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「あ!思い出した!!」
突然の大声に思わず思いっきり肩が跳ねた。
さっきまで色々と考えていたのが全部持っていかれた気がする。
大声を出した張本人である月乃の方を非難がましい目で見るが、伝わる気配はないので早々に諦めて目を逸らした。
「思い出したよ!誰に話したのか。」
「話したって、メモのことか?」
「そう!わたし、前にもフェレスに同じ事聞かれたからおんなじようにこたえたの。」
一斉に視線がフェレスに集中する。
聞いていないぞという非難が一つ、戸惑いが一つ、コイツなんか知ってるなという確信が一つ。
ただ一人メリーさんだけが私の分のどら焼きを美味しそうに食べている。
どうせ話を聞いていなかったのだろう。
こういう興味がない事に関しては一切話を聞かないあたり、メリーさんは子供っぽい。
ただしいくら子供っぽいからってどら焼きの恨みは忘れないからな。
「あれ?僕みんなに言ってなかったっけ?」
フェレスは指を首を傾げるかのように指を折り曲げながら言う。
表情や仕草なんかがわからないから嘘かどうかも分かりずらい。
ただ、フェレスなら絶対にそんなミスはしないと思う。
そもそも教える気がなかったと言う方がしっくりきてしまうのは仕方がないだろう。
私はこの手について詳しく知らない。
付き合いだって決して長いとは言えない。
だからこそ私は常にフェレスの言動に注意を払ってきた。
フェレスが本当に私を害することはないか、情報に嘘はないか、怪しい動きはないか。
どこまで正確にそれらが出来ていたかはわからない。
わからないが、フェレスにはこのメモの事について私たちに話すつもりがなかった気がする。
もしも話す気があったのなら、月乃がフェレスに話した事を思い出すまで黙っているのはおかしい気がする。
すぐに、僕が聞いたよ、とでも言えばよかったのに。
なのにそうしなかった。
できるだけメモについて聞いた事を無かったことにしようとしている。
そもそも、メモの事を個人的に月乃に聞いたことも引っかかるのだ。
別に全員がいる時にでも聞けばよかったのに。
今あかねが言い出さなければ誰もメモの存在を知ることはできなかったはず。
フェレスはメモの存在を隠しておきたかったと考えた方が自然だろう。
「フェレス、そのメモに心当たりがあるんじゃない?」
「あったらもうみんなに話してるよ。」
「別に無理に聞き出すつもりはないけど、心当たりがあるのかないのかだけははっきりさせてくれるとありがたい。」
さっきからあかねが怖い目をしている。
ある程度吐かせなければあかねが暴走しかねない。
「…………。秘密。」
「テメェいい加減にしろよ!月乃が故意に危ない方に進まされたかもしれねぇんだぞ!?」
「あ、あかね、落ち着いて!つつじも、止めて!」
身を乗り出したあかねが大きく机を揺らし、それを月乃が必死に止める。
メリーさんは机の上のものを溢れないように避難させ、フェレスは指一つ動かさず、何も悟らせない。
あかねを落ち着けないとな。
「ねぇ、フェレス。あのメモを書いたのはフェレス?それともフェレスが知る誰か?」
フェレスの方をみていつもと同じ温度で問いかける。
フェレスは変わらずに動かない。
「言いたくない。」
「ガキみてぇなこと言ってんじゃねぇぞ!」
「あかね、何をそんなに怒ってるのか知らないけどメモを書いた何かが月乃に害意を持ってたかなんてわかんないんだ。害意があったのならさっさと殺しに来ればいい。私と月乃は能力で抵抗できないんだから、やろうと思えばいつでもできる。でもそうはしてこない。」
「何が言いたいい。」
「犯人探しをする必要性と緊急性がない。」
今までメモについて知らなかったけど特に困っていないのが現実だ。
このまま放置したってそこまで問題はないだろう。
「じゃあなんでお前はソイツに知ってるかどうかなんて聞くんだよ。」
「あかねがうるさいから。」
「なんで俺が出てくるんだ!」
「わかんない?」
そう問いかけると、賢いあかねは黙って渋柿を食べたような顔をした後にフェレスを見て舌打ちをしてから座り直した。
その茜色はしっかりと私とフェレスを睨んでいるが。
「…………ごめんね。」
珍しくしおらしい声で謝るフェレス。
表情こそ見えないがやはり何か言いたくない、後ろめたいことがあるのだろう。
別にそこまでの興味はないが。
「別に大丈夫だよ!今わたし達困ってないし!」
明るい声でフェレスを元気づけようとしている月乃の声が若干下がった温度を上げた。
あかねも大きくため息をついた後からは睨まなくなったし、多分もう大丈夫だろう。
いくつか懸念は増えたが。
メモの差出人は、一体何者なのか。
本当に気にせずに放っておくべきなのか。
私がそれを知るのはかなり後になりそうだと、ぼんやりと察した。
時は過ぎて、月曜日。
あの後フェレスはいつも通りのよく分からない手に戻り、みんなメモのことは一旦保留とすることで片がついた。
ついでにシガンさんもいつも通りだったからこの前に気まずい記憶は消し去っても大丈夫そうだったことも付け足しておこう。
そして今は目の前に先日の授業参観で注目を浴びた赤井崎が静かに座っていた。
私は放課後に散々赤井崎を探し回った挙句にコックリさんに巻き込まれると言う苦難を思い出して赤井崎を見た時軽く眉根が寄っていたと思う。
そして嫌々ながらも赤井崎の隣の自分の席に腰を下ろした。
「あ、つつじ、ちゃん…。」
普段より幾分勢いが削がれている赤井崎から早速話しかけられる。
面倒なことこの上ない。
普段よりも不安そうな平凡な焦茶の目は膝の上にある。
手も口も無意味な動きを繰り返していて、実に挙動不審。
「おはよう。」
「う、うん!おはよう。」
とりあえず挨拶だけしてさっさと教科書を移してリュックをロッカーにしまう。
そして机に戻った瞬間に本を開く。
赤井崎のマシンガントークに付き合いたくない。
だが、やはりいつもより元気がなさそうとは言え赤井崎は赤井崎だった。
「あ、あのね!この前の授業参観に来てたのはお兄ちゃんじゃなくて、えっと、その、と、とにかく!忘れて!」
言葉につまりながらも中々に酷い事を言った赤井崎は言葉を止める事なく自分の兄の悪口________と言うには言いがかりのようなものが多いような気がするが________を並べ立てながらマシンガントークを開始した。
が、今日の私は私は純粋に疑問に思った事をマシンガンの間をこじ開けて口を挟んだ。
「____なんで?」
「でね、あいつはいつもいつもお母さんを困らせて、」
「なんで?」
一回目よりも強く言うと、赤井崎は不思議そうな顔をして言葉を止めた。
いつもならこの後また話し出すのが赤井崎だが、今日はそうさせない。
「どうしてそんなにウズさんが嫌いなの?」
シンプルな疑問。
私にはわからない赤井崎の嫌悪に興味が湧いた。
あの見るからに優しそうなウズさんをそこまで嫌うのはなぜだろう。
もちろん人には相性やらなんやらあるものだから赤井崎がなんと答えようとそこに意見するつもりはない。
ないが、赤井崎の性質上いつまでも話を聞いて丁寧に相槌を打ってくれそうなウズさんはいい話相手だと思った。
あまり会ったことはないがあの人はかなり温厚で優しいと思う。
赤井崎の焦茶の目を見つめていると、赤井崎は不思議そうな顔をしたまま当たり前のことのように言った。
「だって、アイツ迷惑なんだもん。」
「迷惑?」
「そう。ただでさえ目が見えないからお母さんもお父さんも迷惑してるのに、アイツ大学まで行かせてもらってるんだよ?努力もしてない癖に。」
そしてまた一人でウズさんの悪口をつらつらと話し続けた。
今日は早く学校に来過ぎている。
まだホームルームまではたっぷりと時間があって、私は今それなりに不快だった。
それが良くなかった。
普段なら誰がなんと言おうと無視できるし、今日だってできる。
だが時間があるから考えてしまう。
ここで怒ったふりをして目の前のコイツを黙らせることも、このまま放置することも、この事をクラスメイトに話して赤井崎を完全に孤立させることもできる。
どれが正解だろうか。
怒ろうにもどうせ私は本気で怒らない。
かと言ってこのまま黙っているのも癪だ。
だがクラスメイトに噂を流すのは面倒だしそれこそウズさんは望まないだろう。
さて、どうしようか。