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恐る恐る、一歩ずつ着実に慎重に歩く。
もし自分が転んだらウズさんも一緒に転ぶのだ。
どうしても慎重になってしまう。
「そんなにゆっくりじゃなくても大丈夫だよ。」
「分かりました。‥………あの、一個聞いてもいいですか?」
「ああ、怪異のことかい?」
「お察しが早くて助かります。それと、あと一メートルくらいで階段です。」
私はこれまた恐る恐るウズさんに聞くと、ウズさんは優しげに笑いながら話してくれた。
「僕はシガン達の影響で何度も怪異に遭遇しているからね。本来なら能力持ちになるところなんだろうけど、僕は目が見えないだろう?“みる”と言うか行為は怪異にとっては重要なようで、僕は僕自身が“見えない”から、怪異達からも認識されないようなんだよ。だから能力持ちにもならない。」
なるほど、シガンさんがウズさんを連れてきた理由がわかった。
怪異から認識されないのなら怪異と会わせても大丈夫、と言う判断か。
フェレスがウズさんが能力持ちかどうか聞いてきたのもウズさんが怪異と関わった形跡はあるが特にそれと言った話題はなかったから不思議に思ったのだろう。
色々なところに合点が入ったところで会話を続けるために言葉を発する。
「ところで、フェレスとはいつ合流したんです?」
階段を登りながら聞くと、真っ暗な窓を背景に答えてくれた。
「つつじちゃんを迎えに行くか靴箱で待っているか話していた時にフェレス君がきたんだよ。と言っても僕は見えないからシガンが誰かと話していることしかわからなかったけどね。」
「なるほど。」
相槌を打ちながら階段を登り目的の階までつくと教室へと廊下を歩く。
「ところで、リイフは学校でうまくやっているかい?」
「赤井崎さんですか。」
私はなんと答えようか迷う。
本当の事を言うべきか当たり障りのないことを言うべきか‥‥。
いや、嘘をついてもウズさんにはバレそうだし言葉を選んで現実をできるだけマイルドに言おう。
「ご家族相手に言いづらいですが、正直あまり上手くはいっていないかと。」
「つつじちゃんにも迷惑をかけてしまっているとシガンから聞いているよ。ごめんね、あの子はとても不器用だから。」
この人赤井崎があんまり上手くいってないの知ってて聞いてきたな。
シガンさんがやけに赤井崎を心配して庇うなとは思っていたが、そう言えばウズさんの妹だと今日判明したのだった。
私の愚痴がシガンさん経由でウズさんにまで伝わっていてもおかしくはない。
実際に伝わっているわけだし‥‥。
そう思うとウズさんの方を向くのが怖い。
シガンさんはウズさんは怒ると怖いと言っていた。
そして私はウズさんの妹の愚痴を散々言っていた。
キレられてもおかしくはない。
サァァァァ、と血の気が引いていく気がした。
「別に、リイフのことでつつじちゃんを怒ったりしないからね。」
ウズさんは笑いながら私の懸念と恐怖を取り除いてくれた。
「つつじちゃんから見て、リイフはどうかな。どんな子に見える?」
これまた答えにくい質問をしてきたものだ。
私が赤井崎を嫌っているのを知っていてする質問ではない。
「‥………思い込みが激しくて自分のことしか考えられない人に見えます。後、右手の教室に入ります。そこは段差があるので気をつけてください。」
「ありがとう。どうかな?月乃さんはいる?」
ウズさんは自分で質問しておきながら私の答えには特に触れずに教室の様子を知りたがった。
私はウズさんと教室を見回しながら答える。
そのついでにウズさんに適当な椅子を提供して座ってもらった。
「いませんね。ただ、月乃と私の荷物とコックリさんをした形跡はあります。」
さっきまで化粧達がコックリさんをしていた机の上には錆びついた紅がついた十円玉とコックリさんの紙が鎮座しているが、もう一つのコックリさんセットはどこにもない。
その机の横には月乃の荷物が雑に置いてあり、私の荷物はいつの間に落としたのか教室の真ん中に落ちていた。
それ以外は至って普通の教室であり、特に変わったことはない。
「特に何もありませんし、シガンさん達を手伝いますか?」
「いや、三階まで登って疲れたし、少し休憩しようか。今日は授業参観からずっと立っていて、少し疲れてしまってね。」
温和な笑みで言うウズさんからは人が一人行方不明な事が一切感じられない。
まぁ、フェレスも私もそこまで焦ってはいないが。
フェレスは見慣れているだろうし、私はやってしまったものは仕方がないと言い訳を考えだしている。
「そう言えば、誰がコックリさんなんてやったんだい?」
シガンさんは私がやったと思い込んでいるようだが、ウズさんは私がやったとは思っていないようだ。
まぁ、実際に私がやったわけではないのだが。
「月乃とその友達ですね。赤井崎さんが帰ったと分かってから教室に戻ってきた時にコックリさんをしていました。」
きらり、と、何かが光を反射した気がする。
その方向に目を凝らすと、何か丸い何かが見える。
「コックリさんかぁ。昔、雪花もやろうとしてたなぁ。」
「大丈夫だったんですか?」
「シガンが頑張って止めてた。」
丸い何かは透明の球体で、窓側の一番後ろの席にある。
私は好奇心のままにそっちへ歩いて行ってみる。
机の上にはコロンと透明でまるでシャボン玉のような球体が乗っていた。
拳サイズのそれは、さっきは確実になかった。
「さっきまで何もないと思っていたところに透明な硝子細工みたいなのが出てきました。」
「硝子細工?」
「拳くらいの大きさで、シャボン玉みたいな硝子の球体です。」
「それに重さはあるかい?」
「持ってもいいものなのかわからないです。」
突然現れたように見える品物を触るのは気が引ける。
これでまた怪異関係だったら面倒臭い。
「じゃあ、それは本当に硝子細工に見えるかな?」
「といいますと?」
ウズさんは記憶を探るかのように右側に頭を傾げながら思案した後、視線をまっすぐに固定して言った。
「例えば硝子にしては厚みがないとか、透明感がありすぎるとか、本当にシャボン玉が割れずにそこにあり続けているように見える、とか。」
ウズさんの言葉にもう一度まじまじとシャボン玉をよくみると、確かに厚みはほとんど感じられないし、球体の内部は空間があるように見える。
さらに球体の表面は虹色に輝いており、日に当たったシャボン玉そのもののようだ。
ウズさんの例えが的確に当たっている。
つまり。
「ウズさん、コレが何か知ってますね?」
「そう言うってことはやっぱり僕が言った通りのものなんだね?」
やっぱりウズさんはこのシャボンが何か知っているようだ。
この美しすぎる球体は教室の照明を受けて光り続けている。
だが、光とは暗い中でこそ輝くもの。
このシャボン玉は、どんな暗闇にいるのか。
「それは、ムースの悪戯だね。」
「はい?」
ムース。
ムースというと、あれか。
「雪花さんにサーカスに閉じ込められてた、あのムースですか?」
「そうだね。雪花から君たちに遊び相手を変えたんだろう。」
「遊び相手?」
「ムースは昔からよく僕達というか、雪花にこうやって怪異をけしかけて遊んでいたんだ。だけど、雪花が死んでしまったからつつじちゃん達に遊んでもらおう、って感じじゃないかな。」
「遊び感覚で殺しにくる、ってことですか……?」
「まぁ、そうなるかな。」
「じゃ、じゃあコレは……。」
「そのシャボン玉はムースのサイン。ムースが関わった時は絶対にシャボン玉みたいなのを置いていくんだ。と言っても、僕はシャボン玉みたい、としか言えないからシガンに見てもらわないと断定はできないけど。」
もしかして、月乃が雑な知識でコックリさんに参加したのはムースが適当な人に化けて月乃に雑な情報を渡したから………?
じゃあ、さっき廊下で声をかけてきた生徒ってもしかして………。
「ムースは怪異を消しかける時は絶対に最後まで出てこないんだ。だからこうしてサインを置いておくことで自分の仕業だと示す。」
「じゃあ、ムースが誰かに化けて唆す、とかは……?」
「多分一番最初に怪異の原因を作る時に出て来るくらいじゃないかな。それも直接じゃなくて能力持ちですらない人間しか利用しない。」
じゃあ、さっきのは本当にただの変な人か。