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「つつじ、普段からもっと運動した方が良いよ。」
「うるさい…余計なお世話だよ…。」
ローファーで歩くべきではない山道に、青々とした葉をつけた樹木に桃色の花弁に包まれた木。
植物や土の匂い。
見ている分には美しい自然の景色。
登下校時に通る山がこんなに綺麗だとは思わなかった。
こんなに険しいとも……思わなかったなぁ…。
朝の子供の怪異によってトンネルが使えなくなったため、現在私は山越えを強いられている。
別に心の中でぼやいたほど険しく危険な山というわけではない。
学校終わりの疲労と気持ち的にはそれくらいの気分だが。
実際はおばさまのジョギングコースレベルの山だ。
それでも山は山。
侮るべきではなかった。
少なくとも履き慣れないローファーは駄目だ。
「ねぇ、そんなんで明日から登下校できるの?トンネルは使えないよ?」
「うっ…」
学校からの帰り道が、こんなに険しくなるなんて…。
これは明日から骨が折れるなあ。
「というか、つつじって暗いのだめだったよね。
ただでさえビビりなのに日が暮れた後の山なんて通ったら心臓止まるんじゃない?」
「怖いこと言わないでよ…」
日が暮れた後の山なんて考えたくもない。
生まれてこの方ホラー耐性なんて持ち合わせていない。
幼稚園の時からお化け屋敷や暗い場所が苦手だったのだ。
これは今更治るものじゃない。
怪異云々と関わる様になってからは悪化傾向にあるし。
「でさ、こんな話した後に申し訳ないんだけど、僕用事あるから先帰るね。」
「は?」
「じゃあまた後で」
そう言うや否やあの手は忽然と消えた。
周りにはまぁ近頃の日本にしては雄大であろう日の落ちかけた自然。
「え?」
いやいやいや……
そんな…
普通一緒に帰ってた相手を置いて先に帰るわけ…
周りを見ても猟奇殺人の現場のように人体の一部は転がってはいない。
あいつ本当に帰りやがったのか…?
マジで?
そんないきなり帰るか?
突然の置いて行く宣言に頭がついていかない。
いやもう既に宣言どころではなく忽然と姿を消しているが。
と言うか、私にホラー耐性など微塵もないことは知っていたはずなのに、なんなら前置いた癖に、なぜその後に置いていこうと思った?
もっとあっただろう。
もっといい置いていき方が。
なんだか訳のわからない情緒になって来た。
さっきまでは綺麗だと思っていた景色が一人になった途端に不気味に見える。
葉が擦れる音や自分の足音がやけに大きく聞こえた。
頭上を見れば薄暗くなってきた空が半分、真っ赤な夕焼け空が半分。
『昼と夜の間は良くない時間。』
いつインターネットで見たのか本で読んだのかは忘れてしまったが、今一番思い出したくない豆知識を思い出してしまった。
逢魔ヶ時だか黄昏時だか知らないが純和風ホラーだ。
とても怖い。
「お嬢ちゃん、こんなところでどうしたの?」
いつの間にか、目の前に着物を着た人が立っていた。
口の端を持ち上げて笑っている姿は、どこか狂気じみて見える。
まるでお面の様に作った事がよく分かる、冷え冷えとした表情が瞳に焼き付く。
よく見るとその目は赤く、尻尾や獣の耳が生えていた。
これは、人間じゃない。
「__っ!」
走った。
ほぼ反射的に走って『それ』の横を通りすぎて、走る。
フェレスがいない今、私に怪異と渡り合う術はない。
逃げるしか、自分の身を守る術はない。
急げ。
早く、少しでも早く、人のいるところか、フェレスのところまで。
とにかく走った。
普段ならばもう少し冷静な所だが、ここ最近はそんな余裕はない。
「お前もか。」
後ろから小さく声がしたが、振り返りなどしない。
身の安全が最優先。
そもそも怪異の言葉になど耳を貸すべきではない。
意思がある怪異なんて、碌なものではないのだから。
私はそのまま走れるところまで走り、立ち止まる。
本当は家まで走りたかったところだが、流石に運動不足気味の人間には厳しかった。
『あれ』は追いかけては来なかったようだが、今後あの山を通る時はフェレスと一緒に行こう。




