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先生達と上手く離脱した私は、足早にグラウンドを目指す。
もう月乃が罰ゲームを終えて準備室にいてくれる事を願うが、あの二人の動向が読めないのは正直かなり怖い。
一応帰り道はいつはさんに連絡を入れてフェレスをよこしてもらう予定だったが、間に合わないかもしれない。
中庭から一度靴を持って室内に入り、そのまま靴を持ってグランドへ直行したが、どうやら手遅れの様子。
ガランとしているグラウンドの端で、人影が三つ見える。
そのうちの一つ、一番小さいのはおそらく月乃だろう。
遅かったか……。
このままあそこに行っても、私にできる事はない。
どうせ喧嘩になったら勝ち目はないのだ。
誰かしら大人を呼ぶのが正解だろうが、悠長にそんな事をしている暇はない上に呼んだところでどこまで役に立つか分からない。
その間に月乃の軽い口が滑りまくるだろう。
それに、月乃は近頃の尾行がシガンさん達の実家の人たちだと知らないはず。
誰かが気づいてくれると信じて、私は月乃の方へ行くことに決めた。
かなり怖いが、メリーさんにジワジワ追いかけられたり、あの歪なコックリさんに食われそうになったりするよりは怖くない。
相手は一応人間。
きっとなんとかなるだろう。
「その人に何か御用ですか?」
後ろから声をかけると、驚いた様な顔をして三人が私を見る。
全員の視界に入らない様にここまできたので、向こうからすれば突然現れた様に見えたのかもしれない。
これで少しでも私を警戒してくれるといいのだが。
不安を押し込めながら笑みを作って真っ直ぐに濁った瞳を見据える。
相手の目を見続けるだけでも不安や恐怖は隠せる。
「アンタ、何しにきたの?」
「何しにも何も、その人を探しに。」
警戒心たっぷりに私を睨む女性は、もうその視界に月乃を入れてはいない。
いい感じだ。
このまま二人の視界に月乃を入れない様に誘導できれば、余計な情報を与えずに済む。
「まだ何かお話が?」
「アンタには関係ないわよ。」
圧をかける様に笑いかければ、憎々しげな顔をして逃げる様に去っていった。
思いの外あっさりと形がついたことにホッとしながら、月乃の方を見ると、何が何だかわかっていなさそうな顔があった。
「戻るよー。」
「わたしまだ走ってないんだけど。」
「いいよもう。それより、さっきの人達なんか言ってた?」
「なんか、しがやがどうとか実家がどうとか言ってたけど、なんのことかわかんなかったからのずっと黙ってた。」
どうやらあの二人はかなり説明をすっ飛ばしたらしい。
おかげで月乃は何も分かっていないままに話を進め、結果的になんの情報も与えずに済んだのだろう。
「ねぇ、さっきの人達、つつじの親戚って言ってたけど、誰?」
「さぁ?」
月乃に知られるとすぐにシガンさんとヒガンさんに報告しかねない。
もしそうなれば確実にシガンさん達が動く。
しかし、それはおそらく悪手。
あの二人と応接室で別れた時、女の人は“あいつらによろしく”と言っていた。
本来なら裏でこそこそやっている事はバレたくないはずだ。
それなのにわざわざそう言ったのなら、何かしらの思惑があってもおかしくない。
それに、もしシガンさんの耳に入れば、私達の存在が実家に知られると思っていないであろうシガンさん達の懸念を増やすことになる。
「つつじ、隠さないで教えて。」
「何にも隠してないよ。」
「じゃあなんでそんなに考え込んでるの。それに、さっきの人達のこと知ってるんでしょ。」
「秘密。」
「………さっきの人達、わたし達を尾行してた人達なんでしょ?」
思わず月乃の方を見ると、不安そうな赤紅が私を見ていた。
透明な黒と赤の色彩はどこまでも頼りなく揺れる。
そこらへんのことを月乃も知っていると思って話したのかあの人達は。
爪が甘いあの人達のせいで余計なことを月乃が知ってしまった。
シガンさん達には何かしらの怪異だろうと話していたが、月乃が怪異の正体が人間だと知ってしまった。
「なんで怪異だって嘘ついてたの?気づいてたんでしょ?」
「…………気づいたのはいつはさんだよ。」
隠すのはもう難しいだろう。
諦めて色々説明した上で口止めをしよう。
「いつから気づいてたの?」
「ちゃんと話すから、説明は帰り道でいい?多分今日は尾行はないと思うけど、いつはさんのところに行っていつはさんに報告しつつ説明するよ。」
まもなく準備室に着きそうだったのでそう言って月乃を宥め、メッセージアプリでいつはさんに連絡を入れる。
そのタイミングでフェレスが準備室に到着し、もう少し経ったところで小戸路先生とキリカさんが帰ってきた。
「じゃあ、私達は帰ります。」
「気をつけてねー。」
「また明日〜。」
小戸路先生だけは作り笑顔を作るだけでいつも通り何も言わなかった。
再び月乃と並んで帰る。
この時間は誰もいないので月乃の頭の上にいるフェレスも含めて私が知っている事を説明してしまうことにする。
全てをいつはさんの所で話すと帰るのがいつも以上に遅れてしまう。
ただでさえテストが近いのだ。
早めに帰りたい。
「何から聞きたい?」
「僕は何が何だかわかんないんだけど……。」
突然呼び出されただけのフェレスは困惑気味にため息をこぼす。
流石になんの説明も無しに聞かせるのもアレなのでここ最近の尾行被害と今日の二人組の話だけをかなり端折って話す。
月乃に向けたおおまかな説明もここで済ませた。
「じゃあ、そのシガン達の親戚がシガン達を連れ戻そうとしてるけど、本人達には勝てないから外堀を埋めようとつつじ達に近づいた、って事?」
「話が早いね。」
かなり割愛したにも関わらず、フェレスはしっかりと要点を押さえてきた。
こう言うところは優秀なのだが、だからこそ警戒心が働く。
もし敵に回ったら、と考えると本当に怖い。
そこいらの怪異よりも強いのに頭も回る様なヤツなのだこの手は。
「ねぇ、そのマヨイガっていうのは、怪異なんだよね?じゃあシガンさん達の親戚ってみんな能力持ちってことにならない?」
「………あんまり本人のいないとこで勝手に話したくはないんだけど、あの人達の家系は特殊なんだよ。」
本人達が話したがらない様な事をいないところで話すのは気が引けるし、私も詳しい事を知っているわけではないが、ここまで説明しておいて話さないわけにもいかない。
中途半端な情報しか持っていないのは危ないだろう。
「二人とも、今から私が話すことも、今話したシガンさんの実家の人が私たちに接触してることもシガンさん達に話さないって約束できる?」
「分かった!」
「フェレスは?」
月乃は元気よくおそらく何も考えずに返事をしたが、フェレスは考え込む様に月乃の頭の上で固まっている。
「フェレス?」
もう一度名前を呼ぶと、ようやく金縛りから解けた様にフェレスの小指が動いた。
「うん、ごめん、ボーッとしてた。で、なんだっけ?」
「今から話す事をシガンさん達に話さないでって約束、してくれる?」
「うん、いいよ。でも、もしもの時は話すかもしれないから。絶対とは言わない。」
「十分。」
シガンさん達に隠しているのがバレた時なんかはもうおとなしく喋った方がいい。
経験上、そっちの方が怒られないしバレたらもう口を割るべきタイミングなのだ。
そこからいつはさんの家まで、シガンさん達の実家の話をした。
とは言っても抽象的なことしかわからないと断りを入れなければならない様な事しか知り得ないが。
本当に知りたいのなら本人達にきくしかないのだ。
ささやかな風と共に、言葉を紡ぐ。