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これは非常にまずいかもしれない。

花車先生が私が放課後小戸路先生と図書室にいることを言いふらしていたら私は全校の女子から刺されかねない。

 その懸念は小戸路先生にもあったようで、笑顔で花車先生がどれくらい図書室の話をしているのか聞き出し始めた。


「ん?のぞみちゃんはめちゃくちゃ仲良いヤツにしかそういう話はしてくれねぇよ?そもそものぞみちゃんと会うこと少ないし、授業も雑談とかしないもん。」

「現におれも今日まで仕事があること知らなかった。」


 どうやらそこまで広がってはいなさそうだ。

ほっと胸を撫でおろしながら話を聞き終える。


「じゃあキリカはわざわざ図書室の仕事をしにきてくれたんだね。」

「はい。流石に一年ちゃんにだけ仕事を押し付けるのは先輩としてどうかなーって。」

「そういえば、図書委員って今何人いるんですか?」


 委員会がないため図書委員が何人いるかを私は知らない。

キリカさんは口ぶりからして図書委員だろうが、図書委員は全体で何人くらいいるのだろうか。


「三人。」

「はい?」

「各学年一人で、三人。」

「いくらなんでも少なすぎません?」

「この学校で一番少ないね。」


 想像以上に少ない図書委員の数に私は軽く目を見開く。

いくらこの学校の委員会の人数に制限がないとはいえ、各クラス一人くらいの人数はいると思っていた。

もとより仕事なんて有ってないような物とはいえ、流石に少なすぎはしないか。


「どうせ仕事はないからね。それに、オレは去年も図書委員だったけど特に仕事した覚えないよー。」

「去年は知らないけど俺は仕事がある事は図書委員のいるクラスにプリント配布したぞ?」


小戸路先生は怪訝そうに言うが、そんな物があった覚えはない。


「そんなんあったっけー?」


 どうやらキリカさんも心当たりがないらしい。


「あれ?おかしいなぁ。」


 小戸路先生は微かに目を細めて笑みを苦笑にかえた。

小戸路先生は小戸路先生で不思議そうな顔をしている。

この先生がミスをするとも思えない。

でもプリンは配布されていない。

 どこかでプリントが紛失でもしたのだろうか。


「あれじゃね?七不思議!」

「「七不思議?」」


 ハラキさんの言葉に私と小戸路先生の疑問の声がハモる。

キリカさんだけはああ、と何か心当たりがあるようだが。


「七不思議の二番!『静寂の図書室』っていうのがあるんだ!」


 利用者が昔から少なかったのだろうか。

そんな事を思っているとキリカさんがそっと一歩、前に出る。

日も落ちてきて窓に自分の姿が映りはじめた図書室でキリカさんが口元に薄く笑みを浮かべて語りはじめた。

 

「この学校が成立した当初、一年生の図書委員のSくんとその時の図書委員長のKくんは放課後の図書室にいました。まだできたばかりで本が少ない図書室の棚はスカスカで、利用者もほとんどいませんでした。だから図書委員の人数も少なく、仕事もありません。それでも本が好きだったSくんは毎日放課後に図書で本を読んでいました。Kくんはその付き添いです。しかし、この日、Sくんはついに数少ない図書室の本を全て読み切ってしまいました。そこでKくんは言いました。

『もうここに新しい本はないけど、明日もここにくる?』

『いや、まだ読み終わってないよ。』

そう返したSくんは一つの棚を指さしていました。そこには和綴の古そうな本が一冊、洋綴じの本に混ざって並んでいました。明らかに古いその本は新品の本の中にあるはずもない本でした。

『Sくん、あの本はやめておこうよ。』

『どうして?面白そうだよ。』

SくんはKくんが止めるのも聞かずに本を手に取って開きました。次の瞬間、Sくんは消えてしまいました。いえ、正確には空間ごと捻じ切れて(. . . . .)しまい、最後には真っ赤な血が降りかかった和綴の本とその近くにあった洋綴じの本、静寂だけが残りました。」


 話し終えたキリカさんはそっと一つの棚に目線をやる。

思わずその棚を見ると、血濡れの紅い本が____。


「Kくんはその後どうなったの?」


 小戸路先生の声で我に返ると、棚の中に血濡れの本ははなく、ハードカバーの色鮮やかな本たちが並ぶだけだった。


「Kくんと言う生徒のことを後から聞いても誰も知らなかったんだけど、今でも時々現れる本達がイタズラしないようにこの図書室の静寂を守っているんだって。」


 察するに、本達のイタズラから生徒を守るために生徒を図書室に入れないようにしているのか。

だから図書室に人が来ないように、静寂を守るために小戸路先生のプリントが各クラスに届かなかった、と七不思議とプリントを結びつけたハラキさんは七不思議の話題を出したのか。


「Kくんいいやつだよなー。」

「でも結局Kくんの存在はかなり謎だよ?」


 楽しげに笑うキリカさんはハラキさんと会話をしてからさて、と話を切り替える。


「今日からはおれも放課後に仕事手伝います。」


 突然の話題変更に一瞬誰もついていけなくなる。

一番早く話題変換を飲み込んだのは彼の友人のハラキさんだった。


「おー、そういやそんな目的で来たんだったな。」

「あ、ああ、そうだったね。」


 ハラキさんの声で我に返った小戸路先生も口を開く。

少し考えるそぶりを見せた後、もう一度口を開く。


「じゃあ、山瀬さんは偶数日、キリカは奇数日に放課後と昼休みに図書当番でいいかな。」


 まぁ同じ日に二人委員がいる必要性もないし妥当だろう。


「あ、おれ愁先生に科学教えて欲しいんですけど、放課後に来て教わってもいいですか?」

「俺の科学は値が張るぞぉ。」

「金とんの!?」

「無料で教えてくれないんだったら女子に愁先生がここにいる事バラしちゃおっかなー。」

「マジでやめろ。」

「じゃあおれは放課後に化学教わりにくるから、よろしくねつつじちゃん。」

「あ、はい。」


 いつのまにかキリカさんが毎日放課後に図書室に来ることが決まっていた。


「頼みますから問題だけは起こさないでくださいよ……。」


 小戸路先生の突然の敬語に、一瞬、いや三秒くらい時が止まった。

そういえば私は相手がハラキさんだったから愛想笑いも作り笑顔も普段の五割減で表情を動かしていた。

おかげで今のテンションは普段小戸路先生と話す時と大差ない温度の低さになっている事に気づく。

 いつもの無表情になっていた顔を引き攣らせている小戸路先生は多分私のテンションが普段の準備室の中と同じくらいの温度だったためつい敬語が出てしまったのだろう。

 いや、なんか、すいません。

 今私はフォローを入れるべきなのはわかるがこんな時にどうやってフォローを入れるべきなのかさっぱりわからない。

おかげで私も時間が止まったように何も言えない。


「先生、なんで急に敬語?」


 やはりと言うべきか一番最初に適応したのはハラキさんだった。

さっきまで止まっていた時間はどこへやら、大きな声で小戸路先生に絡んでいる。

一方小戸路先生はまだ顔を引き攣らせている。


「先生もビックリしてるから多分無意識に出たんじゃない?」


 知ってか知らずか楽しげに笑うキリカさんの予想は大正解だ。

そしてここら辺でキリカさんに乗っておけばやり過ごせそうな雰囲気に気づいた私の時間も動き出した。


「そうですね、他の先生方と話した後とかたまにそのまま敬語使ってたりしますし、疲れてたんでしょう。」

「マジ!?オレ初めて聞いたかも!」


 珍しさに興奮しているハラキさんには悪いが小戸路先生の敬語なんてさしてレアではない。

先生同士の会話を聞いていれば大体敬語だし。


「あ、そう言えばハラキくん、生徒会の時間は大丈夫なの?今日会議って言ってなかったっけ?」

「あ!やべぇ!先生、つつじちゃんまたな!」


 ハラキさんはキリカさんの言葉に慌ててきた時同様騒がしく廊下へと走っていった。

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