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紫アザレアが察するには  作者: こたつ
赤紫の日常
44/133

39

ざわつく教室の中、とある二人の人物が睨み合っていた。

どちらも互いを睨み殺さん勢いで睨んでいるが、化粧が濃い方が目力が強いのは言うまでもない。

まさか病み上がりの朝っぱらからこんな修羅場のような状態になっている教室に自分がいるとは思わなかった。

 今日は私が熱を出してから四日後、いつはさんが看病に来てくれてから二日後の金曜日。

ようやく今朝熱が下がったためこうして登校したわけだが、思いの外化粧たちの喧嘩は長続きしていたようだ。

私は自分の机…真ん中の前から二番目の赤井崎の左隣の席から教室の一番後ろの空間に目をやっている。

二人の喧嘩には全く興味はないが、男子を含めたクラス全員がその喧嘩の様子を見守っているのだから合わせて後ろを向く他ない。

後ろにいる女子は五人。

化粧とその元取り巻きが向かい合い、その二人の後ろに一人ずつ控え、二人の間に月乃がオロオロしながら立っていた。

月乃はどちらの味方をするつもりもなさそうだったが、赤井崎を無視するように言った元取り巻きをよく思っていないのは確かだろう。


五月女さおとめさん、なんでどっちの味方でもなさそうなのにどっちからも嫌われてないんだろうね。」


気づけば赤井崎がこちらを向いて話しかけてきている。

私は薄く作り笑顔を浮かべ、冷たい声で返す。

赤井崎は私の返答なんて基本的に聞いていないので無視さえしなければどれだけ適当に話しても気づいていないということに最近気付いたのだった。


「人数が奇数だからだよ。もし月乃さんが蝶野ちょうのさんか隠溝かくみぞさんのどっちかについたら、どっちかに味方が偏っちゃうでしょ?だから、自分につかなくっても相手につかれるよりはマシ、って思ってるんじゃない?」

「……つつじちゃんさぁ、」


なぜか赤井崎が私を軽く睨んでいる。

何かしただろうか。


「どうして五月女さんのことは下の名前で呼ぶのにあたしのことは名字で呼ぶの。」


はぁ?と言いそうだったのを無理やり止めた私はすごいと思う。

赤井崎はわざとらしく頬を膨らませて拗ねたような演技をした。

それだけでも面倒くさそうなのに、赤井崎は言葉を止めてこちらを上目遣いに見上げながら返答を待っている。


「なんとなく。」


まさか最初に月乃の名前を呼んだ時苗字を覚えてなかったとは口が裂けでもしないと言えない。


「じゃあ、あたしも下の名前で呼んで!」

「やだ。」


私が人を名字で呼ぶのは距離を取るためだ。

下の名前で呼ぶだけで仲がいいと勘違いしそうな人がいるから。

特に赤井崎みたいなタイプはそう言う傾向にある。

そしてそう言うタイプが私は一番苦手であった。

人の呼び方はその人との距離を表すと思う。

だから人との距離は自分で決めたい私には、呼び方を押し付けてくる人が苦手だった。


「なんで?五月女さんよりあたしの方が仲良いのに。」


別に私は仲がいいなんて微塵も思ってないしむしろ嫌いだ、と言ってしまいたい衝動に駆られるが、そんなことをすれば確実に私が悪者になってしまう。

先に悪口を言ったり暴力を振るった方が負けなのだ。

極端な話、嫌いと私が言ったことで赤井崎が泣けば悪いのは私。

その前に赤井崎が何を言っていようと。

だって泣かせた方が悪いんだから。

そう言われるのが目に見えているし、赤井崎は雰囲気が“あたしは弱いですよ〜、いじめないでくださ〜い”と言っているようなものだ。

赤井崎が少しでも傷つきました、と主張するだけでも面倒臭いことになる。


「別に名前の呼び方で仲の良さが決まるわけじゃないんだから。」

「だよね、あたしの方が仲良いよね!」


赤井崎は呼び方にはそれ以上追求せず、自分と私がいかに仲がいいかと言うのを一人で話だした。

察するに、赤井崎は私と仲がいいと思い込むことでクラスメイトを見下しているのだろう。

自分にはこんなに仲がいい友達がいる、お前たちの薄っぺらい関係とは違う、と。

でも、月乃が私と同じ家に住んでいると言ったことで私が自分より月乃と仲が良かったらどうしよう、と考え焦ったのだろう。

『自分の一番の友達』にとって自分が『ただの友達』だったらどうしよう?

そんな不安と焦りで呼び方を変えてほしいと言ってきたのだろう。

馬鹿らしい。


キーンコーンカーンコーン


ホームルームが始まるチャイムがなり、全員が席についた。

そのまま何事もなく時間は過ぎていった。


赤井崎のマシンガントークと授業を乗り越え、ようやく放課後。

私の精神はゴリゴリ削れていた。

まず今日の赤井崎はずっと『つつじちゃんは親友だよ。』と言う言葉を使いたがり、私に同意を求めた。

私は全部無視したが、あまりにしつこいので今日一日で五、六回トイレに逃げた。

次に、月乃が私と住んでいると言ったことの皺寄せをくらい、昼休みに軽い質問攻めにあった。

ラストに昼休み話せなかったから放課後に話そうと言ってきた赤井崎を振り切るのに三十分かかった。

委員会だと言うと図書室までついてきて居座りそうだったから言えなかった。

あと、赤井崎は小戸路先生に片思い中らしく、もし小戸路先生がいるとしれたら面倒臭いのもあった。

この前はクラスの男子だったし、すぐ冷めると思うが。

あれは多分『恋してる自分』が好きなだけだろう。

 そんなこんなで私は疲弊していた。

それでも図書準備室に行くのはやはり休んでいた間仕事を(決まった業務があるわけではないのだが…)していなかったからだ。


「失礼します。」


若干覇気がない声が出た。

いつも通り図書室に入り、図書準備室に入る。

そこではいつも通りパイプ椅子に座り丸メガネをした小戸路先生が採点をしていた。

小戸路先生は顔をあげてニコニコ胡散臭い笑顔を浮かべながら荷物を置くよう指示する。

それに従い隅の方に荷物を置く。


「体調は大丈夫そう?」

「はい、もう大丈夫です。ご迷惑をおかけしました。」


それだけいって軽く頭を下げると、小戸路先生は怪訝そうな顔をして覗き込むように私を見ている。

メガネの奥の瞳は相変わらず笑みの形に細められていて、何を考えているかわからない。


「なんか、顔色悪くない?」

「そうですか?」


ストレスが顔に出ていたかもしれない。

軽く眉間をほぐしながら本を片手に本を取るための三脚に座る。

暇な時はこうして三脚に座って本を読んでいたから、その前準備だ。


「…学校、疲れた?」

「まぁ、三日ぶりの学校なので疲れたといえば疲れましたが。」


小戸路先生の瞳がどこか曇った気がする。

いや、笑顔が少し胡散臭さを薄めた。

胡散臭いは胡散臭いが、いつもほどではない気がする。

それから何かを決めたように真っ直ぐに私の目をみた。


「……赤井崎さんのことで困ってるなら、昼休みとかでも図書準備室を空けておくことはできるよ。」

「……。」


気づいていたのかという驚きよりもなぜか納得が勝ったのは、ようやくこの先生が胡散臭い笑顔を消して話しているからだろうか。

笑顔も胡散臭さもない表情をしたまま小戸路先生は私の返事を待っていた。

なんと答えるべきかわからなかったが、よく考える前に口をついて出てしまった。


「どうして月乃さんの時は声をかけなかったんですか?」


予想外の返答だったのかその質問は先生にとって地雷だったのか、先生は瞳をさらに曇らせた。

今度は私が先生の返事を待つために待つ。

薄く作った笑顔だけは浮かべたままにして。

私が困っていたことに気付いたなら、月乃の時だって気づけたはずだ。

あの時の方が大事だったし、事実担任の教師にはいじめはバレていた。

ただ担任がそれを黙認するような教師だっただけで。

そんな状態の教室のことを副担任の小戸路先生は知っていたはず。

たった数日で月乃を標的にしたいじめ月乃の不登校(実際はあかねと遊んでいたらしい)により終わったが、その数日の間に事に気づき今みたいに声をかけて避難させるくらいできたはずだ。


「僕は五月女さんの時は口を出せなかった。完全に糸草いとくさ先生に見張られていたから動きようがなくてね。

あと、あの時はまだどの先生が委員会の顧問をするか決まっていなかったから図書準備室ここを使えなかったから、って言うのもあるかな。」


どこか違和感があった気がする。

いつの間にか戻った胡散臭い笑顔と共に真面目さだけは消し去らない声で弁明をした先生は、今度は私が話す番だとばかりに笑っている。



「赤井崎さんに困っているのは事実ですが、別に無視しようと思えば無視できるので大丈夫です。」

「山瀬さんが無視とか言うとは思わなかったな。」

「そうですか?」

「うん、君はいつも目が笑いきれてないから。」


してやったり、と言う目でニコニコとこちらを見ている小戸路先生は有無を言わせない圧がある。

胡散臭い先生から警戒すべき先生に小戸路先生への印象が変わった。

この先生思ったより鋭い。

多分私の二面性に気づいている。

それなら___


「ソレは先生もでしょう?」


一気に核心までいく。

私の演技に気付いたとして、なぜここに呼ぶのかはわからないが、演技をしている、作り笑いをしている、と言う点では先生も人のことを言えないはずだ。

私が演技をしていることは何があってもクラスメイトにばれたくはないのだ。

面倒くさくなるに決まっている。

 小戸路先生は目を見開いたまま固まっている。

おそらく図星だったのと、突然だったのと、私が気付いていると思っていなかったと言うトリプルコンボが決まったからだろう。


「そろそろお互い腹割って話しませんか?」


もちろん割る気はないが、もうこうするくらいしか思いつかない。

少なくとも私だけクラスのことや自分のことについて話す必要はない状況まで持っていけると思いたい。

小戸路先生は少し考えるようなそぶりを見せてから、ふっと笑みを消した。


「今から作り笑いなんてしていない、と言っても無駄だよねぇ。」

「無駄ですね。」


さっきあれだけ動揺を見せていたのだ。

もう取り繕うのは無理、というかさせない。

小戸路先生は座ったまま天を仰ぐような格好をした後、背筋を伸ばしてガラリと変わった表情で私を見据えた。


「おれが演技を辞めたら君も演技を辞めてくれるのかな?」

「まぁ、いいですよ。」


笑顔を消した先生はそれだけで胡散臭さがなくなった気がする。

その表情のまま口調をガラリと変えて話し出した。


「誰にもばれてない自信があったんですけどね、上手くいかないものです。」

「胡散臭さは無くなりましたよ。」


私は無表情で返す。

おそらく小戸路先生の素は敬語かつ無表情と言うどこかシガンさんに似たこの状態だと判断したからだ。

敬語は小戸路先生に『似合って』いるから。

借り物ではない話し方をしている証拠だ。


「胡散臭いと思っていたんですか…。」

「笑顔と口調がわざとらしかったです。」

「君は以外とずけずけ言いますね。」

「普段は言いたいことセーブしていたので。」


どこか温度の低い会話を続けた後、ようやく本題とも言えることを切り出した。

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