45
【つつじ視点】
シガンさんのお叱りを受けつつ授業参観にシガンさんとヒガンさんがくることが確定してしまった話し合いが終わり、ウズさんとハラキさんが帰った後。
なぜか静かな月乃と私、シガンさんの間には静かな空間が出来上がっていた。
主に私が授業参観を黙っていたせいなのだが。
ウズさんのおかげでさっきは回避したが、ウズさんが帰った今、私に味方はいない。
「つつじ。」
「すいませんでした。」
シガンさんが口を開くより前に謝っておく。
怒られたくはない。
「いや、一旦そのことはええ。……一旦は、やぞ、一旦。」
しっかりと念押しをした後、シガンさんは重要なことを話すように真剣な顔で切り出した。
「ええか、絶対にウズを怒らせんなよ。」
「そんな真面目な顔で言われましても…。」
困惑を隠せなかった。
すごく緊迫した雰囲気の時に急にヴィブラスラップ(か〜っという音が鳴るお笑いとかで使うあの楽器)がなりひびいたような困惑が私を取り巻いた。
「笑い事やないねん。あいつを怒らせると色々とめんどいしやばい。」
「そんなに怒りの沸点が低いんですか?」
今日も前に会った時もかなり落ち着いた様子で、怒るどころか大きな声すら出さなさそうなのに。
「いや、あいつは十年に一回くらいしか怒らへん。」
「じゃあなんでわざわざ…。」
「あいつに二度と怒られたくないでや。」
「怒られたんですか。」
「二回怒られた。」
「ウズさんに怒られたのってもしかしてこの世にシガンさんだけだったりします?」
「いや、雪花も怒られとる。」
「ヒガンさんは?」
「あいつにちくられて怒られてん…。」
苦々しい顔を普段無表情な顔にはっきりと浮かべているあたり、本当に嫌なんだろうなぁ。
……もしかして、前に怒られてからそろそろ十年経つから怖いのか?
「そういえば、話変わりますけど、ヒガンさんが授業参観行っても大丈夫なんですか?」
「ああ、大丈夫やで。怪異は怪異とバレんければ能力持ちにはならへん。」
その言葉に反応したのは、さっきまでひたすらに静かだった月乃。
「なんでヒガンさんが来るだけのに怪異の話になるの?」
「あ〜、あいつ、怪異やから。」
さらりと告げられた事実に月乃は口を半開きにしたまま固まっている。
間抜けずら、と言うやつだ。
「え?『架空の弟ができる怪異』とか?」
「そんなんもおったけどちゃうなぁ。」
シガンさんは微かに笑いながら困惑しきっている月乃に返す。
なんか、親子感がすごい。
小さい子供とそれを揶揄う大人の図が私の頭に浮かんだ。
私はその二人をさらに見守るように見つめる。
平和だ。
なぜかわからないけど、ホッとするような気がする。
月乃はさっきまで静かだったのが嘘のように弾むように会話を始めた。
「いやぁ、それはやめた方がええで。」
「やっぱりそうかぁ。」
十分ほど見守ったあとに私がトイレから帰ってきた頃、どう会話が転んだのか月乃が今度学校で友達と七不思議を試す、と言う話題になっていた。
話によると、夜に学校に忍び込んで七不思議が出ないか回ろう、と言う話らしい。
「ええか、怪異ってのはな、能力持ちに付き纏うんや。普通の人間よりもずっと“引き込みやすい”からな。例えばつつじやったら、なんもしとらへんのにメリーさんからの電話がかかってくるとかや。たまに普通の人間を巻き込んでまうこともあるんやけど、そう言う時、怪異は基本能力持ちしか見とらん。つまり、普通の人は“見えへん”のや。やから、万一能力持ちやない誰かが巻き込まれても怪異を意識しんかったり、気づかんければ怪異にあっても能力持ちにはならへん。ただし、強く怪異を意識してしもうたり、怪異に感知されてもうたら能力持ちになってまう可能性はあるけどな。
話が逸れてしもうたな。で、夜の学校の何がアカンかって言うと、夜の学校なんちゅうのは、たいてい七不思議やらなんやらの噂があるやろ?そういう噂があるところっちゅうのは、能力持ちにとっては全部危ないんや。ああいう噂のほとんどは、さっき言ったみたいに“たまたま”巻き込まれたけど能力持ちにならんかった人間がそう言う噂の発端になっとる場合が多い。つまり、能力持ちになっとらんくても、実際は怪異にあっとるわけやろ?火のないとこに煙は立たへん言うやつや。噂があるとこには大方怪異がおる。やから、変に噂やらいわくやらがあるとこには近付かん方がええ。」
シガンさんの長い話を月乃は真剣に聞いていた。
にしても七不思議か。
この前月乃に化けていたムースからいくつか七不思議を聞いたのを思い出す。
だが今のところ学校で怪異にあったことはない。
多少古い学校とはいえ設立から半世紀経っているかもわからないような学校だ。
おそらく大した怪異はいない…と思いたいのだけど。
「それならみんなを止めないと。」
「その方が賢明やな。」
「月乃ぉぉ!いるかぁぁ!?」
話がひとまとまりしたところで大きな声が玄関から響いた。
あかねの声だ。
微かにメリーさんと言い合う声おしているから、二人できたのだろう。
はーい、と言って月乃が立ち上がって二人を迎えに行った。
が、次の瞬間には月乃が血相を変えて戻ってきた。
「二人がいない!」
「あー。家の怪異に連れてかれたんじゃない?まだシガンさんが自分から家に入れたわけじゃないから。」
「あの二人なら大丈夫やろ。」
「呑気すぎるって!!」
一人で慌てている月乃とは裏腹に、私とシガンさんは落ち着き払っていた。
実際、五分くらいであかねとメリーさんは家の奥から出てきた。
「飛んだ歓迎を受けましたわ。」
「フェレスがいなかったら家ごと吹っ飛ばしてたぞ。」
「いきなり家ごと壊そうとするのはどうかしてると思うよ。」
メリーさんの頭にはフェレスも乗っていた。
どこへ行ったのかと思っていたけど、二人を迎えに行っていたらしい。
「そういやお前らどこいっとったん?」
「月乃の授業参観に着ていく服を見繕ってたんだ。」
「“おつかい”と言うのですわ!」
「お前らもいくんか。」
ドヤ顔でお使いを達成したと語る二人をシガンさんは遠い目で見ている気がするのはきっと気のせいではないだろう。
なんと言ってもあの怪異二人の手綱を握るのは間違いなくシガンさんになるのだから。
「お前らどういう名目で行くん?」
「俺は月乃の兄だ。」
「わたくしは月乃様の妹ですわ!」
「ほんならお前は幼稚園生くらいに化けた方がええで。その見た目やと学校に行っとらんとおかしいからな。」
「わかりましたわ!!」
「あとお前らと俺らは親族っちゅうことにしとくで。それと…。」
早速シガンさんがいい感じの設定を作り出した。
ウズさんに親族だと説明していたこともあり、いくつか合わせなければならない辻褄があるのだ。
……その設定を二人が遵守できるかは知らないが。
「ねぇ、つつじ。」
「何?」
私とフェレス以外が授業参観の話題に熱中し出した頃、四人から隠れるようにフェレスが私の方を向いていた。
何か内緒話でもしたいのだろうか。
それともこの話題に飽き始めたのか。
いくつか予想を立ててみるが、全て外れた。
「さっきの人間…二人いた内の背が高い方。あの人間は生まれつき見えるタイプだったりする?」
「知らないけど、ウズさんがどうかした?」
「ウズ。あれは多分見えてる気がするんだけど、後天的な能力持ちではなさそうなんだよね。」
「でもウズさん、目が見えないから怪異が見えてるってことはないと思うよ。」
生まれつき目が見えないというウズさんが怪異を見ることはできない。
「実は目が見えたりしない?」
「絶対とは言い切れないけど、多分それはないかな。」
「根拠は?」
「シガンさんと同級生だって言ってたから、嘘だったらシガンさんが見抜いてると思う。それに、ウズさんがどこかを見る時、たいていは顔の位置がずれてたり見当違いの方を向いている。もし見えているんだったら間違いなくそういうところでボロが出ものだよ。つい視線を合わせちゃったり、音しか情報がないのに詳しい位置が把握できていたり。でも、ウズさんにそんなそぶりはなかった。」
「目を瞑っているだけの可能性は?」
「もしそうだとしたら親兄弟も騙してることになる。大きくなってからならまだしも、まだ小さい子供の時からそんな芸当ができると思う?」
「家族が共謀していたら?」
「なんのために?ハラキ先輩からは何も感じなかったんでしょ?怪異が見えない人間がそんなことすると思えない。親まではわからないけど、そういう生まれつきの能力持ちは“ごく稀に起こる”隔離遺伝の場合が多いんでしょ?それなら家族が能力持ちの可能性はほぼないよね。」
私が見解を述べると、フェレスは落ち着かなそうに指先を動かしている。
私よりもフェレスの方がこう言うことは詳しいだろうに。
よっぽど気になることがあったのだろうか。
「ウズさんについて詳しく聞きたいならシガンさんに聞いてみたら?」
「考えとく。」
フェレスの返事を聞いた後もしばらく考えてみたが、やはりウズさんが能力持ちとは思えなかった。
もしそうならシガンさんが事前に言いそうなものだし、同じ能力持ちの前で隠す必要性がわからない。
結局、私とフェレスは黙って考えこみ、残りの四人は呑気に授業参観の話で盛り上がってその日は解散となった。