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紫アザレアが察するには  作者: こたつ
赤色の生誕祭
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「決まりませんわぁ〜!つつじ、どちらがいいと思いますの?」


 しばらく真剣に悩んでいたかと思えば、急に振り返ってそんなことを言い出したメリーさんは手に持っている傘を私に突きつけるように見せる。

 私は少し考えた後、一方の傘を指差していった。


「こっちの赤い花の方がいいと思う。」

「なぜです?」

「………そっちの花、月みたいでしょ。」


 黒い生地に咲く一輪の大きな赤い花は、ままるで夜空に浮かぶ満月のようだ。

それが月乃の名前に似ていると思った。

 もちろん他にも理由があったが、メリーさんはこれが一番気にいるだろう。

そう思って言った言葉が存外響いたようで、これにしますわ!と意気揚々と傘を差し出してきた。

その傘をレジまで持っていき、ラッピングまでしてもらってからメリーさんに渡す。

 メリーさんは嬉しそうに傘が入った包みを持ち上げ、宝石のような視線を向けていた。


「私この後あかね探しにいくけど、どうする?」

「ついていきますわ!あかねが変な物を選ばないか見張りませんと!」

「ここで喧嘩しないでね。」

「つつじはわたくし達のことを子供とでも思っているんですの!?わたくしもあかねもつつじの数倍は生きていますわ!」


 フンっと鼻を鳴らすメリーさんを横目にあかねを探しつつショッピングモールを歩きながら話す。

そう言えば普段あかねやメリーさんと話す機会があまり無かったことに話しながら気づく。

 この縹色の瞳を持つ人形についても深蘇芳の瞳を持つあかねについても私は知らない。

次にいつこんな機会があるかわからないし、たまには会話をするのもいいだろう。

そう思い、メリーさんに色々と聞いてみることにした。


「メリーさんって月乃に会う前って意識とかあったの?」


 私が初めて会った時のメリーさんは先日の女性の怪異同様、言葉が通じるとは微塵も思えなかった。

実際、メリーさんと会話ができたのは月乃がメリーさんを保護してからのこと。

 それまで、メリーさんには意識と呼べるものがあったのか。

それがあろうとなかろうと、おそらくネットか噂を媒体に生まれたはずのメリーさんはどのようにして生まれたのか。

怪異に対する疑問は山のように湧いて出てくる。

 まるで見えない水が溢れ出るようだ。


「もちろんありましたわ。今ほどハッキリはしてませんのよ?でも、誰かを探していましたの。」


 真っ直ぐに前を見ているが、その目線は象を結ぶことなく遠いどこかを見ていた。

夢の内容を語るような曖昧さでメリーさんは続ける。


「誰かを探していて、早く探さなければならないという焦燥だけが胸を焦がし、つながった人間達を一人一人探して、探していた誰かじゃなければもうつながらないようにしましたわ。でも、つながる人間は滅多にいませんし、自分が今どこにいて何をしているのかわかりませんの。いつも夢の中にいるような感じですわ。いえ、夢ほど美しくはありませんわね。あれはどちらかと言えば道ですわ。」

「どんな道?」

「暗い一本道。まっすぐに歩き続けるのですわ。時々その道が横にそれて誰かにつながりますの。わたくしは探していた誰かの道に行きたかったのかしら。」


 いつもの明るく子供っぽい様子は微塵も無く、メリーさんは未だ遠くを見つめ続けている。

その間私はまるで大人の女性と話しているかのような錯覚に陥っていた。

隣にいるのは普段子供のような行動しかしない小さな女児だというのに。

 

「ですが、月乃様がわたくしに話しかけてくださった時、その暗闇の一本道が消えたのですわ。広い、広いどこかに放り出されたような気分でしたわ。」


 あのとき血の涙を流していたのが嘘のようにメリーさんは澄んだ瞳で笑う。

その姿は過去を懐かしむ老人のようにも見えた。


「……もしかしてだけどメリーさん、あかねとの喧嘩わざとやってた?」

「わざと?わたくしはあの狐が月乃様に失礼なことをしないよう見張っているだけですわ!」

「でも、絶対にぶりっ子してたよね?」

「ぶりっ子?何の事ですの〜?わかりませんわぁ〜。」


 確信犯の笑みを浮かべて一歩先を歩き出したメリーさんの小さな背中を見る。

 あかねとそりが合わないのは本当だろうが、あの子供っぽさの半分は演技だったようだ。

いや、多分月乃の前のは半分演技、月乃以外の時は素なんだろう。

 それでも割と子供っぽいなと思ったのはメリーさんには秘密だ。


「あ!あかねがいましたわ!」


 取り止めのない雑談をしながら歩いていると、メリーさんがあかねを見つけた。

あかねもさっきのメリーさんと同じように何かを熱心に見つめていた。


「あかねー!まだ決まりませんの!?」

「あ?うっせぇよ!今悩んでんだ!」

「決まったら教えてね。」


 あかねはいつか月乃が私達に狐のストラップを買ってきた件の桜狐(おうこ)堂。

この事実に私の背筋には冷たい冷や汗が流れる。

 実を言うとさっきのメリーさんの傘がなかなかの値段で私の財布はかなり厳しい。

そしてここ桜狐堂は商品はいいものばかりだが多少値が張ることで有名なのだ。

 頼むから財布に優しい物を選んでくれ……!


「なぁ、つつじ。これ、どっちがいいと思う?」


 そう言ってあかねが差し出したのは丸くて黒い容器。

一つは美しい桜が描かれ、もう一方はいくつかの赤い花がまとまっている花が描かれている。

 

「月乃ってそんなに花が好きなの?」

「そこかしこで花が咲いたってよくいってるから、好きなんだろう。」

「そう。私はそっちがいいと思うよ。」


 そう言って私が示したのは赤い花の容器。


「何でだ?」

「赤いから。」


 目の色のせいか、月乃は赤系の色のイメージがある。

強くて優しい、典型的な主人公の色。

月乃にはそんな色がよく似合う。

 あかねは私の言葉を聞いた後も少しだけ悩んでいたが、すぐに私が示した方を差し出した。

私はそれを受け取り、レジに並ぶ。


「いいのか?」

「何が?」


 あかねとレジに並んでいる間、怪訝そうな顔をしたあかねが私を見ていた。

メリーさんは店内の商品に夢中のようでいつのまにか居なくなっている。

ヒガンさんやフェレスもだが、なぜこうも怪異達はふらっとどこかへ行ってしまうのか。


「その紅、安くないだろ。この前月乃が欲しがってたけど、高いっつって買うの諦めてたんだ。」


 あかねが私に手元にある小さな容器を見つめる。

これ、口紅だったのか。

 確かにこんな小さな口紅にこの値段、間違いなく自分で買うことは後にも先にもないだろう。

だが、あかね達の言葉を呑んだのは私の方だ。


「いいよ、別に。それにこれ、高いけど買えないような値段じゃない。」


 もちろん財布には大打撃だが、今年は誰かの誕生日プレゼントを買う必要もないので貯めておく必要もなかった。

シガンさん達には考えてもいいかもしれないが、それにしたってあの人たちの誕生日にはまだ少し遠い。

 今使ったところで問題はなかった。


「お前、月乃のこと嫌いだろ。なのに、いいのか?」


 どこか不安そうな顔をしながら再度声と顔を向けるあかねは随分と幼く見えた。

普段のどこか尊大な態度が鳴りを潜めている。


「先にいいよって言ったのは私だからね。約束は守るよ。」

「………変な奴だな。」


 別に頼まれたから買うだけで、心の底から何でこんな無駄遣いをしなければならないのだとは思っている。

思っているがそれを口に出すこともなく噤む。

 どうせ首を縦に振らなければ勝手に財布を持って行かれていたに決まっているのだから、私には選択権がなかった。

頭を下げられたことに若干動揺していたのもあり、正常な判断を下せなかった。

今年は誰かの誕生日プレゼントを用意する必要がなく物淋しかった。

協力しないと後でシガンさんに何を言われるのかわからない。

 理由などいくらでも作れるし存在する。

本物がどれか探し出してしまう前に、まだ何か言いたそうにしているあかねに牽制がてらとある予想の答えを求めてみる。

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