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教室に入ると、やはり中には化粧とその一派。
中にはもちろん月乃もいる。
月乃含む五人は二つの机をくっつけて大きくした机を囲んだまま驚いた顔をして教室に入ってきた私を見ている。
確かにこんな時間に突然教室に人が入ってきたら驚くだろう。
だが、私の荷物は私の机に置いてあるし、鍵もかかっていなかった時点でまだ誰かし他ら教室に戻ってくるとわかるはずだ。
要は、そこまで驚かなくてもいいと思う。
私は五人を無視して荷物を取りに自分の机へと行こうとしたが、途中で止められた。
「あれ、つつじちゃんって部活いってたっけ?」
面倒なことに手を机に乗せたまま首だけでこちらを見ている化粧に絡まれた。
めんどくさい。
作り笑顔を貼り付けて軽くなんてことのないようにああ、と漏らしながら頭を回転させる。
なんて言えば自然な回答になるだろうか。
「部活は入ってないよ。図書館でちょっと本読もうと思ったら思ったより時間経ってたみたいでさ。」
やらかした、と言うように笑えば完璧だ。
五人とも私を疑うことなく笑っている。
それを確認してから、なんてことない雑談の延長とお返しとして五人は何をしているのかを笑いながら聞く。
私が言うのもなんだがこんな時間に教室にいるのは不自然だ。
何をしているのか気になってしまった。
「あ〜、今日、みんなでコレをやってみようってことになってさ。」
化粧は楽しげに笑いながらコレ、と片手で紙をしめす。
距離的によく見えなかった私は少しだけ近づいて紙を覗き込む。
そこには鳥居と五十音が並んだ手書きの紙。
そして五人の指が重なった十円玉。
何やってんだお前。
思わず声に出そうになったがギリギリで押し留め、表情を取り繕う。
そして右手側にいた月乃の方に目を向ける。
月乃は何を考えているんだ?
コックリさんなんて能力持ちがやろうモンなら間違いなく出るぞ。
しかもそのまま帰れなくなって一人ずついなくなってくのがオチだ。
というかこの前シガンさんに曰く付きのモノには手を出すなと助言されたばかりだろう。
何やってんだ。
と言うかコレ私も巻き込まれるんじゃないか?
おいドヤ顔すんな。
どうせ七不思議巡りじゃなきゃセーフ、とか思ってんだろ。
ぶっちぎりでアウトだわ。
心の中は月乃への罵詈雑言と文句で一杯だがここでそれをぶちまけるわけにも行かず、化粧に言葉を放り返す。
ちなみに化粧の目力は化粧の機嫌が悪い時にしか発揮されないので今は圧死の心配はない。
「え、それ、コックリさん?」
「お、さすがつつじちゃん!よく知ってるね。」
コックリさんは有名な降霊術で、日本では知らない人の方が珍しいだろう。
外国にもウィジャボードとかあるし、日本にもコックリさんの亜種としてキューピッド様とかがあるくらいだ。
やり方はどれも似通っていて、コックリさんの場合は紙に『はい』と『いいえ』、五十音と鳥居を書き、十円玉を用意する。
あとは十円玉を鳥居の上に置き、参加者全員で指を乗せて『コックリさんコックリさんお出で下さい』と唱えるだけだ。
そこで十円玉が『はい』に動けば成功。
要はお手軽な降霊術だ。
「今日部活ないし、みんなで青春しよう!ってことで肝試しがてら遊んでんの。まぁ、十円全く動かないけど。つつじちゃんもやる?」
「いや、私はいいや。本当はもっと早く帰るつもりだったから、そろそろ帰らないと。」
「そっか。あ!今十円動いた!」
「えっ!?本当だ!」
なんか嫌な予感がするが、人のコックリさんに巻き込まれるのは御免だ。
確実に月乃は巻き込まれるが、自業自得だ。
私は帰る。
そう思い荷物を持って教室を出ようとした時、案の定コックリさん参加者が狼狽始めた。
「何よ、コレ!」
「お帰りください、お帰りください…‥。」
テンプレとしか言いようのないことが起こっているのは容易に察しがついた。
どうせ質問の答えが要領を得ない上にコックリさんが帰ってくれないのだろう。
なんとなく月乃が参加した時点でこうなるとは思った。
思ったが、展開が早い。
さっきまでのんびりしてたのに私が教室に入ってから十円が動き出したようだし、確実に能力持ちである私と月乃を標的にしている。
さては最初から私と月乃が二人揃うのを待ってたな。
二人揃うまでは降りてきても『はい』まで行かず、何も起こっていないかのように見せかけた。
そのまま月乃の警戒心を削いで、私が教室に戻るまで時間を稼いだのか。
随分と、頭のいい怪異だ。
コックリさんで降りてくるのは動物の低級霊とか言うが、実際はどうなんだろう。
「もう知らない!帰る!!」
「わ、私も!」
月乃以外の四人が、一人二人と十円玉から手を離して荷物を持って帰っていく。
すぐに教室には私と青い顔をした月乃だけが残った。
「………十円から手を離さない方がいいと思う。」
私は名前を呼ばないようにしながら月乃に向けていう。
「わかったけど、………どうしよう……。」
「なんでコックリさんやろうとしたの?」
私は呆れを隠さずに聞く。
月乃は気まずそうな顔をして答えた。
「コックリさんは、科学的に怪異じゃないって証明されてるって聞いたから…。」
「ああ、不覚筋動のこと?あれは確かに通説だけど、それでも狐憑きとかが出るからまだ怪談の話題になってるんだよ。」
さては詳しく調べずに大丈夫だろ、って考えて参加したな。
鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしている。
「じゃ、じゃあ、これは……。」
「多分怪異だね。」
「うわああああ!!」
「うるさい。」
叫びたいのはこっちだ。
完全に巻き込まれた私の身になってほしい。
しかもコックリさんに関して心当たりのある予知夢は見ていない。
つまり、何が起きるのか全くわからない状態なのだ。
「とりあえず、大人達がその内探しにくると思うからしばらく何もせずに待ってるのが得策かな。」
私はシガンさんの能力を思い出しながらそう結論づけた。
あの人の能力は物理的に怪異や怪異が作り出した空間やらなんやらを殴って壊せる。
つまり、シガンさんを呼んでこればコックリさんを殴って物理的に解決してくれると言うわけだ。
そうと決まればさっさとシガンさんを呼んでこよう。
「ちょっ、つつじ!どこいくの!?」
おい、名前を呼ぶな。
もうシガンさんに言われたことを忘れたのか?
私は月乃を軽く睨みながら名前には触れずに会話を続ける。
注意したところでもう遅いのは目に見えている。
「大人達呼んでくる。」
「わ、わたしは?」
「十円から手を離さずにそこで待ってて。」
「ひ、一人で?」
「ここに私とあなた以外誰がいるの?」
まだギャーギャー言っている月乃を無視して教室の扉を開いて廊下に出ようと一歩を踏み出す。
が、二歩目が踏み出されることはなかった。
「つ、つつじ?」
私は踏み出した足を戻し、扉を閉める。
ついでに鍵もかける。
それから深呼吸もして一旦現実を見なかったことにしてから月乃が立っている机のすぐそばに適当な椅子を持ってきて座る。
そしてもう一度深呼吸して現実を月乃に伝える。
「ここ学校じゃない。」
「何言ってんの!?」
「だから、ここ学校じゃなくてコックリさんがなんかしらして作った空間だって言ってんの。」
「絶対そんな長文言ってなかったよね!?」
「うるさい。とりあえず、教室の外は多分行かない方がいい。」
「わたしいけないけど……。」
ごちゃごちゃうるさい月乃の言葉を黙殺しながら私は廊下の外の光景を思い出す。
廊下は一見普通だった。
少なくとも空間が永遠に続いているとか、明らかに学校ではない場所が突然出てきたとか、そう言うことはなかった。
だが、廊下は暗かった。
電気はついているのに、教室を出てすぐの窓は見えないほどに。
そして極めつきは首を捻って見た、廊下の突き当たり。
そこにはなにか生き物がいた。
狸のような狐のようなソレは、幸いこちらに背を向けていたけれど、見つかったらアウト、と言うことだけはわかった。
多分、アレはコックリさんだ。
一メートル先ですら明るいのに見えない、暗い中はっきりと見えたアレは。
色んな動物が歪に混ざっているアレは、間違いなく怪異。
後ろ姿ですらあんなに怖いのだから、私が廊下に出ることなどできやしない。