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紫アザレアが察するには  作者: こたつ
赤色の生誕祭
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「あかねの名前ってさ、月乃がつけたんでしょ?」

「……それがどうかしたか?」


 何か言おうと口を動かしかけたあかねを遮るように言葉を捩じ込む。

少しの警戒をにじませた深蘇芳は、怪訝そうに細められていた。


「アカメ。」


 小さく吐息のように呟くと、細められていた目が勢いよく開く。

さっきまでの私への質問など等に忘れてしまったであろうその瞳を見て、私は予想の答えを得た。


「お、前、何でその名前……。」

「ああ、別に月乃に聞いたわけじゃないよ。もちろん、月乃から話したわけでもない。」

「じゃあ、何で。」

「想像。」


 あかねの名前を初めて聞いた時、少し不思議だったのだ。

勘当されているのに名前を名乗るのか、と。

 その後月乃に名付けられたと聞いて納得していたが、では月乃に名前をもらう前は何と名乗っていたのか。

おそらく、あかねは名前なんて貰っていない。

ならあかねの最大の特徴で事務的に呼ばれていたのでは?

 蔑みを込めて。

 そんなふうに嫌な推測を積み重ねてたどり着いたのが『アカメ』

赤いその瞳が妖の中で忌み嫌われる物だから。

 軽く立てた予想だが、当たっていたようだ。

 雑な予想が当たったことに驚きが隠せないのか、あかねは突っ立ったまま動かないのでその間に会計を済ませる。

 あかねの手にラッピングとして小さな巾着に包まれたそれを落とすと、ハッとしたように巾着を包み込んだ。

 夢から覚めたような顔をしている狐の妖は瞳を揺らしている。


「メリーさん回収して帰るよ。」

「あ、ああ。」


 どこかまだ夢の中のような返事だったが、あかねがしっかりメリーさんに嫌味を言いながら近寄るのを見てそれに続いた。




「つつじ、それそっち頼む。」

「……はい。」


 次の日、案の定シガンさん宅に呼び出された私は月乃の誕生日パーティーの準備に駆り出されていた。

うん、まぁ、知っていた。

どうせ手伝わされるだろうなと思っていた。

 だが、ここまで本格的にするとは思っていなかった。

私は遠い目をしながら目の前に広がる光景をみる。

 今、シガンさんの家のリビングにはよくある折り紙の輪っかを繋げたアレが大量に垂れ下がり、机にはケーキ、ご馳走、が並ぶ予定だ。

 なぜ後一時間とせずに月乃が帰って来るのに料理がまだ用意されていないのかと言うと、シガンさんの家の怪異が作るからだそうだ。

腕によりをかけてくれるらしい、知らないが。


「飾り付けも怪異がやってくれないんですか?」


 愚痴っぽく文句を漏らすと、すぐに返事が返ってきた。


「飯作ってもらうんやしそれくらいやれや。」

「月乃様のお誕生日ですわよ!キリキリ働きなさい!」

「そうだ。今日は月乃の誕生日だからな!」

「月乃ちゃんのために頑張りぃ〜。」


 この通り、誰も労ったり慰めたりしてはくれない。

もう少し優しい言葉はないのか。

せめて誰か一人くらい労ってくれてもいいと思う。

 輪っかを作るのが面倒になって現実逃避という名のストライキを始めたが、まだ容赦なく言葉が飛び交う。


「つつじぃ〜、後ちょっとなんだからしっかりしてよ。」

「フェレスまでそんなこと言わないでよ……。」


 そろそろ泣きたくなってきているというのに。


「何でそんな泣きそうなの……?」


 フェレスに怪訝そうな視線を向けられながらも着々と準備は終わり、後は月乃の帰りを待つだけとなった夕方。

狭い廊下に成人した男性が三人、未成年の子供とはいえ高校生と小学生の女性が二人、シガンさんの頭の上に体の一部が一個。

ミッチミチになりクラッカーを用意して今か今かと月乃の帰りを待ち侘びている。

 

「ねぇ月乃ちゃんいつ帰って来るの?」

「夕飯までには帰るゆうとったんやけどなぁ。」

「置き手紙はちゃんと置いてきたよな?」

「置いてきましたわ!」 


 そんな会話をしているうちに月乃が帰ってきたらしい。

外から扉が引かれ、鍵がかかった扉がギシッと音を立てる。

 その音にミッチミチになっている全員が息を潜め、事前に渡しておいた鍵で月乃が扉を開けるのを待つ。

 ガっと鍵が鍵穴に刺さる。

チャッと鍵が回され、扉がガチャリと開く。

 扉が開き切り、月乃が顔を出した瞬間、手元の紐を思いっきり引き抜いた。

 『パーンっ』、という幾重もの音と共に色鮮やかな紙があたり一面に舞い、火薬の匂いが鼻を刺す。


「え?なに?え?え?みんなで何して、え?」

「月乃様!お誕生日おめでとうございます!!」

「えっ!メリーちゃんっ!?」


 クラッカーの音には驚いた様子はないが戸惑ってはいる月乃にメリーさんが突進し、月乃が盛大にズッコけたのを合図にみんなが笑いながらネタバラシをする。

月乃は完全に油断していたらしくポカーンとした顔で誕生日のサプライズの存在を知る。


「えっ!?誕生日パーティー!?」

「とりあえず中入り。」


 シガンさんに促されてリビングに入った月乃は大きな声を上げた。


「すっごい!!めちゃくちゃパーティー感あるっ!!」

「俺たちが準備したんだ!」

「しかもケーキまであるの!?」


 室内は準備途中の時より格段に飾り付けが増え、至る所に風船や輪っかが垂れ下がっている。

机には先ほどまでは何もなかったのに美味しそうなパーティー料理が所狭しと並ぶ。

さらに月乃には見えない位置にプレゼントも用意してあった。

 そこには完璧としか言いようがないパーティー会場がシガンさん宅のリビングに出来上がっていた。


「月乃!プレゼントもあるんだぞ!」

「月乃様、わたくしもありますわ!」


 楽しそうにあかねとメリーさんが月乃の周りを囲み、それをシガンさんたちが見守っている。

和やかな空気に少しだけ気後れするが、今ばかりは我慢するしかない。


「これ!プレゼントですわ!」

「うわぁ!かわいい!折り畳み傘だね。あっ!これ和傘みたい!」


 赤い月のような花が咲く傘を開き、嬉しそうに笑う月乃。

それをもっと嬉しそうに笑って感想をせがむメリーさん。


「月乃!俺からもあるぞ!」

「あっ!これこの前私が欲しいって言ってたやつだ!」


 薄紅がはいった小さな花が咲く容器を大切そうに持って月乃が目を輝かせる。

あかねは満足そうにそれを眺めていた。


「月乃さん、これは俺らからや。」

「大事にしてなー。」

「えっいいんですか!?」


 そう言ってシガンさんたちが差し出したのは綺麗な月が描かれた包み。

中身は月乃が欲しいと言っていたヘアアイロン。

おそらくいいやつ。

すごい高いやつだと思う。

根拠はないが何となくそんな気がした。

 

「月乃ちゃん、僕もこれあげる。」

「フェレスもくれるの?」


 月乃が嬉しそうにフェレスを見ると、フェレスはどこから取り出したのか薄い赤色の鉱石のような置き物を持っていた。

ちょうどフェレスの手のひらくらいの大きさのそれは美しく光を放ち、いやでも目を引くような美しさとどこか昏い何かを纏っている。

 形は何と形容していいのかわからないが、輪郭がどこにもないかのような形をしている。

ぼやけるようにゆらめくそれを、月乃は一瞬で気に入ったようだった。


「何これ!キレイ!」

「フェレス、これどっから持ってきたの?」

「企業秘密。」


 どう見ても人間が作ったものではないそれは一体どこから持ってきたものなのか気になったが、月乃に渡すくらいなら特に危険はないだろう。


「つつじっ!」


 大きく名前を呼ばれ月乃の方を見ると、キラキラと期待に輝く猩々緋が視界の真ん中に飛び込んできた。


「つ、月乃…。」

「月乃様……。」


あかねとメリーさんが気まずそうな声を出すが、月乃には聞こえていないようで瞳の輝きは増すばかりだ。

 どうせメリーさんとあかねは私が何も準備していないと思っているのだろう。

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