78
よく晴れて暑く、いつはさんに貰った組紐の梔子色がよく映える七月の昼間。
私は気まずい三者懇談を終え、月乃との集合場所である靴箱に到着したところだった。
そこには私よりも先に三者懇談を終えた月乃と能力持ち以外にも見える状態のヒガンさんがいるはずだった。
いや、この言い方ではまるで二人がいなかったようなので語弊があるが、予想とは異なっていたのは事実で。
「何や、つつじのクラスメイトも行くんか。」
「聞いてないんですがねぇ。」
横に並んで歩いているのは保護者として三者懇談に来てくれたシガンさん。
ちなみに月乃の保護者はヒガンさんだ。
そのため靴箱で私達を待つのは月乃とヒガンさんだけのはず。
しかし、そこには第三の人物、クラスのえ〜っと、名前何だけ……。
まぁ、なんかもう一人いる。
「あ!つつじ!」
「おー、シガン、つつじの三者懇どうやったー?」
軽く話しかけてくる二人に私は笑顔で返す。
その後、自然な感じでようやく苗字だけ思い出したクラスメイトにも声をかける。
「あれ、粟森さん、今日懇談だったっけ?」
名前は覚えていなかったクラスの男子生徒に不思議そうな視線を向ける。
たまたま靴箱で月乃と話していたのかもしれないとは思ったが、彼は私達を待っていた月乃に私達が合流しても離れていく様子がない。
不可解であったが、それも含めて本人がその口で説明してくれた。
「ううん、オレの懇談は昨日。ってか山瀬さんツキノに聞いてなかった?ツキノがいいバイトがあるって言うからオレも行くって事になってんだけど。」
「聞いてないねぇ。」
私は笑顔を貼り付けたまま月乃に目線を流す。
案の定月乃は全力で私から目を逸らしている。
月乃が言っていた能力持ちではない高校生とはこの粟森の事であったらしい。
何故粟森が来ることを隠していたのかは知らないが迷惑極まりない。
そもそも何故バイトに誘われていたのかすら分からないと言うのに、さらに面倒そうな雰囲気を目の前の二人から感じた。
「俺らは先に帰っとるでな。」
「月乃ちゃん、またなぁ〜。」
シガンさん達は私達が話している間に帰ってしまった。
その後月乃の道案内によりいつはさんが指定したと言う集合場所に向かう。
「そういや、山瀬さんとツキノって親戚なんよね?やっぱ付き合い長いの?」
「いや、遠縁だから会ったことなくって。月乃さんが家に来てから知り合った感じかな。」
「へぇー。ツキノ、いっつもうるさくねぇ?近所迷惑なってない?」
「あはは。流石に大丈夫だよ。いくら月乃さんでも、近所迷惑ほどはうるさくないから。」
「まぁさすがにそうか。ってかツキノ今日めっちゃ静かじゃね?」
「そうだねぇ、体調でも崩したのかな?」
集合場所へ向かうまでの間は粟森からおそらく善意で振られる会話に作り笑顔と嘘でやり過ごしていると、話は当然の如く月乃に向かって転がった。
もとより遠縁の親戚、と言う事になっている私達だ。
上手く月乃に絡まないと不自然だろう。
そう思い、転がるままに月乃に水を向けてみた。
スタスタと私達の前を歩いていた月乃は挙動不審に振り向く。
この時点で若干話を振ったことを後悔しだしたがもう後の祭りだ。
「い、いやぁ?げげげ元気だよ?」
「絶対ゲンキじゃないやつじゃん。どしたの?体調わるい?」
「い、いや、全く。」
「本当?月乃さん、さっきから変だよ?」
心配する風を装って月乃の体調不良、と言うことで乗り切る方向で行こうと今決めた。
誰がどうみても動揺がひどい月乃は今も忙しなく手がわちゃわちゃしている。
そんなに動揺するくらいなら最初から粟森が来ると言ってくれれば良かったのに。
「そういや、山瀬さんにおれが来ること内緒にしてた?」
月乃の体調から話を移した粟森は、月乃が今最も触れてほしくないであろう話題に踏み込んでしまった。
月乃の顔が凍りつく。
私は特にフォローもすることなく見守る。
もとより秘密にしていた月乃の身から出た錆だ。
とはいっても、そこまで動揺しなくともいいが。
もはや動揺で噛みまくっている月乃を見て思う。
別に、そこまで怒ってはいないのに。
「い、いやえと、うん、ひ、ひみちゅにする気はなかったけど、い、言い忘れたわけでもないと言うか何と言うか、うん、そう、えっと……。」
「どうせ忘れてたんだろ、おれが行くこと。」
粟森はさして気にした様子もなく笑って話題を移し替えたが、月乃の動揺は消えそうにない。
私に粟森が来ることを黙っていたこと以外にもまだ余罪があるかもしれない。
キリキリと嫌な予感が降り積もって行く中、いつはさんの指定した集合場所に到着したらしく、月乃が不自然に立ち止まる。
「集合場所って、ここ?」
「う、うん。」
「ここ、本当にバイトするようなとこか?」
月乃に連れてこられたのは町外れの山の麓。
高校からは大体徒歩一時間ほど離れており、周りは畑か山しかない。
こんな場所でバイトをするとなると農業くらいしか想像がつかないが、周りの畑にはすでに野菜や果物、ビニールハウスが立ち並び、そのどれもがまだ収穫の時期ではない。
一体何をやらされるのかと言う不安が迫り上がるが、せっかく一時間かけて歩いてきたのに蜻蛉返り、と言うのも面白くない。
逃げるなら今がラストチャンスだったが、私はチャンスを手放した。
「いつはさんがいるなら多分、あそこのお堂じゃない?」
私は緑に侵食されている木造の小ぶりのお堂を指差す。
この山や山周辺は寺院ではないので正確にはお堂ではなくお堂風の掘立小屋なのだが、細かいことは気にしない。
「お堂?あっ!あれか!」
粟森はすぐにお堂を見つけたようだが、月乃は見つけられなかったようで忙しなく周囲を見回している。
「ほら、ツキノ、アレだよ、あれ!」
そう言って粟森が月乃の手を引いてお堂の方を向かせる。
月乃は驚いたようだったがお堂を見つけられたようだ。
「た、たた多分!多分あそこにいつはさんいるから!はやくいこっ!!」
月乃はすぐに粟森の手を払うと慌ただしくお堂の方へバタバタとかけて行った。
「なんか今日あいつ大丈夫かな。」
「さぁ……?」
心配そうな粟森に適当な返事をしながら二人で月乃の後を追う。
距離的に見失う事はないがお堂仮は随分と古風で、今の月乃が慌てて中に入ったら壊れそうなので出来れば月乃より早くお堂仮に辿り着きたい。
そんな雑な杞憂は必要なかったようだが。
月乃がお堂仮の戸に手をかけるより早く戸が横に流れた。
「落ち着くせ、娘っ子。」
「い、いいいいつはさん!」
中から出てきたのは案の定いつはさんで、呆れたように月乃を見下ろす。
身長の高いいつはさんは少し屈みながら月乃を見ているが、それでもなお月乃より高い位置に頭がある。
「とりあえず全員中入るしぃ。」
のんびりと言ってから中へ入って行ったいつはさんに続き、月乃、私、粟森の順で中に入る。
中は五畳ほどの空間に古いが綺麗な畳とちゃぶ台、座布団が人数分並べられていて、全員が腰を下ろす。
いつはさんが事前に準備していたのか、ちゃぶ台には湯気が立っているお茶と茶菓子が人数分載っている。
私はそれを一瞥してさっさとバイトの内容を聞き出す事にする。
粟森がいるので笑顔は崩さずに学校の中のように振る舞わなければならないのが面倒だ。
「バイトの内容教えてもらってもいいですか?」
「まぁそう急かんと、茶でも飲みぃ。」
相変わらず退屈そうな笑顔で茶を勧めるいつはさんが何を考えているのかわからない。
「この人がイツハさん?」
いつはさんとは初対面の粟森が隣に座る月乃に小声で聞いているが、月乃は動揺ゆえか耳に入っていない。
代わりにいつはさん本人が肯定する。
「そうせぇ。そこの娘っ子になんかバイトはないかぁ、言われたせぇちぃと手伝ってもらうしぃ。」
湯気が立上る湯呑みを両手で持ちながら薄く笑みを浮かべるいつはさんはやはり何を考えているのかわからなかった。