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紫アザレアが察するには  作者: こたつ
黄緑の奇術師
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 “雪花”という名前の持ち主が義姉だと言い切りにくいのには、訳がある。

彼女と私はほとんど面識がないし、両親もシガンさんも義姉のことはとんと話さなかった。

名前だけはかろうじてどこかで聞いていたのだろうが、パッと出てくるほど身近な名前ではなかった。

今、ムースが『雪花の妹』と私を指して言ったのだから、ほぼ間違いなく雪花という人は私の義姉であり、シガンさんの奥さんであり、ヒガンさんの義姉である人のことだろう。

 だが、なぜこんなところでそんな人の名前が出てくる?


「雪花さんと会ったことがあるの?」

「あったも何も、ボクが今ここにいるのは雪花達のせいだよ!あいつらをチョ〜っとばかし揶揄っただけでこのざま!いつもみたいに遊ぼうと思ってただけだったのに!」


あいつ“ら”というのはシガンさんとヒガンさんのことだろうか。

確かあの人たちは皆同い年だったはずだし、怪異関係のことで関わりがあったのなら頷ける。


「ここを出たら、まずは雪花のところに行かなくちゃ。ボクをこんなところに閉じ込めたこと、後悔させてあげないと。」

「雪花さんは、もう死んでるよ。」


ムースがいつからここに閉じ込められていたのかは知らないが、雪花さんは十年程前に亡くなっている。

つまり、ムースは十年以上ここに閉じ込められているということだ。


「雪花、死んじゃったの?」


ムースは無邪気で素直な子供のような表情で首を傾げる。

首を傾げて、上目遣いでもするような感じだ。

一言で言うなら、幼く見える。


「死んだよ。」


ムースは、凍ってしまったかのように表情を固めた。

そのまま、動かない。

一気に、触れれば切れそうな空気にサーカス内が包まれる。


「__じゃあ、」


小さく、低い声がした。

その音声は、少しずつ大きくなる。


「じゃあ、ボクは一体全体誰に復讐すればいいんだ!?」


大きな声を出したムースは、大きくのけぞって頭を抱え始めた。

ムースの体からは、怒りなのかなんなのか、大量の泡が溢れている。


「いつの間に。」


あまりの豹変ぶりに月乃とメリーさんはポカンとしている。

一方であかねは、流石に月乃が危ないと思ったのか、出口を見ている。

月乃を一秒でも早くここから出したほうがいいと判断したのかもしれない。

私もここに長居するのは危険だと思う。

いや、これ以上このムースと一緒にいるのが危険。


「月乃、メリーさん!走って!ここでるよ!!」


私は大声で叫んで二人の手首を掴む。

途中あかねと目があったが、言わずともあかねはムースが月乃を追えないようにするに決まっている。

そのまま振り向かず、出口まで走る。


「どこ行くの?」


ゾッとするほど低くノイズがかった声が、空気を這うような速さと冷たさで私の耳に響いた。

さっきまでの高い声とのギャップも相まって余計に怖い。

だが、後ろにはあかねがいる。

私の身の安全は若干怪しいが、こっちには月乃がいる。

おそらく私ごと死ぬ気で守ってくれる。

背後でとんでもなく大きな音がしているが、私は無視して走り続ける。


「あかねぇっ!!!」


横でずっと月乃が叫んでいるが、あかねはそれどころではないのだろう。

返事すら返ってきていない。

……わかっていた上であかねを前線に立たせたからあれだが、あかねはムースに勝てない。

もしあかねがムースに勝てるのなら、ムースは最初からあかねとメリーさんを呼ばなかったはずだから。

ムースは全て自分が“楽しむ”ために行動していそうだと思っていたが、それは見当違いだった。

ムースは相当計算高い。

最初に助っ人の話をした時、ムースはシガンさんやフェレスは呼べないと言った。

ムースは理由こそ言わなかったが、それは“ムースがシガンさんやフェレスに勝てないから”だろう。

シガンさんはおそらく雪花さんと一緒に行動していたはずなので、ここにムースを閉じ込めることに成功したのだろう。

つまり、過去の経験から敵わないと知っていたから呼ばなかった。

フェレスについては面識があったかどうか知らないが、私はフェレスと会ってから一度もフェレスが怪異に負けているのを見たことがない。

さらにいえば、怪我をしているのも見たことがない。

つまり、普通に強い。

二人を呼ばれては部が悪いと踏んだ可能性が高い。

さらにいえば、ムースは長い間ここに閉じ込められている。

シガンさん達が成長して強くなった可能性だって考えないといけない。

だからこそ、ここに呼ばなかった。


ぐちゃっ


後ろから、生々しい嫌な音がした。


「あかねぇっ!!」


月乃が私の手を振り外そうと動き出した。

出口は目の前。

もう、ムースが追ってきても、確実に出られる。

月乃が私の手を振り切るより早く、あかねに向けて叫ぶ。


「もういいよ!逃げて!」


私はメリーさんと月乃の手を掴んだまま出口に飛び込む。

が、出口に入る直前。

月乃を掴んでいた私の手が離れた。

しかし、気づいた時にはもう遅い。

私とメリーさんの体は、出口から外へ出てしまっていた。

一瞬、綺麗な夜空が見えた気がした。

景色が暗転し、気がついた頃には住宅街でメリーさんとふたり、ポツンと佇んでいた。


「つつじ!月乃様は!?どうなさったのです!?」

「わかんない。多分、まだあそこにいると思う。」


私は苛立ちと共に髪をかきあげる。

なぜはなした?

あかねが怪我を負った時点で、私たちはあそこから一刻も早く抜け出すべきだった。

そうしないと、あかねがムースの足止めをしてくれた意味がなくなる。

なんのためにあかねが体を張ってくれたと思っているのだ。


あたりを見回してみるが、月乃達がどこからか現れる気配はしない。

いや、月乃があそこから出たとして、どこに出るんだ?

私が今いるこの場所は、さっき私とムース(中身が本体)とゲームをした場所。

つまり、私があそこに行った時と同じ場所。

月乃はどこからあのサーカスのような場所に入ったんだ?

おそらく、それによってあそこから帰ってくる場所も変わる。

となると、一番有力な場所は__


「つつじ!つつじだ!どこ行ってたの!」

「フェレス。」


薄暗い夜道、てくてくと歩いて(?)くる手。

めちゃくちゃホラー。

叫ばなかったことを褒めて欲しい。


「シガンも探してるよ。二人ともぜんっぜん帰ってこないんだもん。しかも、妖狐と人形も突然消えちゃうんだもん。」


明らかに成人はしているであろう男性の低めの声で『だもん』の連発はどうかと思ったが、言わないでおこう。


「サーカスみたいなところに、ムースっていう奇術師を名乗る怪異に連れてかれた、っていうか、飛ばされたっていうか…?」

「サーカス?」


何か考え込んでいるようなので、何か心当たりがあるのかもしれない。

こちらとしてはあの場所よりもムースについての情報のほうが欲しいのだが。


「月乃様は!?月乃様はどこに行かれましたの!?」

「月乃ちゃん、一緒じゃないの?」

「出る時に月乃が手をはなした。あかねに囮やってもらってたから、それで。」

「月乃様ー!」


メリーさんが叫びながらどこかへ行こうとするのを宥めつつ、フェレスに今日のことを説明する。

あかねとメリーさんがきた、というところまで説明したところで、シガンさんとヒガンさんが合流し、もう一度かいつまんで説明をした。


「多分、月乃があそこを出られたとして、現れる場所は、学校。」

「根拠はなんや?」

「月乃はおそらく学校内であそこに入ったと思うので。」

「やったら、俺とヒガンは学校行ってくるから、つつじらは___。」

「その必要はないよ。」


バッと一斉に高い声のした方をみる。


「出てきたか、分身か…。」


私はうめくように声を絞り出した。

ムースは、いつの間にか私たちの背後に立っていた。

そこに月乃とあかねの姿はない。


「月乃と、あかねは?」

「あ〜。あの二人ね。ここにいるよ。」


そう言ってムースが無表情のまま両手を軽くあげた。

ポンっという軽い音と泡に包まれて、大きなシャボン玉が二つ出てきた。

その中には、


「月乃様!!」


月乃と、あかねがシャボン玉の中に横たわっていた。

月乃は眠っているようだったが、あかねは気絶しているように見える。

あかねの脇腹のあたりには、真っ赤な血溜まりができていたから。

それ以外にも、着物が赤く染まっている部分がいくつか。

最後に聞こえた鈍い音は、刺されるか潰されるかして大怪我を負った音だったのだろう。

心配…はいらないだろう。

多分助かる。

体は頑丈な方だと言っていたし、血も止まっているように見える。

多分、大丈夫、大丈夫。

大丈夫。


「ねぇ、雪花は死んだの?」


ムースの口から、再び雪花さんの名が出る。

ムースは無表情だったが、その目は変わらず子供のような素直さと無邪気さを湛えていた。


「死んだ。」


これに答えたのはシガンさんだった。


「なんで?」

「これ以上、お前に話すことはあらへん。」


シガンさんは相変わらずの無表情で何を考えているのかわからない。

ただ一つ、雪花さんの最後だけは話さない、という硬い意志だけは伝わってくる。

ヒガンさんすら茶化すこともなく静かにムースを見ているのだ。

雪花さんの最後が、なんらかのタブーとかしているのがわかる。

私は事故死だと聞いてはいたが、それは私の両親に使った方便だということはとっくに察していた。

雪花さんが怪異と関わりがあったことは想像に難くない。

そんな人の最後が、事故による呆気ないものとは到底考えられなかった。

かといって進んで話したいことでもないし、雪花さんの顔すらまともに覚えていない私が知りたいと思うことでもなかったため、雪花さんの本当の最後がどんなものだったのかはシガンさんたちに聞いたことがない。

よって、私も雪花さんの最後は知らない。

知らなかったが、思っていたよりもその最後が壮絶だったことが今のシガンさんたちの空気からわかる。


「ふ〜ん。まぁ、いいや。とりあえずボクはあそこから出られたわけだし。目的の一つは達成。あともう一つ、雪花への復讐…はまた考えておくとするよ。」


表情がなかった顔に、再び笑みを浮かべて、ムースは軽やかに言う。


「さて、久しぶりの外なんだ。しばらくはぶらぶらと散歩でもしようかな。」


ムースはそう言ってパチンと指を弾くと、シャボン玉が割れ、あかねと月乃が中から出てきたが、目を開くそぶりはない。

ムースを問いただそうにも、指パッチンと同時に消えている。


「生きてますか?」


私は月乃とあかねの生死確認をしているシガンさんに声をかける。


「ああ、生きとる。両方寝とるみたいやな。」

「妖狐の方は怪我してるね。これくらいなら死にはしないと思うけどしばらく安静にさせないと。」

「なぜあなた達そんなに冷静なのです!?」


メリーさんが信じられないものを見るような顔をしていた。


「ん〜?別に騒ぐようなことやないしなぁ。」


ヒガンさんがのんびりとそれに答えている。


「ところでこの人たち、どうやって家まで持ってくんです?」


月乃はまだしも、あかねはシガンさんとヒガンさんよりも背が高い。

シガンさんたちもまぁ大きいが、あかねはさらに大きい。

妖はみんなでかいのかもしれない。

私はサトリの妖を思い浮かべながらあかねをみた。

あの人はシガンさんとあかねの間くらいの身長だ。

あかねは多分二メートルはある。

そう考えるとよく家に入ったなと思う。

明らかに天井とか低かったと思う。

いや?でも家だとそんなに窮屈そうには見えない。

一瞬謎が頭をよぎったが、一旦無視した。

今大事なのはあかねをどうやって運ぶかだ。


「あ〜。ほんならヒガンがあかねを運び。俺が月乃ちゃんおぶってく。」

「え〜。おれ月乃ちゃんがいい。」

「お前のが力あるんや。我慢しろ。」

「じゃあ、おれが二人運ぶ。」


とんでもないことを言い出したが、その後軽々と二人を持ち上げていたのでシガンさんも渋々認めていた。

あの人の筋力は一体どうなっていいるのだろうか。

そもそも、シガンさんだって相当怪力なのに、それ以上、と言うのがもう信じられない。


「じゃ、帰ろうか。」


月が出ていない。

街灯も薄暗い。

非常に不気味な帰り道に泣きたくなったが、なんせこっちにはフェレスがいる。

多分下手な幽霊なんかはフェレスを見れば帰っていくだろう。

なんせやつは手。

手、オンリーの体で動いているのだ。

夜中に見るとめちゃくちゃ怖い!

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