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「ねぇ、山瀬さんのお兄さんって芸能人だったりするの?」
「めっちゃイケメンじゃん!」
「良いなぁ。」
「彼女さんいる?」
シガンさんがいなくなるとさっきまでシガンさん鑑賞会をしていた女子たちの注目が私に移ってしまったようで、四人の女子が私を見る。
その目は好奇心と詮索心に溢れていて、女子特有の遠慮のなさが感じられてとても居心地が悪い。
私は無理やり笑顔を作って当たり障りなく返答を繰り返す。
私の返答に対する女子たちの目や声の高さ、顔色を見逃さないようにしつつ言葉を考えて返す。
あ、今のは良い感じ。
この返しはあんまり良くなさそう。
コロコロと表情と声の音程を微かに変え続ける女子たちを見つめながら私は心の中の悪態が止まらない。
これだから女子は面倒なのだ。
不満を口には出さず、態度や声の高低、僅かな表情と回りくどい言葉で話す。
女性の全員が全員そうとは言わないし、本来ならそう言う人よりも目力の強い化粧のように直接圧をかけるタイプの方が多いが幸か不幸か今ここにいる四人は回りくどいタイプであった。
シガンさん早く帰ってこないかな…。
あの人を生贄にした方が楽だ。
「ねぇ、あれ愁先生しゃない?」
どこかのグループからふと聞こえたその声に、何人かの生徒が廊下の方を見る。
私もそれに合わせて視線を逸らすと、教室前方でニコニコと胡散臭そうな笑みを浮かべた小戸路先生がひょっこりと顔を出しているのが見えた。
「ほんとだ。授業参観見に来たのかな?」
「あっ!今目があった!」
「え〜いいなぁ。」
「相変わらずかっこいいね。」
同じように小戸路先生を見つけた彼女たちは皆小戸路先生の方を見ながら楽しそうに話し始めた。
よかった、解放された。
私は小戸路先生から視線を外し、ボ〜ッと机を眺める。
久しぶりにかなり気を使う会話をして軽く疲れた。
あれを当たり前のように日常で行える最近の若い人はすごいなぁとばば臭いことを考えながらしばらく何も考えずにボケ〜ッとしていたら、事件が起こった。
「なんでアンタがいるの!?」
ボ〜っと机と見つめあっているところに突然聞こえた大きな剣のある声にビクリと体を震わせ、私は音のした方に勢いよく体を向ける。
もしその大きな声がもっとふざけたことを言っていたら、声を出したのがその人でなければ、私は体を向ける事はしなかっただろう。
他の生徒たちも、おそらくは声を発した人物とその内容ゆえに全員が意識を向けて、教室とは思えないくらいに静まりかえる。
教室の後方、じゃんけんと圧に負けた生徒たちの男子が少し多い班。
そこでただ一人立っている生徒が声の主だった。
そしてその周りにはなぜかシガンさんとウズさん。
そして今の声は生徒からウズさんに向けられたものだった。
「帰って!帰ってよ!!」
叫んでいるのは、
「落ち着いて。莉衣風。」
あの赤井崎だった。
特定の人としか会話をせず、その特定の人にはマシンガントークを繰り広げる傍迷惑なあの赤井崎が、ウズさんに叫んで喚いている。
ウズさんは困ったよう顔をして赤井崎に声をかけているが、赤井崎は無視して続ける。
普段クラス内では一番影が薄い彼女が突然叫び出した事で教室中の視線を独り占めしていることにも気づかず、赤井崎は憎々しげにウズさんを睨みつける。
あの二人、接点があったのか?
いや、ウズさんがここにいるって事は多分ハラキさん以外の兄弟がこのクラスだったと考える方が自然か。
となるとそのもう一人が赤井崎だった、と。
そういえばウズさんの苗字聞いた事なかったな。
私は赤井崎が突然叫んだから赤井崎の方を見たのを忘れて赤井崎とウズさんの関係を考え始めていた。
その間にチャイムがなったらしく、気づいたら周りは静まりかえった。
赤井崎もチャイムの音で我に帰ったらしく、おとなしく席につく。
担任は赤井崎が叫んだのなんてなかったことのように話を始め、そのまま帰りのショートホームルームまで終わらせてしまった。
ウズさんとシガンさんは何も言わずに赤井崎の後ろに立っていたのだろうか。
席の位置的にシガンさん達の姿は見えないから、ホームルームが終わるまで二人の姿は見えない。
後方の気配に全神経を澄ましながら聞く先生の話は全く頭に入ってこなかったが、どうせ大した話もしていないだろう。
そのままホームルームが終わり、各自解散となった時に初めて後ろを向くことができた。
私が後ろを見ると同時に、立ち上がった赤井崎と一瞬目があった気がしたが赤井崎はすぐに教室から出て行ってしまった。
残されたシガンさんとウズさんは変な顔をしていたが、すぐに私のいる席まで戻ってきた。
私はとりあえずカバンしまいを終わらせるために立ち上がってカバンを取りに行行く。
そのまま時間をかけてモタモタと時々来る質問をはぐらかしながらカバンしまいをしていると、すぐにクラスに残ったのは私とシガンさん、ウズさん、ヒガンさん、メリーさん、あかねだけになった。
多分月乃は部活だろう。
「ウズさんの兄妹って赤井崎さんのことだったんですね。」
私はいつも通りの口調でウズさんとシガンさんに問いかける。
「ああ、そうだよ。まさかつつじちゃんと同じクラスだとは思わなかったけれど。」
ウズさんはニコニコしているが、その笑顔はどこかぎこちない。
「お前、妹と仲悪いんやったら先に言っとけや。ほんまに心臓に悪い……。」
「だって、そんなことを言ったら連れてきてくれなかっただろう?それに、あそこまで嫌われていると思っていなかったからね。」
笑っているが悲しい告白にシガンさんが言い返せなくなるまでは早かった。
「で、さっきの小娘どうするんだ?」
「あー。せやな。ウズ、どうする?」
赤井崎は出て行ったきり帰ってこない。
先生の話が終わってすぐに教室を出たため赤井崎の荷物はまだ教室にあるのだった。
あかねは探しに行くのか、放っておくのか、ここで待つのか、どうするのかを決めたいのだろう。
今日の朝、あかねとメリーさんは今日はシガンさんの言うことをよく聞くようにと月乃から口を酸っぱくして言われていたから月乃について行かずに教室に残ったのだろうが、おそらくできることなら今すぐに月乃のところに行きたいと思っているのだろう。
「できればあの子を探して一緒に帰りたいけれど、みんな、付き合ってくれるかい?」
ウズさんは申し訳なさそうな顔をして視線を揺らした。
私たちと視線が合う事はないけれど、ウズさんが目線を合わせようとした結果だとわかるその揺らぎをみながらシガンさんが即答した。
「わかった。付き合うたる。」
シガンさんは言いながら私の方を流しみている。
これはアレか、お前も手伝えるよな?って言う圧か。
別にこの後やることもないし宿題もないし暇だが。
暇だが。
それでも赤井崎のために時間を使うのは嫌だなぁ。
そんな私の心情を知ってか知らずかシガンさんは私に視線を向け続けているし、ウズさんも申し訳なさそうな顔をさらに深くしながら視線を彷徨わせる。
………いくら赤井崎が嫌いでも、ウズさんやシガンさんは嫌いじゃないしなぁ。
それにこのまま放っておいてもどうせ強制的に赤井崎探しに付き合わされるだろう。
それならさっさと協力して放課後の自由時間を確保した方が賢明か。
「………わかりました。手伝いますよ。」
「いやそうやな。」
「イエソンナコトハ。」
ある。
「まぁええわ。」
「わたくしたちはどどうしましょう?」
メリーさんが普段よりもさらに小さい身長で必死にシガンさんを見上げながら聞く。
その問いにシガンさんは面倒臭そうな顔をして答えた。
「お前らは…………先帰っとれ。」
多分、一緒に学校内を探すと脱線しそうだし、かと言ってあかねとメリーさんの二人で行動させると何かしら問題起こしそうだからおとなしく帰らせようと言う魂胆だろう。
「でも月乃はまだ帰らねぇんだろ?なら俺たちも月乃が帰るまで付き合うぜ?」
「今日遅くなりそうだから、先に帰って月乃のご飯用意しといてあげて。」
「わか(った)(りましたわ!!)」
二人はいい返事をした後、堂々と窓から出て行った。
悲鳴とかは聞こえないので多分姿を見えなくしたんだろう。多分。
「お前、あいつらの扱いうまなったな………。」
呆れたような顔で二人が飛び降りた窓をみながらシガンさんが言う。
「まぁ、あの人ら単純なんで。」
「そうか……。」
「で、赤井崎さんの探し方なんですけど。」
私は先ほどから考えていた赤井崎の探し方を提案することにした。
「二手に別れましょう。シガンさんとウズさんは二人でこの校舎の中を探してください。私は特別教室とかがある方の校舎を探してきます。」
「ええけど、俺らはこの学校の構造とかわからへんで。」
それは重々承知だが、かと言って保護者を連れた状態で特別教室付近を彷徨くと目立つ。
それが原因で赤井崎に逃げられるのが一番面倒だ。
だったらせっかく人数がいるのだし、別行動してしまった方が楽だし効率がいい。
「この校舎はまっすぐな廊下に各学年の特進と一課の教室が並んでいるだけですから迷う事はないと思います。残りのクラス、二課と商課は向かいの校舎の一階から三階にありますが、あっちは入り組んでるのでとりあえずこの校舎の各クラスを一つずつ見て行ってください。おわったら向かいの校舎に渡り廊下で移動して、一階から順に見ていけば多分各学年の全クラスが見えます。」
「でも、あの子がわざわざ他クラスに行くかな?」
「可能性の話をしますと、特別教室にだっているかはわかりませんよ?」
なんせ特別教室は基本的に鍵がかかっている。
かかっていなかったとしても、その場合は鍵を開けた誰かが中にいるということとだから赤井崎がいるとは考えにくい。
「まぁ、探してみるしかないやろ。」
「それもそうか。」
「では、探し終わったらここに戻ってきましょう。見つけたら連絡ください。」
そう言ってシガンさん達を送り出し、私は自分の荷物を教室に残したまま施錠をせずに電気だけ消して特別教室が並ぶ校舎へと歩き出した。