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紫アザレアが察するには  作者: こたつ
赤紫の日常
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40

「一つ提案があります。」

「奇遇ですね、僕もです。」


お互いに無表情で温度のない会話にある程度慣れてきた頃合いに切り出した。

提案は二つ。

一つはお互いに演技については黙認すること。

演技をばらされて困るのは二人とも同じだし、これはすんなり行くと思う。

もう一つは提案というより相談という名の腹の探り合い。

なぜ小戸路先生は私を図書委員として仕事があるわけでもないのに図書準備室に呼ぶのか。

どうして急に演技について言及してきたのか。

今までの謎を一気に解くチャンスだ。

しかし、相手のことを聞くからには自分の情報も伝えなければならない。

つまり、お互いの情報の奪い合いが始まるわけだ。


「お互いの演技については周りに言わない。」

「賛成です。」

「あと、さっきの赤井崎さんの件についてはどうしようか迷っていますが、しばらく様子を見て判断しようと思っています。」

「それはいいですが、何か付き纏われる覚えとかないんですか?」

「ない…と言いたいところですが、いくつか予想はついています。」

「教えていただいても?」

「後で質問に答えてくださるなら。」

「構いませんよ。」


いつも以上に他人行儀な会話ではあるが、小戸路先生も人から距離をとりたいタイプの人間なんだろう。

普段の誰にでも好かれるような演技とは大違いだ。


「あの人は多分、人と接してきた回数が極端に少ないんだと思います。周りにも甘やかされてきたんだと思います。だからこそ、あの人は人と上手く会話が出来ない。誰もあの人と進んで関わろうとはしない。話していても楽しくないから。でも赤井崎さんは自分の周りに誰かいてくれないと不安で仕方がない。だからクラス内で『一人でいる人』に声をかけて『自分だけ』の友達を作る。誰にも取られることがなく、自分にとっても相手にとってもお互いしかクラス内に友達がいない。そんなクラス内における相互依存的な関係を望んでいるから、一人に執着するんだと思います。」


全て憶測の話ではあるが、そんなに間違ってはいないと思う。

出なければここまで付きまとわれる理由が見当たらない。

小戸路先生は微動だにせず話を聞くだけで、何も言わなかった。


「こんなところですかね。約束通り、質問してもいいですか?」

「どうぞ。」

「どうして毎日放課後に私を仕事もないのに図書室に呼ぶんですか?」


小戸路先生はその質問が来ると分かっていたように、考える素振りを見せることなく答えてくれた。


「特に理由はありません。」

「納得がいきません。」


思わず口を挟むと、先生はまぁ待てよと言いたげな顔をした後続きを答えた。


「君は人と話す時以外とてもつまらなさそうな顔をしていましたから。少し気になったんですよ。そしたら君は数少ない図書委員だと知ったので呼びだして、たまに頼まれる本探しを手伝わせていただけです。」

「要は、大した理由ではない、と。」


先生は頷いて肯定を示す。

今まで不思議に思っていたことが大したものでは無かったという無駄骨感が拭いきれず、拍子抜けする。

だが、この先生はそんなことをする性格には見えない。

小戸路先生は人気の先生と言うだけあって、常に生徒たちに追われていると言っても過言ではない。

実際に小戸路先生を探しに図書室に来た生徒は何人かいたが、全て追い返した。

もちろん小戸路先生の指示で。

自分の人気がわかっていないほど、この先生は馬鹿じゃないのだ。

もし見つかったら先生はおそらくずっと生徒たちの相手をしなくてはいけなくなると思う。

だからこそ小戸路先生は、私以外の生徒は図書委員でもない限りここに自分がいると教えない。

 そんな先生と一緒に図書室にいる時間は、とても危うい時間なのだ。

他の生徒に見つかった瞬間、吊し上げられるのは目に見えている。

そんな危ない綱渡りを、大した理由もなくさせると思えない。

 つまり、何か隠している。

 そう結論付けた。

しかし、無表情にこちらを見据えている先生は、これ以上言うことはないと言いたげに目を細めるばかりで、何を言っても口を割ってくれそうにはない。

一旦諦めようか。

それとも追及するべきか。


「つつじー!帰れるー!?」


ぐずぐずしていたら月乃が来てしまった。

仕方ない、また今度にしよう。


「帰れるよー!」


月乃に返事をして荷物をまとめる。

小戸路先生もそれを止めない。


「それじゃあ、先生、さようなら。」


図書準備室を出る直前にそれだけ言って、部屋を出る。

先生からの返事はいつも通りなかった。




明日からの放課後はちょっと気を張ったほうがいいかな。

帰り道にそんなことを考えながら月乃と歩いているうちに、あたりはそれなりに暗くなってきた。

四月の終わりはまだまだ日が落ちるのが早い。

再来月くらいには明るくなってるといいなぁ。


「そういえば、つつじは聞いてる?」


さっきまでクラスの内情を話していた月乃がふと思い出したようにこちらを向いて問いかけてくる。

特に何か聞いた覚えはない。ので何を?と聞き返すと、


「シガンさんが、来週の土曜日にうちに来てほしい、って言ってたよ。話しておきたいことがあるんだって。」

「へぇ。」

「本当はもっと早く教えておきたいことだったけど、時間がなかったから、って。」


教えておきたい、と言うことは、怪異関係だろうか。

フェレスから怪異については色々聞いていたが、なんせフェレスは適当なところが多い。

聞けるものは聞いておいたほうがいいだろう。


「わかった。時間とか聞いてる?」

「いつでもいいけど連絡は入れて欲しいって言ってた。」


そういえば、引っ越してきてからシガンさんたちの家には行ったことがなかったな。

もっとも、前の家にも行ったことはないが。


「了解。」

「ところで、さ。わたし、どうしたらいいと思う?」


これはおそらく、クラス内のいざこざについてのことだろう。

さっきまでずっと同じことばかり繰り返していたのだから。


「どうもしないことをお勧めするよ。」


今の所月乃は中立。

下手にどちらかに組みすれば、組まなかった方に角がたつ。

時間が解決するのを待つのが得策だろう。 

 もちろん、決めるのは月乃だし、私にはほとんど関係のないことだ。

これ以上関わる気はない。


「そう…。」


月乃は何やら思い詰めたような顔をしているが、見なかったことにして歩を進める。

背後に“何かいる”気はするが、振り返らずに家まで帰った。

 余談だが、その後フェレスがぶつぶつ言いながら私たちと入れ違いに外に出て行ってからしばらくすると、背後の気配は消えた。

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