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紫の刹那でひとひらを察するには  作者: こたつ
梔子のアルバイト
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「さて、バイトの説明せぇ、よく聞くしぃ。」


 いつはさんが切り出したのは月乃と粟森が茶菓子の大半を食べ尽くした頃の事だった。


「まず、バイトは二チームに分かれてもらうしぃ。やる事は二チームで違うんせ、また説明するし。とりあえず適当に別れ。」


 そういうとまた湯呑みを両手で抱え、黙ってくつろぎ始めてしまった。

おそらく、今チーム分けを決めろと言う事だろう。

 察した私は月乃と粟森を見やる。

どこか緊張感が漂う空気を壊したのは、未だ挙動が不審な月乃だった。


「わ、わわたし、二人の方がいい!」

「二人と一人に別れればいいんですか?いつはさん。」

「そうせぇ。一人の方はうちと一緒せ。」

「なら、粟森さんは月乃さんと一緒の方がいいよね?私が一人、月乃さんと粟森さんが二人の方でどう?」


 この布陣なら月乃の要望も満たせるし月乃のお守りもしなくていい上に粟森と別れられるので笑顔を貼り付けておく必要もない。

いつはさんと二人なのはそれはそれで不安だが、少なくとも身の危険は少ない。


「いいよ!!」

「う、うん、おれもそれでいいよ。」


 やけに声が大きい月乃はいいとして、粟森は何か言いたそうな目をしているがこの編成が私にとって一番都合がいいので黙殺させてもらった。


「ほんなら先に二人チームの方の説明するしぃ、よく聞いときぃ。」


 そう言っていつはさんが月乃と粟森に視線を向ける。

二人は何の疑いもなくその視線を受け、いつはさんの梔子色の瞳をまっすぐに見ている。

 何も知らない粟森はともかく、月乃がいつはさんの瞳を見続けているのは何故だろうか。

目を合わせればいつはさんに読まれるというのに。

月乃はもうその頭丸ごといつはさんに知られているかもしれない。


「まず、二人にはスーパーに行ってもらうせ。」

「「スーパー?」」

「せやぁ。まぁ、スーパー言っても、営業中のスーパーやないせ。廃業してそんまんま残っとるとこしぃ。そこで、商品回収をしてきて欲しいせ。」


 そこからいつはさんが話し出したのは詳しい商品回収の方法だった。

いつはさんによると、スーパーの中には商品が落ちているらしい。

その落ちている商品をなるべく多く拾ってここまで持って帰る事が仕事。

もちろん、商品棚の中にも商品は営業当時と同じように並んでいるらしいが、その棚に並んでいる商品には触れてはいけないらしい。

 また、もしスーパー内に人がいても業者か泥棒だから無視する事、話しかけられても無視、何かアクシデントがあっても無視、とにかく商品回収だけして帰って来い、との事だ。

 どう考えても普通のバイトではない上に明らかに怪異関係の仕事だ。

月乃はともかく、能力持ちではない粟森に行かせても良いのだろうか。

 

「と、まぁこんなもんしぃ。なんかあったらうちに連絡入れぇ。」


 と言って説明を締めたいつはさんは早速月乃にスーパーの位置を示した地図を渡してさっさと送り出した。

月乃も粟森も仕事内容に疑問を覚えなかったのか、素直にその指示に従って出て行った。

 危機感のない月乃ならまだしも、こんな胡散臭い仕事を二つ返事で引き受けた粟森は一体何者なのだろうか。

私なら絶対に引き受けない。

 私は呆れつつ湯呑みを傾けつつ二人を見送った。


「何が目的ですか。」


 二人が出て行き、声が聞こえないくらいの距離になった頃、私は表情筋から力を抜いて問いかける。


「うちは娘っ子のリクエストに応えただけせ。」


 素知らぬ顔でまた湯呑みを傾けるいつはさんには、何を問いかけても欲しい答えは返ってこなさそうだ。


「この際もう目的やら何やらはどうでも良いです。ただ、能力持ちではない人間を明らかに怪異関係の場所の放り込んでも良いんですか?」

「大丈夫し。多少お化け屋敷にはなっとぉけんど、曖昧にしてあるせぇお互いはっきり認識できんせ。」

「そうですか。」


 唯一バイトの細かいところまで把握しているいつはさんが大丈夫だと言うのならそれを信じるしかない。

かと言って、ここで大丈夫ではないと言われてもどうにもしなかったが。


「それで、私は何をすれば?先に言いますけど怪異関係ならここで帰ります。」

「せやなぁ、神社の掃除でもするせぇな。」

「はい?」

「掃除せ。神社の。」

「どこのです?」

「神さんとこの。」

「神さん?」

 

 怪異がいるくらいなのだから神もいるのだろうか。


「今は留守せぇ。どーせ会うこともないし。けんど、バイトにはちょうどええせー。」

「はぁ。」


 いつはさんは戸惑いが隠せなかった私の顔を一瞥し、すぐに立ち上がって出て行こうとする。

私も後を追うように立ち上がると、さっきまでまだ湯気が揺らめいていた湯呑みが消え、何事もなかったかのようにちゃぶ台だけが畳の上に鎮座していた。

 いつはさんはお堂仮の前で私が出るのを待った後、戸に錠をかけてから歩き始めた。


「神社って、どこのです?」

「どこでもないしぃ。あっこは行こうと思やぁあん神さんを祀っとぉ社からならいけるせ。まぁ、人間にゃ難しいせぇ。」

「怪異絡みですか……。」


 掃除とやらも、神社内に沸いた怪異を掃除する、とかではないかと訝しむ。


「怪異絡みゆうよりゃ妖絡みせ。妖は現世(ここ)以外にも常世(とこよ)やら隠世(かくりよ)やら言われとぉ空間に大半がおる。そっち側の空間に神社があるせぇ。」

「神さんは妖という事ですか。」

「大半はそうせ。」


 何やら含みのある言い方だが、どうせ私がこの人の言葉を鵜呑みにする事はないので気にしない。

神やら妖やら言っているが、結局私達人間からしたらどちらも大差ないだろう。


「つつじ、そっから入るせぇ、ちょいと待ちんせ。」


 五分と歩かずにたどり着いたのは特に何もない畦道のど真ん中。

そこの片隅に忘れ去られたように佇む小さな祠。

 私の腰よりも低い位置にあるその祠は、あかねがいた祠よりもさらに古そうな木材に施された美しい彫りが特徴的だ。

 ただし、全体的に寂れて存在感がなくなってしまい、その細工もほとんどが苔むしてしまっているが。

 

「つつじ、ちょいと目ぇ瞑っとりんせ。」


 こちらに背を向け何やら屈んで祠をいじくり回しているいつはさんの言葉に素直に従い、目を閉じる。

 視界には瞼の裏の暗闇とはまた違う黒が映る。

目を閉じると、平衡感覚が無くなってくる。

代わりに、いつか読んだ小説や漫画の一面がいつの間にか見える。

 こういうのをきっと想像力というのだろう、なんてぼけ〜っと考えていると何かに腕を引かれている気がしてきた。

いつはさんが引いているのか、ただ平衡感覚が駄目になっているのか。

とりあえずいつはさんが何か言っている様子はないのでそのまま引かれる。

 

「もう良いせぇ。」


 引かれ続けてしばらくした頃、五分とも十分とも取れない時間が経った頃。

いつはさんの声に従い、目を開く。


「………ここがその空間ですか。」

「なんせ、人間には珍しいもんや思ってたせぇ、あんまおもろなかったけ?」


 珍しく不安そうな声を出すいつはさんの言葉に私は否定を返す。

 この光景は面白いなんていうものではない。

ただ一言で表すのならば、まるで、小説の中に入った様だった。

 空は青くどこまでも澄み渡り、青々としげる若草はどこまでも広がる様な錯覚を起こす。

そこで目を引くのは重厚でどこまでも鮮やかな鳥居と厳かな石灯籠。

 どちらもそこまで大きい物ではないがほとんど隙間もない様に敷き詰められ、山の上に続く石段を彩っている。

驚くべきは、その鳥居と石灯籠一つ一つ意匠が異なっている事。

色はもちろん、材質や年代、造り、見える限り全てに同じものはない。

 さらに驚くことに、山の中で石段に道を開ける様に植っている木々は全て季節がバラバラで、満開の桜、色鮮やかな紅葉に銀杏、真夏の深緑の木々、真冬の氷柱が吊り下がる枯れ木。

 木々だけでなく、様々な植物が季節関係なく咲き乱れて枯れている。

鳥居も植物も、全てバラバラで多種多様。

にも関わらず全てが調和し、バランスを保つ。

 先ほどから舞い散っているのは桜の花弁に粉雪。

日差しは強く視界は揺らいでいるのに熱は感じず、少し寒いが暖かく心地よい風が吹く。

 まるで小説の中の美しい約束の場所だ。

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