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どっこいしょぉどっこいしょお!あ、そーらんソーラン!!

 男性の声の力強いソーラン節が山に響き渡る黄昏時。

私は分明の利器、スマホを取り出して画面を見る。

 そこには非通知の電話の画面。

まただ。

最近やけに非通知の電話がかかってくる。

 私は慣れたように無視をしてポケットにスマホを戻した。

響き渡っていたソーラン節が無くなると、一気に静けさが増した気がする。

 やはり、ソーラン節に設定していた事が良くなかったのだろうか。

 突然着信が来ると周りの人が時々踊り出す奇行が見られると言う素晴らしい音楽なのだが。


 ただ、突然電話がかかってくると私もびっくりすることが難点だ。


「つつじー」

「何?」

「別にこんな遠回りしなくてもよくない?」

「こうしないとあの道使わないといけないでしょ」


 あの道、とはあの子供の怪異がいたトンネルに繋がる道のことだ。

そして今は少し日が落ちたジョギングコースの山をフェレスと二人で歩いている。

 この道ならば先日同様トンネルを使わずに家まで帰る事ができるのだ。

 彼岸花の生徒の夢を見てから一週間以上が経過したが、こんな調子でのらりくらりと登下校ができる程度には私は的p平和に過ごしている。

その間も相変わらず怪異を見かけ続けていたが、幸いにも荒事はなかった。


「どうせいつかは起こるんだから、諦めなよ。おかげで僕すごい疲れたんだけど」


 口では(口なんてないが)そう言うが、フェレスは疲れた様子なく私の前を五本指で歩いている。

この手に疲れるとかいう概念はあるのだろうか。


「だってフェレスがいないといつ来るかわかんなくて怖いでしょ。」

「ならせめて、一人で帰れるようになってほしいな…あとしれっと僕を怪異レーダー扱いしないでほしい。」


 怪異レーダーは本気で呆れているような声を出す。


「それに関してはごめんとしか言えない。申し訳ないとは思ってる。」


こちらの事情(という名のわがまま)に付き合わせているのは事実なので申し訳ないとは思っている。

 でも怖いものは怖いし、何より命の危険もままある。

一人で帰るのだけは嫌だ。


「全く申し訳ないと思ってなさそうだな、お前。」


 突然聞き覚えのない低い声が割り込んできた。


「え?」


 ひんやりとした風が吹き緩やかに木々の葉を揺らした。

振り返ると、木に囲まれた山道の真ん中に黒い影。

深いみどり色の中にひっそりと佇む何か。


 そこには、いつか見た怪異ならぬ妖がいた。


「…………。」

「あーあ。」


 突然入ってきた声もそうだが、何よりも妖との遭遇で私は無言でパニックになっていた。

薄暗く不気味にしか思えなっかた山が、突然現れた妖のせいか美しく見えたことも、突然の邂逅かいこうも。

 五感から入るすべての情報が冷静に処理できなくなった。

そのせいで私は無言かつ無意識に怪異から距離を取ろうと動いていたらしい。


「つつじ、つつじ、大丈夫、大丈夫だから。落ち着いて。そっちは帰り道じゃないから。つつじ、大丈夫だから。」


 フェレスに手首を掴まれつつ宥められながら声をかけてきた『それ』に対面する位置まで引っ張られる。

 フェレス、爪痛い、爪。

おかげでなんとか無意識に動いていた事には気づいたが、爪が刺さって痛い。


「この程度で驚くなよ……。」


 フェレスのおかげか、少し頭が冷えた気がする。

怖いものは怖いが、怪異は襲ってくる様子はない。

 なんなら呆れられている。

 声をかけてきたのは、俗にゆう九尾のような妖だった。(尻尾は2本しかないので本当に九尾かどうかはわからないが。)

 こちらに興味がなさそうな言葉とは裏腹に、なぜかニヤニヤと笑っている『それ』は、赤い着物にクリーム色の髪をしていて、それを耳に掛かるかかからないかくらいの髪の長さをしている。

一見すると江戸時代の遊び人のような風体だ。

 そして、笑みを全面に出している表情と、明らかに笑ってはいない深紅の瞳からは冷たい冷気が漂っているようだった。


 一言で表すなら、不気味。

何を考えているのか読めない。


「おい、無視するな。」

「ふぇ、フェレス…?」


 帰りたい、とフェレスに目で訴える。

ただし、フェレスの目の位置はわからないので彼の手のひらを凝視するしかないのだが。


「ほんと、最近のガキは肝が座ってんな。」


 ため息をつくように言う妖狐。

その表情は、呆れ半分物珍しさ半分と言ったところか。


「最近の子って、どう言う事?」


 フェレスは何か引っかかりを覚えたらしく、いつの間にか妖狐のすぐ近くにまで寄っていた。

 そう言えば、フェレスに聞いた話によると、ここら辺で怪異に遭遇したのは私だけだそうだ。

 つまり、もしもこの目の前の怪異が私以外の誰かと遭遇したのなら、能力持ちがこの世にもう一人存在する、ということになるのではないか。

 そして、その誰か、は私と同様に怪異に翻弄されながら生きて行くしかない。

 できればその誰かとはなるべく協力していきたいものだ。

生きていれば、の話だが。


「ああ、気になるか?確か、一週間…いや、五日か?まあそんくらいの時に女の子供がきたんだよ。」

 

 『それ』は私を指さして行った。


「お前とおんなじ服を着て、おんなじように俺を雑に扱った。」


 雑に扱ったつもりはないんだけどなあ。

ただちょっと、いやだいぶ、怖かっただけで。


「つつじは雑に扱ったというか、怖さで色々振り切れちゃって変な動きしちゃっただけだと思うけど。」

「フェレス、うるさい。」

「で、話を戻すと、せっかくだし遊ぼうと思ってちょいと連れて行ったんだよ。」


 『それ』は、どこにとは言わなかったが、どこかおぞましい場所だったのだろう。

『それ』の口元が歪み、弧の形になる。

 途端に寒気が体全体を伝い、警鐘を鳴らす。

冷や汗が流れ、頬が引き攣る。

 この調子じゃ、もう誰かは生きていないかもなしれない。

妖狐にあった時よりも圧倒的に恐怖の強いであろう話なのに、冷静に考えている自分がいる。

 自分を冷たい人間だと思うと同時に、この冷静さは大事にした方が良いとも思う自分がいた。

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