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シガンさんまでもが苦々しい顔をして軽く睨んできている。
やらかした。
「すいません。」
「どんだけくらすめいと嫌いなの?」
別に嫌いというわけではないのだが、毎日月のからその喧嘩について長々と話されていい迷惑だったためいい加減さっさと仲直りしろよと思っていただけである。
「毎日誰かさんの愚痴聞かされてたから、その原因になってるのがいなくなれば万事解決だな、って。」
「……なんかごめん。」
月乃が若干申し訳なさそうに顔を歪めた。
「そういや、月乃さん能力使えるようになったんやな。」
話題を変えようとしたのか、さらりとシガンさんが言った。
重要なことを、さらりと。
「つ、月乃…?」
黙ってただけで実はずっと能力を使えていたのかと思い月乃の方に目をやると、月乃は口を半開きにしたアホそうな面を晒していたのでそういうわけではなさそうで安心する。
「その感じやと、今日初めて使えたんか。」
「わたしいつの間に能力デビューしてたの!?」
叫んでいるがその表情は喜色に染まっている。
「どんな能力だったんですか?」
私は自分の能力を自覚していなさそうな月乃ではなく、いろいろ分かっていそうなシガンさんに聞いた。
月乃が不満そうにしているが、気にしない。
「月乃ちゃんの能力は、説得やな。」
「どんな能力なんですか!?」
月乃がワクワクを隠せないというように捲し立てる。
「怪異と交渉したりできる…簡単に言えば怪異と意思疎通できる能力や。」
「どんな怪異とも、ですか?」
「そこは使う人間の力量次第やと思うで。」
「でも、怪異って普通に話せるよね?」
どこか落胆したように月乃が言うが、私の能力に比べた全然便利だと思う。
それに、場所そのものが怪異だったり、半自立型の怪異なら普通は意思疎通が取れないため怪異によってはとても便利だ。
「妖を除けば、話せない怪異の方が多いよ。」
「せや。それに、さっきの家の怪異。あれやってほんまは人の形なんてとられへん。せやから突然目の前に人がおって自分も意思疎通を図れる状況に怪異が戸惑ったおかげでつつじが死なんですんだんや。」
「思ってたより便利!?」
フェレスとシガンさんの淡々としたフォローに月乃は目を輝かせて食いつく。
いいなぁ、使い勝手良さそうで。
でも、できれば直接殴りに行けるタイプの能力だった方が嬉しかったなぁ。
強行突破ができるという切り札がほしかった。
「つつじ、なんで遠い目してるの?」
「なんでもない。」
「別に、つつじの能力だって便利だよ?」
「せやぞ。未来が見えるんやからな。」
今度の二人のフォローは月乃の時と違って哀れみがこもっている気がする。
別に、気を遣われなくても気にしてないし…。
「そう言えば、シガンさんとヒガンさんの能力ってどんなの?」
「相手を直接殴りに行ける能力。」
「どんな言い方しとんねん。俺の能力は『怪異を物理的に殴れる能力』や。」
「あんまり大差ない気がするのは僕だけ?」
いいなぁ。
シガンさんは物理的に怪異を退けられるし、異界に連れて行かれても異界そのものを殴れば帰って来られるというチート能力だ。
それなりに人並み外れた腕力はいるけど、うまく殴れば膂力がなくても使えると思うからなおのこと使い勝手が良さそうな能力。
どうして私の能力だけあんなにも使えないのか…。
「ヒ、ヒガンさんはどんな能力なの?」
「おれぇ?」
なんか、月乃に気を使われた気がする。
でも結局能力の話になってるからあんまりダメージ変わってない…。
「ないで。」
「なんで?」
「ないもんはないんや。」
あー。
そう言えば、月乃はシガンさん達のこと知らなかったか。
説明するのも面倒なのでしばらく二人を見守っていたが、ヒガンさんが逃げて終わった。
「まぁ、また今度聞けばええやろ。」
「そうだよ。今聞いたところでしょうがないし。」
シガンさんが話を逸らそうとしているのを察して一緒に月乃を誘導する。
単純な月乃はすぐにそれに乗って「それもそっか!」と言っているし、大丈夫だろう。
単純ばかでよかった。
「でも気になるなぁ。」
「気にしてもしょうがないでしょ。」
ないもんはないし。
「空を飛ぶ、とかじゃないの?いっつも浮いてるし。」
「どうやろな。」
シガンさんの目が笑っている気がする。
月乃で遊んでんな、この人。
それを横目に水を飲んで喉を潤していると、話声に満ちていた空間に電子音が混ざった。
ピンポーン
シガンさん宅のインターホンの音だ。
今日はシガンさんが私たちを呼び出したはずだから来客ではないと思う。
となると通販とかかな?
私が一人ピンポンしたのは誰かな選手権を開催している間にもシガンさんはさっさと玄関に向かっている。
「はい、どちらさん___。」
「シガンにいちゃん!兄貴連れてきた!!」
シガンさんの声に被せるように大きな声が言葉を返した。
「シガンさんって、ヒガンさん以外に兄弟いたの?」
なぜか囁くような小さい声で話す月乃につられて私も小さい声で返す。
「さぁ……。」
シガンさんのところいろいろとややこしいし、本人たちがあまりその辺の話をしたがらないから詳しい家族構成は知らない。
まぁ知っていても教えないけど。
月乃の何それ、とでも言いたげな顔を見ている間に、シガンさんが帰ってきた。
後ろに見覚えのある男性と全く知らない背の低い男性と面倒くさそうな表情を引き連れて。
なお、それを見たフェレスは全員人間だと気づくやいなやどこかへ行ってしまった。
「あ、ウズさん。お久しぶりです。」
私は見覚えのある男性、ウズさんに挨拶をする。
前に一度だけ会ったことがある人で、シガンさんの友人だと本人たちから聞いている。
確か同級生だと言っていたか。
「その声はつつじちゃんかな?久しぶり。」
ウズさんは私の少し下の方を見ながら返事をしてくれた。
その間優鶴さんと視線が交わることはない。
「お前ら来る時は連絡しろ言うたやろ。」
「兄貴が暇なの今日しかなかったんだよ!」
「そんでも連絡くらいできたやろ?」
「忘れてた!」
いっそ清々しいまでの忘れていた宣言にシガンさんは怒りを通り越して呆れたように顔に手を当てている。
あのシガンさんのお叱りを回避した知らない男性は兄の声でようやく私と月乃に気づいたらしく、ニカっと無音のはずなのに騒がしそうな笑顔を浮かべた。
「つ、つつじ、知り合い?」
「あっちの髪長い人は知ってる人。あっちの短髪の人は知らない___なんで隠れてるの?」
いつの間に移動したのか、月乃は隠れるように私の後ろにいた。
人見知りするようなタイプだったか?
「つ、つつじは大丈夫なの?」
「何が?」
よくわからないが、何かが大丈夫ではないらしい。
「ああ、月乃さんごめんな。このアホどもが突然きてしもうて。」
「アホどもってなんだよ!」
「このチビは葉螺姫や。」
シガンさんは言いながら知らない背の低い人__ハラキさんを強めにこずく。
ハラキさんは「イッテェぇ!」と頭を押さえているが、シガンさんは無視して続けた。
「そこのやつの弟で、この通りうるさい。で、そっちのが優鶴。俺の元同級生や。生まれつき目が見えやん。」
ウズさんは何も言わずに微笑んでいる。
目は閉じられたまま。
月乃は二人を交互に見ていたが、私の後ろから出てくる気はないらしい。
「で、なんのようや。」
シガンさんは面倒そうにウズさんの方を見ながら問う。
まさかのアポなし訪問だったらしい。
「何って、今度の授業参観、一緒に行くだろう?」
「「え?」」「あ」「は?」
シガンさんは何言ってんだこいつ、みたいな目をウズさんに向けた。
月乃とハラキさんは困惑の声とともにウズさんを見ている。
それと同時に私はいろいろと察した。
「だって、ハラキとつつじちゃん、学校が一緒でしょ?僕一人じゃ学校まで行けないし、シガンも行くでしょう?」
「待てや。俺は授業参観なんて聞いとらんぞ。」
言ってないもん。
「まさかつつじ言ってなかったの!?」
「なんで兄貴が授業参観のこと知ってんだよ!?」
各々が各々の驚きと困惑を表に出し、ちょっとしたカオスが生まれそうになっていた。
そしてシガンさんは私の方を向いて言った。
「つつじ?」
「すいませんでした。」
「兄貴!?」
「あの学校に通っているのはお前だけじゃないよ。」
カオス。
ついていけていないのは月乃だけだった。
「え!?ハラキくん学校一緒なの!?」
「多分一個上の先輩…。」
「すいませんでした!!」
シガンさんにはタメ口なのに先輩には敬語なんだ。
新しい発見だなぁとか思いながら私はシガンさんから目をそらす。
今目を合わせてはいけないと私の第六感が言っている。
「タメ口でいいよ!それよりオレのこと知ってんの?」
「知っているも何も、知らない方が珍しいかと。」
「えっ!?待って私知らないよ!?」
「知ってると思うよ。特進クラスなのに生徒会長してて、部活でも賞取ったりしてる二年生がいる、って聞いたことあるでしょ。」
確かそんなとんでもない先輩がいる、という話だけは四月から一年生達に話題になっていたはずだ。
名前だけは生徒会の放送で知っていたが、まさかこんなところで会うとは思っていなかったが。
月乃は完全に気圧されたようで、ハラキさんの視線を遮るようにまた背中に隠れた。
「おいつつじ?」
「そんなもんにしときなよ。つつじちゃん可哀想でしょ。」
「黙っとる方が悪いんや。」
「最近忙しかったんでしょ?つつじちゃんは気を使ってくれたんだから、怒るのは良くないよ。」
「そうですよ、気を遣ったんですよ。」「兄貴はもうちょっと優しさを受け取ってくれ。」
「ウズが甘いからって調子乗んなよ?」「お前はわかりやすいんだよ。そわそわしてるからすぐにわかった。母さんが忙しそうで言えなかったんだろう?」
「すいませんでした。」「兄貴ぃぃ。」
結局、しばらくシガンさんの説教をウズさんが止める、という状態が続いた。
「さて、本題に入ろうか。」
シガンさんとの口論に勝利したウズさんはニコニコしながらちゃぶ台に乗っていたお茶を飲みながら話を戻した。
シガンさんは釈然としなさそうな顔で茶菓子を取りに台所に行った。
多分お客が来た時は家の怪異が台所にいろいろ準備してくれるのだろう。