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紫アザレアが察するには  作者: こたつ
黄丹の図書室
64/133

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「ね、つつじちゃん。」


 不快感のぶつけ先を探していた私を現実に引き戻したのは残念ながら、やはり赤井崎だった。

彼女はさっきからずっと消えない不安を色濃く残したままの目で私を遠慮がちにみている。

 なんでウズさんの悪口を言っていただけの赤井崎がそんなに不安そうな顔をするんだろう。


「アイツのこと、知ってたの?」


 正直に答えるべきか?と一瞬懸念したが、どうせ大した意味はないだろう。

 私は正直に答える。


「知ってたよ。」

「なんで?どこで知ったの?」


 そんなに詳しく聞いてどうするんだ、とかなんでそんなこと聞くんだ、とか色々と考えた。

考えたが考えるのが面倒だった。

 これは私の良くないところだが、私は思考を良く放棄する。

大抵の場合は考えたところで答えが出なさそうな時に何も考えずに適当な事を言って痛い目をみる。

 今回もそうだった。


義兄(あに)の友達。」

「お兄ちゃんのこと(あに)って呼んでるの?」

「その方がわかりやすいでしょ。」


かなり無理があったが赤井崎が相手だし大丈夫だろう。

 何も考えていないと普段なら兄さんとでも言って誤魔化すシガンさんの代名詞を選び間違える。

こういう細かなボロが積み重なると段々相手に不信感を抱かせる。

それが多くなってくると作り笑顔も愛想笑いも何も通じなくなってくる。

疑心暗鬼になった人間は疑心の対象を決して心から信じない。

 そうなってくると色々と面倒なのだ。


「へぇ〜お兄ちゃん、友達いたんだ。」


 芝居掛かった声が酷く不快だ。

わかりやすくヘッタクソな表情を浮かべているのも余計に目についてしまう。

 しかもそれらを意図してやっているのではなく、自分の演技が完璧だと思っているから厄介だ。

いや、演技とすら思っていないかもしれない。

そう言う性格(せいしつ)なのだろう。

 でなければとっくにもっと上手な演劇が出来上がっている。


「お兄ちゃんの友達になんてよくなったね。つつじちゃんのお兄さん、あんなにイケメンなのにもったいない。」


 何が勿体無いのかは知らないがシガンさんが聞いたら怒るであろう事はわかった。

わかったが私はシガンさんではないので特に怒りは湧いてこない。

目の前のコイツが心底目障り、耳障りだとは思っているが。

 そろそろ無視して本を読もうか。

本の準備は私が色々考えている間に終わらせたので私の手にはブックカバーのかかった文庫本が載っている。

いつでも読書スタートできる。


「お兄ちゃんと違ってあたしには親友のつつじちゃんがいるし、頑張って努力もしてるから勉強だってできるよ。」


私は親友どころか他人としか思っていない。

全然シガンさんとウズさんの方が仲良がいい。

ついでにその努力は多分無駄だ。

休まず詰め込めばいいってもんじゃない。

そもそもまだ朝なのにとても眠そうな顔をしている赤井崎がまともに授業を受けて内容を理解できるとは思えない。

 いっそ呆れを通り越して何も湧いてこない。

 誇らしげに語る赤井崎になんの感情も向けられず、恐ろしく無表情になっているであろう私の顔に誰一人として気づく事なくホームルームが始まり、一日が本格的に幕を開けた。


 

 その日赤井崎はほとんどの授業で寝落ちそうになり、歴史の時間なんて明らかに眠っていた。

それなのに休み時間や昼休みは絶え間なく英単語やら古文単語やらを見ているあたりがどうしようもない。

とは言ってももはやいつものことなので教師含め誰も何も言わなかったが。


 無事に授業が終わり、いつも通りに図書室に向かう。

階段を降りて変化のない廊下を歩く。

 そういえば本読み終わっていたっけ。

新しい本を借りていこう。

脳内に図書室の本棚を思い浮かべながら歩いているとすぐに図書室についた。


「失礼します。」

「いらっしゃい。」


 いつも通りに挨拶をして荷物を置いて本の返却処理をする。

今借りてる八百泉(やおいずみ) ねそらさんの小説を返却し、それが終わると本を元あった位置に戻す。

戻し終われば次は借りる本を探す。

 どうせ人は来ないし、来たとしても小戸路先生が対応してくれるだろう。

 何を借りようかな。

ワクワクウキウキしながら本を選ぶ。

 んー、今はミステリの気分……。

いや、ファンタジーも捨てがたい。

いやでも先生の本もいいなぁ。

そういや新刊も入ってたかな。

 本棚をうろちょろすること数分。

不意に扉が開く音がした。

その音に本探しに集中していた私の意識が時速五百キロくらいの速さで浮かび上がった。

 と言っても、どうせ小戸路先生が準備室の方から出てきただけだろう。

そう思い本棚に向き合い直したところで扉を開けたのは小戸路先生ではないことが判明した。

なぜなら本棚に向かい合った瞬間、図書室に見合わない聞き覚えのある大きな声が響き渡ったから。


「うぉぉー!久しぶりというか、初めて図書館入ったかも!」


 ハラキさんは相変わらずの体躯に見合わない大声で図書室に声をこだまさせる。

そしてそのハラキさんの隣にはもう一人、どこかで見たことがあるような無いような無いかもしれない二年の先輩が一人。


「ハラキくん、ここ図書館!うるさくした迷惑だよ。」

「すまん!キリカは図書館来たことあるか!?」

「だから声がでかいって。」


 キリカ、と言う名前らしい先輩は呆れたようにでも笑いながら注意をしている。

そしてその注意を聞いてハラキさんはキョロキョロしだす。


「どうせ誰もいな……お!つつじちゃん!本借りに来たのー?」


 バレたか。

できるだけ本棚に隠れるように身と気配を潜めていたが無駄な抵抗だったようで早々に見つかった。

私は仕方なく立ち上がって返事をする。


「へぇー、やっぱり本借りに来たんだ!月乃ちゃんは元気?」

「はい、元気です。あと、利用者がいないとはいえ声は少し落としてください。」

「わかった!!」


 だめだこの人。


「ハラキくん、声の大きさ変わってないね。」

「そうだ!コイツはキリカ。おれの同級生だ!」


 そういってマイペースにハラキさんは隣にいた男子生徒を示す

制服を着崩しているあたり決して真面目なタイプの人では無いし髪色も明るく、どちらかと言うと目立ちそうな気がする。

しかし決して目立つことはなさそうと言うか特徴がないと言うか……。

 言語化しようとすると何も特徴が出てこなくなるような人だ。



「兄ちゃんやシガンにいちゃんにも負けないレベルの顔だろ!」

「ごめんねー、ハラキ君いつもマイペースだから。」


キリカさんは間延びした声で申し訳なさそうに言いながらもその顔は楽しそうに笑っている。

 軽薄そうな人だ。


「お前だってマイペースに女の子振ってるだろ。」

「おれ別に付き合った覚えないけど?告白された覚えもないし。」


 なんか、ハラキさんの友達だし変な人だろうとは思っていたが想像よりもチャラい。

 テンポンのいい会話を図書館には不釣り合いな声で響かせるこの先輩二人をどうしていいか分からず立ち尽くしていると準備室の扉がそっと開いた。


「あれ?利用者がいるの?珍しいね。」


 丸メガネを外して胡散臭い笑顔を浮かべる小戸路先生が出てきた。

その目が若干心配そうに生徒たちを見ているので私が利用者に絡まれているかもしれないと思ってきてくれたのだろう。

だいぶ助かる。


「あれ?しゅうくんじゃん!図書館でなんか探しもん?」

「くんじゃなくて先生な、先生。」

「サーセン。」


 さすが小戸路先生。

胡散臭いが仲良さげにハラキさんの相手をしている。


「で、何しにきたの?お前ら本読むようなタイプじゃないでしょ。」

「オレは付き添い!」

「おれが図書室に行くって言ったらハラキくんが着いてきたのー。」


小戸路先生はそこでキリカさんの存在に気づいたらしく、一瞬怪訝そうに目を細めた後にまた胡散臭い笑顔を貼っつけて声をかける。


「キリカか。何しにきたんだ?」

「何しにきたって酷ぉ。図書委員の仕事ですよ。」


 女子高生のように言うと、キリカさんはなぜか私の方を見てからウインクでもしそうな雰囲気で言い放つ。


「先生が一年の後輩ちゃんに仕事押し付けてるって聞いたので。」

「……誰に聞いたの?」

「花車先生。」

「そういえばのぞみちゃんそんなこと言ってたっけ。確か本探すのがすごい早い子がいるって!」


 小戸路先生はまだ笑顔を作っているが目が若干笑っていなかった。

私はそっと遠いどこかに目をやりたくなった。

 

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