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紫アザレアが察するには  作者: こたつ
青紫の隠し事
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初めて入った職員室は思っていたよりも広く、コーヒーの匂いが染み付いていた。

 一応入る時にクラスと名前を申告したため、すぐに担当と思しき初老の先生が出てきてくれた。

 

「あ、山瀬さんね。ご家族の方があっちの応接室にいるよ。話終わったらそのまま帰っていいよ。」


 それだけ言われて廊下に放り出された。

 何かやらかした訳ではなさそうな事にはホッとしたが、家族が来ていると言うのも穏やかではない。

誰が来たんだ?

母さんは外国、父さんも外国、シガンさん達はわざわざ学校まで来ずとも家が隣だ。

そもそも何の連絡もなく学校に来る様な人たちでもない。

 不審に思いながらも学校側が通したのなられっきとした身内なのだろうと自分を納得させて応接室に入る。

初めて入る応接室のー中は割と殺風景で、部屋の真ん中に机と椅子が向かい合わせに置かれ、申し訳程度に空っぽの本棚が壁に付いているだけだ。

 そして、私から見て真正面に二人、男女が座っている。

その顔に見覚えはない。

しかし、何かしらの既視感は感じる。

 先生は家族と言ったが、親戚が正しいのだろう。

私が知る三親等以内にこの人たちはいない。

 私が無言で二人を素早く観察し終えると、男の人が立ち上がって口を開いた。


「君が山瀬さんかな?突然ごめんね。少し君に話があるんだ。」


男の人は上質そうなスーツを来て、爽やかに見える笑みを浮かべる。

サラリーマンみたいな感じだ。

 その人に促され、その人の正面に座る。

男の人はその間もビジネススマイルを浮かべたままだ。

女の人の方は黙ったまま見定める様に私を見ている。

居心地悪く思いながらも男の人も座ったタイミングで口を開く。


「どちら様ですか?」


 思っていたよりも誰かわからない人達を前に空気が薄く膜を張る。

普段よりも少し棘を含んだ声に、男の人は苦笑しながら口を開いた。


「そんなに警戒しないで。僕たちは君のお義兄さん(おにいさん)達の方の親戚だから。君の身内だよ。」


 安心させる様に言う男の人に、多分私の顔は歪んで見えただろう。

 シガンさんの実家の人たちが、私に何の様があるのか。

シガンさんの実家に関してはあまり知らないが、シガンさんとヒガンさんが実家の事を話したがらない事をよく知っている身としてはこの人たちは警戒対象だ。

ただでさえいつはさんにも気をつけろと言われているのだ。

ここで緊張の糸を伸ばさないわけがない。


「……最近帰りに付けてきている人達、と言う認識でよろしいでしょうか?」

「何のことかな?」


 わざと慇懃無礼に聞けば、すぐに男の人の目から温度が消えた。

笑顔とは裏腹に一切笑っていない瞳。

 不穏な空気が応接室を満たす。


「別に隠さなくてもいいでしょ。どうせバレてるわよ。」


 女の人が初めて口を開いた。

真っ赤な口紅が似合わない、濁った瞳の、黒いワンピースを着た女の人が男の人に言う。

その濁った瞳が私に向く。


「アンタ、あたし達がつけてるって確信持ってるでしょ。何でバレてんのか知らないけど、そんなことはどうでもいいの。あたし達はただアンタと取引をしにきた。」


 甘ったるい声でそう言う声はそこで一度切られ、濁った瞳が男の人の方を見る。

男の人が女の人の言葉を引き継いで話し出す。


此雅夜(しがや)彼雅夜(ひがや)の居場所と、アイツらの弱み。その二つを教えて欲しいんだ。」


 笑っていない目はそのままに、表情だけの笑顔を振りまきながら言う。


「もちろん、ただとは言わない。欲しいものを出来うる限りで用意する。お金でも何でもいい。」

「そうよ。アンタが言う事を聞いてくれるなら、一生遊んで暮らせる様にもしてあげる。」


 薄く笑いながら甘く囁く二人は、どこまでも不気味に見える。

まるで悪魔の取引だ。

そもそも誰だ此雅夜と彼雅夜。

 察するにシガンさんとヒガンさんの本名なのだろうけれど。

と言うか、何でこんな危なそうな人達を学校に入れた挙句生徒と二人きりにするんだ。

 教師陣に対する不満を心で漏らしながら二人を見る。

返事は最初から決まっている。


「お断りします。」


 男の人はその返事に驚いた様だったが、女の人は驚く事なく冷静に言葉を投げる。


「どうしてかしら?」

「あの人達の弱みなんて知りません。」

「実家に戻る様に説得してくれてもいいんだ。アイツらが戻ってこれば、何でもいい。」

「戻られたら困るんですよ。今の私の保護者はあのお二人なので。」

「それくらいならあたし達がどうにかできるわ。」

「面倒なので嫌です。」

「君、自分が言っていることがわかってるのか?何でも手に入るんだぞ?」


 笑みが消えて険しい顔になってきた男の人が諭す様に何かほざいているが、知ったことではない。


「あなた方こそ、自分が言っていることがわかっているんですか?あなた達は言いましたよね?『あたし達が付けている』と。わざわざ付けてきた挙句、刃物を投げる様な人達相手に取引なんてするわけがないでしょう。」

「そんな刃物を投げてくる様な人間相手に取引を拒否するなんて、自分の立場がわかっているの?」


 うまくいかない交渉に苛立ってきたのか女の人が高圧的に言う。

しかし、私は落ち着いたまま口を開く。


「でもあなた達は、あの二人に勝てないのでしょう?」


 酷く落ち着いたまま、目の前の二人を見ながら言う。

二人は言葉に詰まった様に何も言わない。

 薄く笑いながら、一瞬の静寂にもう一度音を落とす。


「一番最初につけられた日。あの日に追いかけられたタイミングは不自然で、不思議だったんです。まぁ、その謎はすぐに解けましたが。」

「何が言いたいの?」


 さっきとは打って変わり、警戒を滲ませた声で女の人が言う。

その声には さっきまでの甘さは微塵もない。

 私はその警戒を煽る様に笑って、目だけを冷やして答える。


「あの日、私の義兄(あに)の名前をだしたらあからさまに追いかけられました。あれは、逃げ込まれるのが怖かったのでは?それに、あの人達に勝てるのならばわざわざ説得なんてしなくていいでしょう?」


 言い終える頃には、冷静さを取り戻した様子の二人が余裕を見せる様にゆっくりと口を開く。

だが、その声にはまだ警戒が塗られている。

 苛立つ様に細かく動く足も、取り繕うことさえ忘れたその表情も。

その全てが私を意識している。


「それで?あたし達がアイツらに勝てなかったとしても、アンタには勝てるわ。」

「おや、私の能力をご存知で?」


 本当は何の役にも立たない能力だが、牽制のために声に含みを持たせて、笑みはそのまま冷たく酷薄に。

全力で“強者”を演じる。

 この場を全て理解した様に、余裕を見せる。

相手に自分を侮らせない様に。

しばらく睨み合いの様な間ができた。

 糸が切れてしまいそうな緊張。

息を吸うだけで肺が痺れる様に疼き、血液が熱く脈打つ。

そんな緊張感。

 ふと、糸がほつれた。


「帰りましょう。」

「は!?でも」

「アタシ達はこのガキを舐めすぎてたのよ。妖に守られて逃げ回ってるから何の力もないと思っていたけど、それが間違いだったわ。」


 女の人は舌打ち混じりに私の方をもう一度見ながらたちあがる。

その瞳はやはり濁っていて、綺麗とは言えない。

 ふん、と鼻を鳴らした後、余裕ぶった声で言った。


「じゃあ、アタシ達は帰るから。アイツらによろしく。」


 そのまま女の人についていく様に男の人が立ち上がり、応接室を後にした。

一人残された応接室は殺風景で、古い畳の様な匂いが残っている。


「疲れるね。」


 ポツリと溢れた言葉は聞かなかった事にして大きくため息をついてから立ち上がり、図書室へ帰る事にする。

 あー、何で呼び出されたかとか聞かれるかな。

人違いでしたとでも言っとくか。

 色々と考えてとろけ切った脳みそをトロトロと動かしながら図書館への道を歩く。

どこからか風が吹く廊下は色々な掲示がなされ、賑やかだった。

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