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「はい。」
「うぉっ!?」
軽い言葉と共にズボンのポケットから出した小箱を月乃に投げる。
何とかそれを受け止めた月乃は楽しそうにありがとうというと早速小箱を開けようとしていた。
メリーさんとあかねはなぜか呆然としているが。
「つ、つつじ…?」
「何。」
そっと近づいてきたあかねとメリーさんは幽霊でも見たような顔をしている。
何をそんなに驚くことがあるのだろうか。
「お前、用意してたのか…?」
「だって、私だけ準備してなかったら絶対シガンさんに怒られるじゃん。」
フェレスまで用意していたのだから尚更私が怒られる。
「い、いつのまに買ったんですんの……?月乃様のお誕生日、知っていたんですの…?」
「昨日自由時間の内に買っただけだよ。」
店を回っている間に良さげな物があったから買った。
それだけのことだ。
にも関わらずあかねとメリーさんは信じられないものを見ているような顔だが。
「わぁ!すごいかわいい!」
「これ、ほんまもんか?」
「はい、ムーンストーンだそうです。」
月乃が私のプレゼント、ムーンストーンがついた赤い兎が月を見上げているキーホルダー。
兎の目と兎が見上げる月の部分が本物のムーンストーンなのだそうだ。
月と赤という二つだけを見て選んだため詳しいことは知らないが、何となく綺麗だったので買ったらムーンストーンだったらしい。
「むーんすとーん、って何だ?」
「あかねには月長石って言った方がわかりやすいかも。」
「ああ、月長石のことか。」
全員がプレゼントを渡し終え、満足そうな顔をした月乃を中心に豪華な夕飯が始まった。
「今日ね、遊びに行った子達からもプレゼントもらったの!」
「よかったじゃねぇか。」
「何もらったん?」
みんなは楽しげに月乃の話に相槌を打っているが、あいにく興味がない私は黙々と食事を続ける。
正直もう帰って本を読みたい。
「そうだっ!みんな、誕生日いつ?」
そんな問いが降ってきたのは夕食も終わり、みんなでケーキを食べているところだった。
突然月乃が目を輝かせて私たちを見る。
だが、月乃の目の輝きに反しシガンさん兄弟とそもそも目がないフェレス以外の目は泳いでいた。
「俺らは九月やでー。」
事もなげに答えたのはヒガンさんのみで、後の怪異たちと私は黙り込む。
それを見て察したのかシガンさんが怪異達に助け舟を出す。
「怪異には誕生日とかないかもしれへんな。」
「うん、僕誕生日覚えてない。」
「俺も。」
「私もですわ。」
怪異達は気まずそうに答え、申し訳なさそうな顔をしている。
それを見た月乃も申し訳なさそうな顔をしてワタワタしていた。
それを横目に私は全力で気配を消す。
私は今大気の目に見えないゴミくらいの存在感しかない。
はずだったのに。
「つつじは誕生日わかるよね。」
ワタワタしていた月乃が気を取り直したように塵と化していた私の目をとらえる。
そのキラキラをなるべく見ないようにしながら苦し紛れの言葉を吐き出す。
「……秘密。」
「何で!?隠すもんじゃないでしょ!」
月乃に喚かれシガンさん達にも文句を言われあかねとメリーさんからは軽く叩かれたが、それでも言いたくない。
いえない。
「つつじぃ〜?どうしたの?」
「何や、なんかあったんか?」
「だ、大丈夫?」
一周回って毛布で包むような気遣いに満ちた声をかけられ、本気で心配され始めたことを知る。
他方からその毛布のような視線と声をかけられてなお無視できるほど私は塵になりきれなかった。
いや、別に、大したことはない。
もしここが学校であったなら笑顔で答えられる。
ただ今は色々とタイミングが良くなかった。
別に話しても大丈夫、多分。
自分を宥めながら嫌々口をこじ開け、小さく喉を震わす。
「…………す。」
「ん?」
「五月です。」
「え?」
「五月の四日。誕生日。」
もう終わった上に祝われなかったが。
唯一両親だけがメッセージでおめでとうと送り、誕生日プレゼントととしてギフトのカタログを送ってくれた。
「おまっ!なんで言わんかってん!?」
珍しく顔色を悪くしたシガンさんがガシッと私の肩を掴む。
「自分から言うもんじゃないでしょう、誕生日。別にもう祝う年でもありませんし。」
むしろ高校生になったし両親もいないしで今後祝うことはないと思っていた。
現に私の誕生日は両親からのメッセージ以外何もなかったし。
面白いくらい、何にもなかったし…。
私が発したその言葉に何を思ったのか知らないが、全員黙り込んでしまった。
「こうなると思ったから言いたくなかったんですよ……。」
月乃の誕生日パーティーをやると聞いた時点で何となく察していたのだ。
これ、私の誕生日忘れられてたのか、と。
祝う以前に存在を忘れられてるな、と。
だって怖いけどなんだかんだ優しいあのシガンさんが月乃だけ祝うはずがないのだ。
どれだけ嫌でも平等にはするだろう。
私は黙り込んだ全員を一旦無視して食べかけの甘いケーキをフォークで削り口に運ぶ。
甘い。
これがないと今はやっていけない。
「………なんか、うん、ごめん。」
「いや、そもそも俺らがつつじの誕生日知っとったはずやのに忘れとったのが悪いんや。」
重い空気に耐えきれずに何とは言わないが一番くる謝罪をするフェレスと本当に申し訳なさそうな顔をしているシガンさん。
「いや、フェレス達は誕生日知らなくてもしょうがないし、シガンさん達もたまにしか会わないのに誕生日覚えてる方が凄いですよ。私は絶対忘れます。」
「なんや、フォローさせてもうてすまんな。」
哀れみをたっぷり込めた瓶覗の瞳を持つシガンさんが眉を下げている。
あの無表情が珍しく崩れるほどに哀れまれている。
「つつじの誕生日なんて祝った覚えないなぁ。」
「そりゃあヒガンさん自体見えてませんからね、当時の私。」
「せやったな。あんときはまだちびっ子やったんにいつの間にかこんなデカくなってなぁ。」
ヒガンさんだけがいつものようにケラケラと笑ってくれるのが唯一の救いだ。
ヒガンさんは犬の相手でもするように私の頭で遊んでいる。
シガンさん達もこれくらい軽く捉えてくれた方が嬉しい。
そもそも、歳なんてとるものではない。
まだ学生の分際で何を言うかと言われるかもしれないが、私は長生きしたいし子供のままでいたい。
ならば歳なんて取らない方がいい。
ただでさえ最近は肩こりが酷いと言うのに、歳をとったら私の肩は岩にでもなってしまう。
「ら、来年はちゃんと祝おう。」
「そうですわ!来年は祝いますわ!」
メリーさんとあかねまで大きな声でフォローを入れ始めたが、月乃だけは何を思ったのか安堵のような表情を浮かべている。
怪訝に思い月乃の方を伺い、観察してみる。
何やらホッとしたような、悲しそうな、嫌そうな、でもやはり安堵や心地良さを感じているような、隠そうとして隠せないような表情。
月乃の考えていることは割合単純なため読みやすいが、今は何を考えているのかさっぱりわからない。
月乃のことだからどうせお人好し思考で余計なことを考えているのだろう。
そんなことを考えているうちに猩々緋の瞳がこちらを射抜く。
僅かに見開かれたその色彩は見る見るうちに色を変え、ついには泣いてしまいそうなほどに潤む。
困惑から微かに眉根を寄せる私にも瞳を濡らす月乃にも気づかれることはなく、怪異達とシガンさんはいかに来年の私の誕生日をするか話している。
だから、みんなは気づかなかった。
月乃が静かにリビングから出たことも、私がそれを追いかけたことも。