない月乃の願望はまさに恋する乙女、というやつだ。
これが恋に盲目というやつか、と若干感心してしまう。
「なんかないの?」
私の呆れに気づくことはなさそうな月乃は不思議そうに私を見ている。
どうしてそんなに不思議そうなのか私には理解が出来ない。
「無いよ。」
「何で?」
やけにしつこいな。
月乃はどこまでも真剣な瞳で真っ直ぐに私を見る。
これは嘘でも何でも理由を答えなければずっと聞かれ続けるやつだ。
答えるまでうるさいであろう月のを前に、渋々言葉を返す。
「別に楽しく無いからね、学校なんて。」
「そう?」
「そう。楽しく無い。」
興味のない授業をひたすら聞いて、難解な数字を解いて、使いもしない言語の読み書きを覚えて。
挙げ句の果てに面倒な人間関係まで構築して巻き込まれて。
そのどれもが、楽しくない。
どうしたって色褪せてしまって、面白味がない。
どれも必要な事なのでそれは仕方がないことではあるが、楽しいと思えないものは楽しくない。
「でもつつじ、楽しそうじゃん。」
「そう?」
「うん。だって、図書室にいる時、いっつも楽しそうじゃん。」
「………。」
楽しそうに見えたのか。
私は放課後の図書準備室を思い浮かべる。
いつも小戸路先生とキリカさんがいて、話をする。
キリカさん以外のテンションが低めなので盛り上がっている感じはしないが、常にふざけた会話をしていると思う。
それが楽しいのかどうか、私は判断できない事に気付いた。
何故かと言われると難しい。
ただ何となく、判断ができない。
確かにあそこでは作り笑いなんてしない。
でも、何かをいつも警戒している気がする。
とにかく、手放しで『楽しい』というには、何かが喉に詰まってしまう。
「つつじ?どうしたの?」
「……何でもない。」
心底不思議そうな顔をした月乃を見ながらそっと見たくもない疑問をどこかに放り投げた。