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そして授業参観当日。
「ドキドキするね!」
「そうだね。」
今は授業参観が始まる五限目前の昼休み。
すでに昼食を終えた生徒たちの多くは自分の机に戻ってソワソワし始める頃。
ポツポツと保護者たちが教室に入り始めると余計落ち着かなそうに全員が辺りを見回す。
誰も来ないと言った赤井崎ですらそれは例外ではないようで、さっきからずっと私にマシンガントークを繰り返している。
早く授業が始まらないかと思いながら遠くを見つめていると、急に教室がうるさくなった。
「つつじちゃん!みて、あの人たち!誰の親だろっ!」
「さぁ?」
教室の後方では黄色い声が上がっているのが聞こえる。
そのなかに“何あのちっちゃい子!可愛い〜”とか聞こえた気がする。
なんとなく嫌な予感がしたためうるさい方に視線を向けずに授業が始まるのを待つ。
だが、そんな努力も虚しく、無遠慮な大声が響いた。
「つつじ!月乃はどこだ!?」
突然響いたあかねの大声で私にクラス中の視線が集まった。
流石に視線を向けないわけにもいかなくなった私は薄く作り笑顔を浮かべながらあかねの方を向いて答える。
「トイレじゃない?」
「そうか。」
周りが静かになったおかげで普通の声でもあかねに聞こえるのは良かったが、クラス中の視線はまだ私とあかね、あかねの横にいる普段より幼いメリーさんに注がれている。
あの二人は着いた途端に絶対になんかしら目立つことすると思っていた。
特にメリーさんのような小さい子供は間違いなく授業参観になんてこない。
だから教室が騒がしくなった時にそれを察して気配を消そうとしていたのに。
あかねが大声で呼んだせいで台無しだ。
唯一の救いは、たった今月乃が帰ってきて、あかねとメリーさんと話し出したことで私への注目が薄れ始めたことだった。
一部の視線はまだ私の方を向いているが、質問攻めにされないだけマシだろう。
「もしかしてつつじちゃんのお兄さんって、あの背高い人?めっちゃイケメンじゃん。いいなぁ。」
「いや、ちが」
「お、月乃ちゃん。シガンはまだ来とらんで。」
「ヒガン!先行くなや!」
否定するよりも先にヒガンさんとヒガンさんの声が聞こえてきた。
そして黄色い歓声が上がっているのも…。
「保護者の皆さん、時間よりは少し早いですが、自分のお子さんのところに移動してください。」
学級代表の生徒が教壇で保護者に向けて声をかけると、保護者たちが移動を始めた。
私の保護者であるシガンさんとヒガンさんが私の席を探して向かっている。
生徒たちは保護者と話したり笑い合ったりしながらシガンさんたちが誰の親か目を光らせている。
うわぁ。
「?つつじ?どうしたん?」
「なんでそんなに目立つんです?」
「そんな目立っとるか?」
ああ、視線が痛い。
絶対にこうなると思っていたから授業参観のことを伝えたくなかったのだ。
シガンさんたちと一緒に外を歩くととんでもなく視線を浴びる上にいわゆる黄色い声が聞こえてくるから教室でも同じことが起こると考えた私は間違っていなかった。
絶望に近い感情を抱きながらふと隣の赤井崎を見ると、目が合った瞬間にすごい勢いで話し出した。
「つつじちゃんのお兄さんって、二人いるの!?しかもどっちもイケメンだし背が高いし、スーツめっちゃ似合ってるし、完璧じゃん!いいな。いいなぁ。うちのお兄ちゃんとは大違い!それに、さっきの五月女さんのとこのお兄さんとも知り合いなの?すごい!」
私ではなくシガンさんたちの方を見ながら私に赤井崎は話し続けている。
私が今どんな顔をしているのかみられないのはとてもありがたいが、この地獄のような状況をどうすればいいのだろうか。
周りを見れば視線が突き刺さり、隣を見ればヤクザのような見た目の義兄二人かマシンガントーク赤井崎、前を見れば学級代表のどこか迷惑そうな顔が目に入り、どこをみても居た堪れなくなってくる。
月乃を見ると、周りの生徒とメリーさんと戯れたり、あかねと喋ったりと楽しそうにしているのが羨ましい。
メリーさんは周りから可愛がられるのがまんざらでもないらしく楽しそうだし、あかねはあかねで月乃と喋れて嬉しそうだ。
「つつじ大丈夫か?」
赤井崎のマシンガントークに若干引きながらシガンさんがぼそっと言ったのが聞こえたが、返事を返すよりも早くチャイムがなり、議論をする班作りが始まった。
「それじゃあ五人ずつ固まって班を作ってください。」
学級代表がそう言った瞬間、女子たちが即座に動き出した。
「山瀬ちゃん!」
「一緒に班作ろ!」
「山瀬さん!」
「山瀬!」
気づけば私はクラスの約半分の生徒に囲まれていた。
中には女性の保護者も食いついてきているのでやはり狙いはシガンさんたちだろう。
クラスのもう半分は月乃のところに行っていて、教室内は二分されている。
「つ、つつじちゃ」
「ねぇ、どうやって人数絞る?」
「じゃんけんしよ!」
必死に声を張り上げようとしている赤井崎が見えたが、他の人の声にかき消されて班決めのじゃんけんにさえ加われていなかった。
声をかけることもできたが、そこまでして赤井崎と同じ班にはなりたくないので無視してじゃんけんが終わるのを待っていると、見事に女子だけが残り、赤井崎を含む残りの生徒たちと月乃の方でもじゃんけんに負けた(目力の強い彼女に気圧された)生徒たちで残りの二班が編成された。
「班が決まったので、次は議題を決めてください。決まったところから議論に移ってください。」
再び学級代表が声を張り上げると、それぞれの班がざわざわと騒がしくなる。
それは私の班も例外ではなかったが、真面目に議題を考えようとする者はいなかった。
「ねぇ、山瀬さんのお兄さん近くで見ると破壊力やばくない?」
「わかるわぁ〜。」
「山瀬さんいいなぁ〜。」
「やっぱり遺伝なのかなぁ。」
女子たちのイケメントークがその全てを占め、議題は決まりそうにない。
「つつじ、議題決めんでええんか?」
「決めたほうがいいけど決まりそうにないねぇ。」
私は敬語を外して作り笑顔で答えた。
ここで敬語なんて使い出したら周りからのツッコミが怖い。
「お前…。」
「シガンも人のこと言えへんやろ。」
「そうだよ。いつも表情筋死んでるのに。」
「お前に言われたないわ。」
かくいうシガンさんも教室に入ってきた時から微かに微笑みを浮かべていた。
普段無表情なくせに。
理由は知らないが、教室に入った時からそんな具合だったものだからシガンさんは女子たちのハートを鷲掴みしてしまったのだ。
ヒガンさんに至っては普段からニコニコしている人だし、自由人ゆえのコミュニケーション力を遺憾なく発揮してキャーキャー言われながらもうまく月乃の班に移動することに成功している。
うちの班では、そのまま議論というよりシガンさんの鑑賞会が始った。
みんな雑談のフリをしてシガンさんを見ているのがわかる。
十分ほどたったところでシガンさんが久しぶりに動いた。
「つつじ、ちょっと外すけど大丈夫やんな?」
「大丈夫だけど、どうしたの?」
「ウズを移動させんといかん。」
「どこに?」
「あいつはハラキ以外にも妹がおんねん。ハラキのとこはもうそろそろええやろうから、迎えに行くんや。」
「わかった。」
それだけの会話を交わしてシガンさんは後ろの扉から出て行った。
そのうち戻ってくるだろう。