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【つつじ視点】
シガンさんから月乃を見つけたと言う連絡を受け、ウズさんと一緒に下駄箱まで降りると、すでに月乃を抱えたシガンさんとフェレスが下駄箱で待っていた。
月乃は気持ちよさそうにシガンさんの背中で眠っている。
やはり、窓から落ちてはいなさそうだ。
どうやって助かったのかは知らないが、死んでいないのならまぁいいだろう。
そうして合流した後、ゆっくりと歩きながら帰路につく。
ちなみに帰りはウズさんを送ってから帰らなければならないため普段とは逆方向に歩く。
「つつじ来るの遅くない?」
シガンさんの頭にふんぞりかえっているフェレスが私を見下ろしながら言う。
私は胡乱げな目線をフェレスに向けながら言葉を放る。
「こっちは三階から降りてきて、その上月乃の分の荷物も一緒に持ってきたんだよ。しかもコレも持ってこないといけなかったし。」
言いながら左手に持っていたシャボン玉を見せる。
質量が全く感じられないそれは、そこにあるのが不思議なほど薄く手に持っている事を忘れそうになる。
そして、案の定と言うべきか、シガンさんはシャボン玉に目が縫い付けられている。
「それ、どうしたんや?」
「教室の机に置いてありました。……その感じだと、コレは本当にムースのサインですか…。」
シガンさんの反応からウズさんが言っていたことが正しかったと判明。
今回の件はムースが関わっていたのだろう。
どこでどうやってかは知らないが。
もしかして、月乃が生きてたのってムースが何か手助けをしたからだったりするだろうか。
雪花さんのように途中で遊び相手に死なれたらつまらないから。
「ご愁傷様やな。アレはしつこい上になんぼ命があっても足りひんから、気ぃ付けや。何人か巻き込まれて死んどるから。」
前言撤回。
殺す気でくるのだろう、ムースは。
だがとなると、どうして月乃が無事だったのかが疑問だ。
あんなん確定演出で死亡ものだろう。
月乃はシガンさんの背で穏やかな顔をしているので聞けそうにない。
「ところで、月乃さんはどこにいたんだい?」
「二階の教室で寝とったで。」
「どこの二階ですか?私のクラスがある方か、もう一個の校舎、どっちです?」
「お前のクラスのほうや。」
となると、一課と特進の方の校舎か。
それも二階ならば二年の教室。
「何組かわかりますか?」
「そこまでは確認しぃへんかったな。ただ、割と階段から近い教室やった。」
階段から近いのなら一か二組、もしくは空き教室だろう。
なぜ月乃がそんなところにいたのか。
謎は深まりそうだ。
「で、つつじ。」
「はい?」
思考の海に潜ろうとしていたところでシガンさんの声に意識を引っ張られる。
少し前を歩いていたシガンさんは私の方を見ていた。
その顔は説教をする時の顔に切り替わっている。
「なんでコックリさんなんてやってん?」
声はそこまで大きくないが、圧はすごい。
無表情の圧が怖い。
下手な事を言ったら間違いなくあたりに怒声が響き渡る。
「私はやってませんよ。私は巻き込まれただけです。」
「でもコックリさんやったから廃校のような異界に飛ばされたんやろ?なんでやってん。」
「ですからやってないんですって。やってたのは私じゃなくてクラスメイトです。その人たちがやってたコックリさんの様子がおかしくなって、その後にあそこにじわじわ飛ばされたんですよ。」
「なんでコックリさんをやっとらん人間が飛ばされんねん!」
「まぁ落ち着いて。ムースが何か細工したのかもしれないし、つつじちゃんは自ら危険なところに飛び込んでいくような子じゃないでしょう。それに____。」
ヒートアップしかけていたシガンさんをウズさんがやんわりと間に入って止めてくれる。
そしてそのままシガンさんを丸め込んだ。
その手際はとんでもなくいい。
さすがは幼馴染と言ったところだろう。
私が感心しながら軽く冷えてしまった指先をいじる。
「ねぇ、つつじ。シガンっていつもウズの掌の上にいるよね。」
「ほら、なんだかんだシガンさん単純だから……。」
「お前ら聞こえとるからな。」
フェレスとヒソヒソと話し、シガンさんに睨まれウズさんに生暖かい空気を醸し出されているとすぐにウズさんの家に着いた。
ウズさんの家の前にはハラキさんがいて、ウズさんを見つけると大声で叫びながらなぜかシガンさんにタックルしていた。
シガンさんが赤井崎の様子を聞くと、帰ってきてからずっと部屋に引きこもっているらしい。
その後少しだけ世間話をして解散。
シガンさんが背負っている月乃について軽く聞かれたが、寝てしまって起きないと誤魔化しておいた。
そしてまたさっき来た道を戻って今度こそ家に帰るために歩き出す。
「なぁ、つつじ。」
シガンさんは前を向いたままで言葉を落とした。
私は返事の代わりにシガンさんの横まで行き、並んで歩く。
シガンさんの声がいつになく真剣に聞こえたから。
少しでも、たとえ見て分からなくても顔を見て話を聞くべきだと思ったから。
「お前は月乃さんがほんまに死んだかもしれへんと思っとったか?」
何を聞いてくるかと思ったら、そんなことか。
なぜそんなどうでもいい事を聞いてくるのか分からない。
どうしてそんなに真剣な顔をしているのかも分からない。
分からない。
無意識に手を口元に当てながらシガンさんの真意を測りかねていると、またシガンさんが言葉を溢す。
「別に、どう言う状況で月乃さんが生死不明になってもうたかは聞かへん。ただ、お前は生きとるか死んどるか、どっちやと思った?」
フェレスを頭に乗せたまま、前を向いたままシガンさんはいつも通りの無表情で聞く。
まるでソレが何か大切な儀式かのようだ。
言葉の裏に何があるのか。
考えようとして、手を口元から離した。
どうせ分からない。
考える代わりに質問に答える。
「思ってましたし、思ってませんでした。」
「どう言う事や?」
「そのまんまですよ。死んでるかもしれないし、生きているかもしれない。蓋を開けるまで分からない、シュレディンガーの猫ですね。」
「……。」
「後、シガンさんは聞かないと言いましたけど、一応言っときますね。どうせ月乃が言うでしょうし。」
今のうちに月乃が生死不明だったのは私が手を離したせいだと言っておかないと、後でバレた時に面倒だ。
なんで言わなかったのかと怒られるに決まっている。
「月乃がコックリさんに操られた時、私が止められず、背後にいたコックリさん本体に驚いて掴んでいた手を離してしまったからです。」
すぐに怒鳴り声が降ってくるかと思ったが、シガンさんは何も言わずに歩き続ける。
と言うことは………めちゃくちゃ怒ってる……?
過去にないくらい怒ってる?
やっぱり言わない方が良かったかな。
軽く後悔したがもう遅い。
フェレスも空気を読んだのかなんなのか黙りこくっている。
気まずい。
さっさと謝った方が面倒は少ないと思ったが、失敗だったかもしれない。
俯いて手のひらを見るくらいしか私にできることはない。
「う、ぅぅ、ん………?」
「月乃さん?」
沈黙が続いた後、月乃がシガンさんの背で目を覚ました。
そこでようやく沈黙が壊れた。
「大丈夫か?」
「ん、はい、ここは…?」
「今、家に帰っとるとこや。まだ距離あるから寝とってええで。」
「つ、つじは?」
「いるよ。」
まだ寝ぼけていそうな月乃だが、受け答えはしっかりしているし、精神的におかしくなったりはしていなさそうだ。
段々と意識がハッキリしてきたらしい月乃は段々と難しい顔になっていく。
月乃の表情が体勢的にも見えずらいシガンさんは気づいていないが。
「つつじ、わたしあの後どうなったの?」
「あの後って?」
「つつじがびっくりした後。」
「見てなかったから分かんない。振り向いたらもう月乃はいなかったから。」
「そっか…。」
「覚えてないの?」
「う〜ん、なんか、こう、着物みたいなのが見えた気がする……。」
「着物?」
「でも、あんまり覚えてないから分かんない。」
月乃も何が起きたのかわかっていないのか。
私が目を離したあの刹那に、何があったのだろうか。
今の私に分かることはなさそうだ。