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昨日はあんなに綺麗で不気味な夕日が出ていたと言うのに、今日はどんよりした曇りだった。
妖狐に遭遇した次の日、教室は静寂に包まれていた。
普段なら騒ついているはずの朝の教室。
いつもの騒がしさは鳴りを潜めている。
なぜなら、今日は一週間前から不登校になっていた生徒が教室に姿を見せたから。
いつか机にぶつかっていた彼女が、教室の真ん中にいた。
向かい側には髪を高く結い上げ、化粧っけがすごい生徒が立っている。
今、私のクラスこと一年一組は全員がその二人に注目していた。
「へぇ〜学校きたんだぁ?」
先に口を開いたのは、化粧の生徒だった。
「えぇ〜よくくるよねー。
あんだけ来んなって言ったのに」
化粧が発した声は女子が出せるとは思えないくらい低かった。
その上に目の圧がやばい。
目の前にいるだけで萎縮してしまいそうなくらいに、重い目つきだ。
その圧のせいか、化粧から目を逸らして自分自身を守るように自分を抱く生徒もいる。
化粧の取り巻きでさえも、引き攣った顔をしている。
もはや何かに役立ちそうなくらいその目力は凄まじい。
いつの間にうちのクラスではこんな圧力政治が始まっていたのか。
自分の観察眼のなさには呆れるしかないなぁと思いながら傍観できるくらいには私は図太い。
正直もう本読みたい。
すでにこの緊迫した状況に飽き始めていた。
だが、今本を読み出すと確実に悪目立ちする。
でもこれ見ててもなぁ。
本気で本を読もうか傍観しようか悩み始めた時に、ぶつかった生徒がようやく声を発する。
「なんで貴方の言葉如きでわたしの行動を決められないといけないの?」
ざわり。
クラスの静寂が静かに破られた。
ざわざわ。
ガヤガヤ。
誰もが耳を疑った。
つい先日まで彼女らに怯えて学校にこなかった人間が放った言葉とは思えない言葉に。
その驚きとひとつまみの戸惑い、そして、多量の不安。
それらが一斉に数のすくないクラスメイトたちに伝播していく。
「___は?」
さっきより何オクターブも低い、化粧の声。
多量の不安が現実になった、その瞬間に、全員が息を呑み、一斉に口を閉ざす。
私も同様に息を呑んだ。
その理由は、化粧の一言でも、彼女、ぶつかった生徒の一言でもない。
それは__
「彼岸花」
小さく、声も出さずに口だけを動かしたその言葉は、幸いにも誰にも届かなかった。