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そして今日はその授業参観の前日のこと。
今は木曜日の七限目、ホームルーム。
一年一組の教室では激闘が繰り広げられていた。
主に、明日の授業参観で何をするのかで。
なぜそんなことが話し合いもとい激闘が繰り広げられているのかといえば、明日の授業参観の時間がたまたま探求の時間であったことに起因している。
探求の時間というのは、本来なら毎週水曜日にある、ただただ先生の話を聞いたりグループワークをするだけの時間なのだが、今週は先生方の都合で金曜日の六限の授業と入れ替わったのだった。
そして問題はここからで、探求の時間というのは一年生のうちは基本的に先生の話を聞くだけの授業であり、担任が受け持つのが基本なのだが、その担任が『授業参観の探求の時間にやることは、皆さんで決めてもらいます。保護者の方と触れ合えるような企画を作ってみてください。』と言ったことだ。
それも、昨日の朝。
そして私のクラスは幸か不幸かそういうことに本気で取り組む生徒が多い。
みんながみんな自分の意見を主張し、それをまとめ上げる人間がいない話し合いの場でどういうことが起きるか。
答えは簡単、言葉の銃撃戦。
たまに戦車みたいなのもいる。
もはや誰が何を言っているのかもわからない。
最初から黒板に一人一人意見を書いていけばいいのに。
そしてその後多数決でも取ればいいのに。
中にはそういうことを考える生徒もいるようだが、大きな声に意見が埋もれてしまい、誰の耳にも入っていないようだ。
授業の残り時間はあと三十分。
授業開始から二十分経ったが、何も決まらない。
このままだと授業中に終わらず、放課後まで時間を持っていかれることになる気がする。
そもそも、授業参観の内容を生徒に決めさせるのもどうなんだ。
決めさせるとしても、なぜ授業参観二日前に言うのか。
報連相はどうした。
連絡だけで相談なんてなかったぞ。
担任への文句を心の中で愚痴っていると、隣の赤井崎が例の如くマシンガントークをスタートした。
「ねぇ、これ終わらないよね?帰ってもいいかなぁ。黒板に意見書いてけばいいのにね。」
「じゃあ提案してこれば?」
「え〜!つつじちゃん行ってきてよ。ていうか糸草先生言うの遅くない?」
糸草先生というのはこの問題を引き起こした挙句パイプ椅子に座ってなぜかこの惨状を満足そうに眺めている中年の男性である。
今日の赤井崎のマシンガントークは主に愚痴だった。
こんな事態を生み出した糸草先生と、意見すらうまくまとめられないクラスメイトに対する。
私もあまり人のことを言えたものではないが、“そう思うんだったら直接言ってこいよ”と思ってしまうのはもう仕方がないだろう。
なんせひたすらに同じ話をされ続けるのだからただの愚痴よりもタチが悪い。
私は赤井崎の話を聞き流しながら教室内を見やる。
半数以上の生徒は自分の机から離れ、中のいい友達と一緒に何をしたいのか話していたり、前の方に集まってひたすらに自分の意見を叫んでいたり、さまざまだ。
月乃も同じように厚化粧のところに行って何か話している。
この感じだと、最終的には化粧が目力で全員を黙らせることになりそうだ。
「っていうかさぁ、なんで高校生にもなって授業参観なんだろ?意味わかんないよね。」
赤井崎は変わらずに話し続けているし、教室は騒がしいばかりで一向に話がまとまる気配はない。
かといって自分がまとめるという選択をしようとしない私はやはりずるいのだろう。
「つつじちゃんは授業参観、誰が来るの?」
「兄弟と親族。」
一応あかねとメリーさんは親族ということになっているのでそう答えておく。
どうせ私の返答など気にせずに別の話題に行くのだろうなぁ、と思っていたが、その予想は外れた。
「へぇぇ。いいなぁ。あたしのところはお母さんが仕事で誰も来ないんだ。」
同情を望んでいるのがよくわかる声と芝居がかった仕草で赤井崎はいった。
正直赤井崎の望通りに答えてやるのは癪な気はしたが、面倒だったので同情がこもっていそうな言葉を選んで返すと赤井崎は満足したようにマシンガントークを再開する、と思ったのだが。
「兄弟ってことはお兄ちゃん?」
「そう。」
珍しく、赤井崎が自分から会話をしてきた。
しかし、その顔は渋い。
「うわ〜、あたしだったらお兄ちゃん来るとか絶対いや!!あいつが来るくらいなら学校休む!」
その口ぶり的に赤井崎には兄がいることがわかったが、あまり仲はよくないのかもしれない。
もちろん、仲がいい故の言葉かもしれないが、赤井崎の顔は嫌悪と軽蔑に染まっている。
この場に赤井崎の兄はいないというのに、よくそんな顔ができるというものだ。
その後はいつも通りのマシンガントークが始まり、授業終了までひたすらに喋り続けていた。
結局、授業参観は保護者も交えての班交流になり、議題は各班自由に決めてよく、班は班を作る時間がなかったため当日適当に作ることとなった。
絶対にまとまらないとは思うが、担任が全面的に悪いのでもうなんでもいいと思う。
「またあの先生は無茶振りをしますね…。」
「相談とかなかったんですか?」
「なかったです。」
ついさっき七限目が終わり、その足でいつも通り図書室に来ていた。
今日は特にやることもなかったため小戸路先生に糸草先生のことを話してみだのだった。
一応小戸路先生は一年一組の副担任だし、なんかしら相談とかなかったのかと思ったから。
しかし、報連相はやはりなかったようで、丸メガネの奥で遠い目をしている。
「糸草先生はこの学校の教師歴が長い先生だからか、新人の先生をあまり信用していないようです。僕や花車先生に当たりが強かったり難癖をつけてくることが多かったですから。」
「『多かった』、ということは今はちがうんですか?」
「僕は早々に糸草先生の懐に潜り込み、ついでに他の先生方を味方につけましたから。」
さすがというべきか、抜け目ないというべきか。
さらっと言っているがそれができないだけに潰れていく人間もいるというのに。
しかし、『僕は』という言葉が気になる。
「もしかして、花車先生はまだパワハラに合ってたりします?」
「あの先生は世渡りが下手ですし、多分書類とか押し付けられているんじゃないでしょうか。」
「手伝う気は?」
「時々手伝ってますけど、毎回嫌な顔されるんですよ。」
「下心があるように見えるのでは?」
「失礼ですね。」
お互い無表情でふざけ合うのはずいぶんシュールだ。
「さて、話を戻しましょうか。明日の授業参観、生徒だけでなんとかなりそうですか?」
「厳しいと思います。」
「暇だったら顔を出すようにします。」
必要なことを話し終わったらあとは静かに本を読んだり採点をしたりして時間を過ごしているうちに、月乃が来た。
さようなら、と言って荷物を持って図書室から出る。
小戸路先生からのさようならはいつも通りなかった。