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紫アザレアが察するには  作者: こたつ
赤色の生誕祭
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「どうしたの。」


 月乃が静かに退出した後、彼女は走っていた。

私は走るのも面倒だったので歩いてその後を追った。

もちろんすぐに見失ったが、この辺りで腰を落ち着けられる場所なんて限られている。

 もう日暮れでかなり暗い。

本当は今すぐにでも明るいところにいたいけれど、そうもいかないから街灯のある公園に速足で向かう。

 ここらで腰を落ち着けられる場所もこの小さな公園だけだ。

先日の女性の怪異がいた公園とはまた違う、川の近くの大きな桜がある近所の公園。

 月乃もそこで立っていた。


「どうしたの。」


 もう一度、月乃が立っている公園の真ん中を素通りしてベンチに腰掛けて問う。

月乃は何も言わずに黙ったままだが、僅かに顔を上げた。


「今日の主役は月乃でしょ。みんな心配するよ。」

「………そう、かな。」

「そうだよ。」


 月乃の黒い髪が暗い闇に溶けて、黒く赤い瞳が朧げに光る。


「わたし、みんなに心配されるような人間じゃない。」

「そう。」


 だからなんだと言うんだろうか。

例え月乃がどんな人間であろうと、月乃ならばあかねとメリーさんは心配するだろう。

月乃でなくても優しいシガンさんは心配するだろう。

能力持ちならばフェレスが怪異に殺されないかと心配するだろう。

例えどんな人間であろうと面白いと感じたのならヒガンさんも心配する。

 心配しないのはきっとこの人が大嫌いな私だけだ。


「わたし、最低だよ。優しくない。つつじの誕生日、忘れられててよかったって、つつじも愛されてなくてよかったって。つつじは全部持ってっていいなって、思って、つつじが、嫌いで。だから、つつじが、誕生日、忘れられてて、よかったって、思って。」


 段々と言葉が途切れ、嗚咽が混ざり始めても私は何も言わなかった。

ただ、月乃から吐き出される月乃自身を蝕む毒を、ただただ見つめる。


「怪異にあったとき、いつもつつじは冷静で、間違えなくて。わたしの、せい、でつつじが、いつも、ケガ、して。いつも、いつも、つつじが、怒られて。なのに、わたしは、何にも、できなくて。ローナさんのとき、ようやく役に、たてた、と思った、のに。結局、つつじに、ケガさせて。なのに、わたし、つつじが、嫌いで。いつも、いつも、つつじは、全部、持ってるのが、羨ましくて。」


 月乃を蝕む毒はまだ吐き出され切ることはなく、ずっと月乃の喉元を熱くしている。


「勉強、も、わたし、つつじより、がんばったのに。勝てない。かてないの。ぜんぶ、ぜんぶ、つつじに、勝てない。ぜんぶ、わたしが、悪いのに。つつじは、何も、悪く、ないのに、つつじを、嫌う、わたしが、醜くて、嫌で、悲しくて……。」


 ついには蹲って泣きじゃくる月乃に、私は何を思うことも無く言葉を選ぶ。

月乃を喰らい尽くす毒はまだ月乃が持っている。

私はそれを吐き出させて帰らなくては、シガンさん達に何を言われるかわからない。

 作り物の言葉を作り物の表情と声で月乃にかければきっと、丸く収まる。

そこに私の感情なんていらない。

嘘も本当もどうでもいいのだ。

そんなものに価値はない。

 今私に求められるのは、月乃を泣き止ませて帰らせる事なのだから。


「でも、月乃は優しいよ。」

「………優しくない。」

「優しくない人は、嫌いな人のために泣かない。優しくない人は、嫌いな人間のことなんて顧みない。優しくない人は、誰かに心配してもらえないし、誕生日も祝ってもらえないし、友達もできないよ。」

「でも、わたし、つつじに、ケガさせて、迷惑かけて。」

「月乃も怪我したでしょ。コックリさんの時とか、私より危なかった。シガンさんの家に初めて行った時、月乃がいなかったら私は危なかった。ムースに閉じ込められた時、月乃がメリーさんとあかねに慕われてなかったら、私は死んでたよ。迷惑なんて、誰かにかけて当たり前。大事なのは、迷惑をかけないことじゃない。私は月乃に迷惑をかけられたなんて思ってないし、かけられてても月乃に迷惑をかけたんだからお互い様。」

「でも、」

「月乃。」


 まだ何か言いそうな月乃を遮って、強めに名前を呼ぶ。

そろそろ月乃に顔を上げてもらいたい。


「誰が何と言おうと、月乃は優しいよ。」


 月乃が醜いと言うその感情は、誰もが持っている感情で、誰もが自分の中にある醜さを見ないふりをしているものだ。

例えその醜さを自覚していても、その醜い感情を向けた相手に対してここまで感情的にはならない。

なれない。

もし感情的になってしまったら、他人に感情移入しすぎては、生きていけない。

 その醜い感情を他人にぶつける事はもっと醜いから、誰もがひた隠しにして閉じ込める物だ。


「だから、みんな心配してる。早く帰ろう。」

「…………わたし、帰って、いいの?」

「いいよ。」

「わたし、つつじのこと、嫌いって、言ったよ。」

「この世の全員に好かれる人間なんていない。」

「でも、わたし……。」

「どこまでもお人好しだね。」


 私はベンチに座ったまま、蹲ってこちらを見ている月乃を見下ろす。

私はこのどこまでもお人好しなこの人が大嫌いだ。

 確かに月乃は優しいが、優しければいいものではない。

その無垢な優しさは周りの人間の醜さを浮き彫りにするし、浮き彫りになった醜さを許さない。

その上、綿のような優しさは無差別に、無尽蔵に周りの水を吸い取ってしまう。

 だから私はお人好しも優しい人間も嫌いなのだ。

先に攻撃した方が負けのこの世の中で、彼等は絶対に自分から攻撃することなく周りに“妬み”や“嫉妬”を向けさせ、そのどこまでも穢れのない光で周囲を“焦がし”続け、周囲の優しさも気遣いも、全て持っていく。

 もちろん、彼等がそれを望んだわけではない。

この世の全ての人間が彼等のようであったのなら、きっと問題は何一つとしてない。

 だから、仕方がないのだ。

仕方がないと割り切って、お面でも被って自分が“加害者”にならぬよう過ごす他ない。

 自分自身の醜さすら認められない、許せない彼等のために、醜さからそっと目を逸らさせる。

それが私が今した事。

 何の解決にもならないが、嫌いな人間のために根本的な解決をする必要もない。

どうせ何を言おうと他人は変わらない。

その“本質”は変わらないのだから。


「つつじ。」

「何?」

「ありがとう。」

「そう。」


 ようやく目元をこすりながら立ち上がった月乃はいつも通りの猩々緋が皮肉に闇の中で輝いている。

さっきまでのぼんやりとした光は何処へやら、だ。

 本当に、嫌いだ。


「つつじ、どうかした?」

「何にもないよ。それより、お迎えが来たみたいだね。」


 そっと目線を大きな桜の木の方向、つまり公園の入り口に向ける。

私の視線を追いかけた月乃も私と同じ光景、つまり心配して探しに来てくれたみんなをその瞳に映した。


「月乃!つつじ!」

「お前ら急にいなくなんなや!」

「月乃ちゃん、大丈夫か〜?」

「月乃様!泣いてるんですの!?」

「月乃ちゃん、大丈夫?」

「なんせぇ、見つかっとるしー。」


 なぜかいつはさんがいるが、迎えに来てくれたことには違いない。

これなら月乃も帰って大丈夫だと思えるだろう。


「つつじぃ!お前、月乃に何した!?」

「何もしてないよ。」

「じゃあどうして月乃様の目が赤いんですの!?」

「月乃に聞いて。」


 うるさいあかねとメリーさんに雑な返事をすれば、すぐにみんなの意識は月乃に向く。

月乃は優しいみんなに囲まれて幸せそうだ。

 もちろん、優しくないのもいたが。


「つつじ、月乃ちゃん、何で複雑そうだったの?」

「気づいてて放置したの?」

「ウチに連絡入れたんは左手せぇ〜。」


 フェレスといつはさんだけは月乃の周りに行くことなく静かに闇に溶けている。

どちらからも感情は伺えず、淡々とした冷たさが肌を撫でた。

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