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紫アザレアが察するには  作者: こたつ
赤色の生誕祭
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「月乃ちゃんが変な顔してるなと思ったらどっか行っちゃったからね。いつはに連絡入れてからみんなで追いかけた。」

「どうりでいつはさんがいるわけだね。」

「んで、あん娘っ子はどうしたせ?」

「自分の感情を持て余しただけですよ。」

「ほうか。」


 いつはさんが梔子の瞳を月乃に向けるのがわかった。

フェレスは不思議そうに私と月乃を見比べている。


「僕、人間の感情はよくわかんないや。」

「私もよくわかんないけど、月乃は珍しいタイプだから気にしなくていいよ。」

「あの娘っ子は随分と眩しいせ。」

「おや、いつはさんもそういうこと思うんですね。」

「せやね。うちはいつも誰かに焦がれとぉ。」


 恋愛小説のような文言だが、いつはさんが言うと全くそういう風には聞こえない。

現に、いつはさんの顔は蕩けるでも緩むでも悲しむでもなくただ退屈そうな無表情を口元に浮かべるだけだ。

 

「つつじ、みんな帰るみたいだよ。」

「だね。帰ろうか。」

「せや、つつじ、これ持ってきぃ。」


 いつはさんはそう言って私の手を取って黄色の何かを左手首に巻きつける。

複雑に巻かれて結ばれた細いそれは、私の手首で美しい結び目を作る。


「組紐ですか。」

「せや。」


 いつも通りの無表情で言ういつはさんは何を考えているのかわからない。

私は手首のいつはさんと同じ色の組紐を見つめてみる。

これ、一回取ったら自分で結べないだろうなぁ。

 複雑で細く繊細な結び目は素人が真似できるような物ではないことが一目で分かる。


「急にどうしたんです?」

「つつじと娘っ子はよくいなくなるせぇ、それつけとぉし。すればウチか怪異どもが気づくせ。」

「確かにそのヒモ、うっすらいつはみたいな気配がする。」

「コレをたどりゃあ毎度毎度探す手間が省けるせぇ。」

「でも学校にコレつけていくと目立ちそうなんですが……。」

「能力持ち以外には見えんせぇ。」

「そうですか。」

「滅多な事では切れんせぇ、つけっぱにしときんせ。」


 絶対に壊れない発信機のような物か。

多分何かしら怪異的な力が使われているのだろう。

古来より組紐には縁を繋ぐと言う意味がある。

 恐らくそれにあやかっているのだろう。


「んじゃあ、ウチは勝手に帰るしぃ。」

「はい、ではまた今度。」


 言い終わる頃にはすでに跡形もないいつはさんを見送り、頭にフェレスを乗せて帰る。

月乃達の背中をある程度離れた距離で見ながら歩いていると、フェレスが唸り声と共に答えを求めた。

前を歩く背中には聞こえないような声で。


「結局、月乃ちゃんはどうしたの?」

「自分の感情を認めたく無かっただけだよ。」

「どんな感情?」

「羨望、劣等感、自己嫌悪?」

「何で疑問系?」

「他人の感情なんて分かんないからね。」


 自分の感情ですら詳細に分からないのが人間なのに、他人の事なんて分かるはずがない。

私たちにできるのは他人の感情を表情や声音から“察する”程度のこと。

何となく、ぼんやりと理解する。

 そこには共感も明確な何かもない。


「でも多分、月乃はしばらく大丈夫だよ。」


 どこまでも単純だから。

適当な耳触りの良い言葉一つで簡単に光を宿すあの人なら、当分は問題ないだろう。


「つつじって変だよね。」


 頭上でフェレスが指を動かしているのが分かる。


「何、急に。」

「月乃ちゃんの事嫌いって言いながら誕生日プレゼント用意したり怪異から庇うくせに、いっつもどうでもよさそう。」

「どうでもいいからね。」


 私は嫌いな相手でもきちんと対応するだけだ。

 “良い子”が“悪い子”よりも信用されるように、“悪い子”が“良い子”よりも褒められるように。

大事なのはイメージ。

 例え嫌いな相手でも、庇い、助ける事で私の評価は上がる。

そうすれば他人からの信頼を得られる。

 全てはただの損得勘定に過ぎない。

だから私は自分が疲れ過ぎなければある程度“良い子”でいる。

 そうすれば基本的に迷わないし、自分の行動について考えなくても良い。


「でも、徹底はしてないよね。家ではいつもゴロゴロしてるし。」

「あくまで“指針”だからね。面倒臭ければやらない。」

「説得は面倒くさくない?」

「何やってもあの状況は面倒臭いじゃん。」


 私が何を言おうと言うまいと、勝手に塞ぎ込んで勝手に限界を迎えたのは月乃だ。

私が意図した訳でも、何かを仕組んだわけでもない。

 どう足掻こうと結局ああなった。


「変なの。」

「打算しない人間の方が変だよ。」


 よくある聖人像が、どうしたって胡散臭く見えるのはきっと、その人物が打算をしないからだろう。

何のために動いているのかが分からないのは不気味でしかない。


「じゃあさ、“優しい”ってなぁに?」


 まるで子供のような質問がフェレスから聞こえる。

フェレスが怪異なのか何なのか分からないが、人間に対するこの好奇心は何なのだろう。

 私は頭の中でフェレスの疑問を反芻する。

哲学的であり心理的でもある問いの答えを考えるには、些か私の頭は回っていなかった。

あと面倒だ。

 五歳児を相手にする母親もこんな感じに、質問に答えるのが面倒になるのだろうか。


「自分で決めてよ。」

「自分で決めるもんなの?」

「自分が優しいって思ったものが優しいよ。人それぞれ優しいって思うものは違う。だから、自分の優しいは自分で決める。」

「つつじの優しいは、月乃ちゃん?」

「優しいけど優しくないね、月乃は。」

「んん〜?結局、優しいの?」

「優しいと言えば優しいし、優しくないと言えば優しくない。」

「人間って意味わかんないね。」


 フェレスがカラッとした諦めを口にしながらまた唸りはじめる。

本当にこう言うところは子供みたいだ。

 頭のいい子供。


「フェレスっていくつなの?」

「さぁ?」


 思わず年齢を聞いてしまったが、フェレスは普通に答えてくれた。


「分かんない。」

「分かんないって、数えてないの?」

「ん〜?………十五までは数えてたけど、そっからは数えてない。」

「何で十五?」


 確かにキリはいいが、十五歳と言うのはどこか中途半端な気がする。

長く生き過ぎて数えていないのなら分かるが、そもそも途中から数えていないと言うのはどう言う事だろう。


「そのとき色々あったの。」

「大体これ位、とか分からない?」

「って言われてもなぁ〜。僕、手だけになってからあんまり周りに関心持たなかったから。」

「じゃあ、覚えてる限りの周りの建物とか、人間の特徴とか、地名とか。」

「よく分かんないけど、そう言えばいつの間にかキリストがすごい宗教になったよね。」

「ユダヤ教主流の時代生まれ?」

「ああ、そんなんも流行ったね。」


 もしかしなくても紀元前生まれかもしれない。

確か、ユダヤ教の起源は紀元前十数世紀前のはず。

キリスト教は西暦を遡ったくらいなので二千年と少し。

 どちらにしてもフェレスの年齢は二千歳をゆうに超えるだろう。


「なぁに?そんなに僕の年齢衝撃だったの?」

「まぁ、長くても数百歳程度だと思ってたからね……。」

「待ってつつじの中で僕幾つくらいになる計算なの?」

「若くても二千歳超えてると思う。」


 でなければキリスト教やユダヤ教の盛衰をそう軽々と語れはしないだろう。

そもそも宗教を流行ったね、で済ませることの方がおかしいのだ。


「えー?僕そんなに生きてる?」

「フェレスが生まれたとき、キリスト教あった?」

「なかった。ユダヤ教もあったか怪しい。」

「たった今フェレスが一万歳を超えてる可能性が発見されたね。」

「いや僕だいぶ寝てたから!ノーカン!」

「寝てた?」

「怪異を出しちゃったから、罰として封印されてた。ようやく最近動けるようになったの。」


 私は思わず頭上に目をやる。

頭の上にいるフェレスの姿は一切見えない。

 軽くいうが、フェレスが昔の事を話した事なんて今まで無かった。

緩く遠回しに聞いた時はあからさまに隠したというのに。

 驚きよりも不思議が勝るが、今それをフェレスに伝える必要もない。

もしかしたら、軽い言葉の裏に重いものが隠れているのかもしれないのだから。

 私は驚きを胸にしまい、何事もなかったかのように歩く。


「そもそも、僕よりも長く生きてるのだっていっぱいいるんだからね。妖とか、怪異が封印される前に出来てるんだから。その時の妖がまだいるし。」

「妖ってそんなに古いの?」

「めちゃくちゃ古いよ。怪異が封印されるよりも前に生まれて、唯一封印を逃れた怪異だもん。正確には怪異じゃないんだけど。」


 珍しく饒舌なフェレスが頭上で楽しげに話すのを聞きながら、暗い夜道を歩いた。

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