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紫アザレアが察するには  作者: こたつ
黄緑の奇術師
35/135

30

パチンっ

その音が鳴った次の瞬間には、住宅街からサーカスのような場所に移動していた。

ここは、どこだ?

周りを見渡す余裕などないままに高らかな声が響き渡る。


「今から行うのは水中脱出!!沈められた哀れな人間のもがき、苦しむ姿こそ最高のエンターテイメント!!」


誰だ?

姿はムースに似ているが、色が違う。

そういえばさっき分身がどうとか言っていたっけ。

となると、こっちが本体?

いや、そんなことより、水中脱出とは一体__?


パチンッ


ドプンッ


「ゴボボっ__!」


息が、できない。

ここは、水槽?

手を動かそうにも足を動かそうにも体がうまく動かない。

目の前には水と硝子。

そのさらに奥には色違いのムースもどきと、月乃が見えた。

月乃はここに、いたのか。

だが、ムースの賭けは、やはり罠だった。

私が勝ったらこうして何もわからないままに水槽に入れる。

ムースが勝ったら助手として水中脱出の演者をやらせる。

どちらにせよ私はこうして沈められる、というシナリオ。

最悪だ。

この硝子をムースが割って、本当に水中脱出をさせるとは思えないし、月乃に助けを求めるのも無理だ。

月乃にはまだ能力がない。

どうする?

そろそろ息も持たない。

まだ水はほとんど飲んでないけど、もう一度水を飲んだら間違いなく肺に大量の水が入って死ぬ。

月乃が叫んでいるのが見えるが、聞こえないし、もう、色々と持たない。


バリンっ!!


ザパー!と、水が派手に流れ出し、私は体ごと床に放り出された。


「ごほっ、がはっ、な、何?」


あまりにも突然で状況が把握できない。

月乃は笑顔と、黄色の服を着たムースの唖然としたような表情だけが見える。


「ごめんごめん、思いの外助っ人を呼んでくるのに時間かかっちゃった。」


後ろからの声に振り向くと、緑の服を着たムース。

分身がどうとか言っていたのはこれか。

色違いのムースが二人、私の前と後ろにいる。

妙な納得感と共にムース(緑)の背後に目を向ける。


「つつじ!月乃の足引っ張ってんじゃねぇぞ。」

「そうですわ!月乃様のお手を煩わせるなんて、許せませんわ!」


この場においては頼もしい声が響き渡っる。

あかねとメリーさんが、硝子を割ってくれたようだった。

助かった…。

この状況で助っ人を呼んでくれるとは思っていなかった。

そして二人が自主的に私を助けてくれるとも思っていなかった。


「おい、バブル。殺せとは言ってないよね、ボク。」

「殺す気はなかったよ。」


ムースは何やらぐちゃぐちゃ言い争っていると、やがて黄色の方に緑のムースが手を差し出す。

黄色のムースがその手を取ると、大量の緑と黄色の泡が二人を包み込んだ。

しばらくすると、泡が綺麗に全て飛んでいき、ムースが姿を現した。

ただし、ムースは一人だけ。

分身とやらを消したのだろう。

ムースは黄色と緑がちょうど縦で分かれたさっきと同じ形の服に、これまた二色のツインテール。

黄緑と黄色が混ざったような瞳が、こちらを射抜いていた。


「ごめんねぇ〜。分身バブルの中身とボクの中身を入れ替えてたから、ちょっと不具合が出ちゃったみたい。キミを殺す気はなかった。」


ニコニコと目を細めて笑うムース。

その姿は私に危機感を抱かせた。

根拠こそないが、ムースを見ていると意味もなく不安になる。


「じゃあ、ここから出して。」

「キミは出してもいいよ。」

「おい!月乃はどうなる」

「まぁまぁ。落ち着いて。そもそもキミ達はボクの意志に関係なく、もうここから出られるんだから。ほら、出口はそこにあるよ。」


ムースはそう言って指をさす。

その方向に目をやると、テントの出入り口らしき場所が見える。

あれが、出口?


「嘘…!さっきまであんなのなかったのに。」


月乃がつぶやくようにいう。

出口?

閉じ込められているわけではない?

ならなぜわざわざムースは私たちをここにつれてきた?

何が目的だ?


「出口があるなら、さっさと出ましょう!夕飯が冷めてしまいますわ!」


メリーさんがそう言って出口へ向かおうとしたが、ムースがそれを止めた。


「ちょっとまった。今キミ達に出られたらボクの目的が達成できない。」

「知るかんなもん。」


そう言ってあかねが月乃に近づこうとした時、


「待った。」


言葉と共に、ナイフが月乃とあかねの間に刺さった。


「なんのつもりだ?」


あかねが警戒を滲ませた声で問う。


「だから、待てって言ってるじゃん。ボクのいうことを聞いてくれれば、全員ここから出すし、誰も怪我をしない。いい条件でしょ。」

「何がしたいの?」


さっきから、ムースが何をしたいのかが微妙にわからない。

私達をどうこうしたい、というわけではなさそうだが、ムースは私たちをサーカスに閉じ込めるような真似をしている。

危害を加えたり、私たちで遊びたいなら、あかねたちを呼ばずにさっさと殺すなりなんなりすればいい。

目的が不明すぎる。

見た感じムースは無差別に能力持ちに危害を加えるタイプの怪異とは思えない。

『自我』がある。

自我があるのは妖だけかと思っていたが、そうでもないのか?

それとも、ムースも妖の部類に入るのか…。

いや、今怪異としてのムースの分類なんてどうでもいい。

ムースの目的。

何が目的で私達を集めた?

何か、違和感はないか?


「まだ気づいてないの?キミは、もう気づいていたかと思っていたよ。ま、気づいてないなら好都合だけど。」


もう気づいていると思っていた?

なら、ムースの目的はもう予想できるだけの情報が揃っている?

ムースは何を言っていた?

ムースは何がしたい?


「俺たちを殺す気はない、というのがまず信じられない。その目的とやら以前に、俺達を安全にここから出すという保証は?」


こういうとき、あかねは割と冷静だ。

これだけ冷静でいられるのなら、メリーさんと喧嘩なんてせずにいられると思うんだけどなぁ。

___ん?殺す気はない?

ムースがそう言っていた時、何か言っていなかったか?

分身がどうのこうの。

確か、あの時…。

分身バブルの中身とボクの中身を入れ替えてたから、ちょっと不具合が出ちゃったみたい。キミを殺す気はなかった。』

そう、この言葉。

この言葉には、違和感がある。

なぜ、なぜ、ムースは分身と自分の体の“中身を逆に”した?

初めから分身をそのままこの場所に残して、月乃を見張らせればよかったはずだ。

そして、本体である自分は私のところにくる。

それでよかったではないか。

なぜわざわざ自分と分身の中身を入れ替えた?


「わかった。ムースの目的。」

「やっと?」


こいつ、遊んでたな。

私たちがいつムースの目的に気づくか。

ムースは最初から目的がバレてもいいと思っていた。

バレたところで私たちにはどうしようもできないと踏んでいたから。

いや、どうしようもできない人だけをここに集めたから。


「察するに、あんたは、ここから出られない。」

「ヒュー。ビンゴ。」


やっぱり。


「つつじ、どういうこと?」

「簡単に説明すると、ムースはここから出るために私たちをここに集めた。ムースがここから出られないという根拠は、分身。ムースはさっき、『分身バブルの中身とボクの中身を入れ替えてた』と言った。これ、よく考えるとおかしいよね。わざわざ分身を作るくらいなら、中身を入れ替えずにそのまま動いたってなんの支障もないはずでしょ?でも、ムースはわざわざそうしたと言った。なぜそんな面倒そうで周りくどいことをしていたのか。それは、ここから出られないから。」

「なんで、出られないことがその分身の話に繋がるの?」


まぁこれだけじゃわかりづらいだろう。


「最後まで聞いて。おそらくムースは、なんらかの理由でここから出られない。その根拠は、やっぱり分身。」

「そんな説明じゃ分かりませんわ!」

「いいから最後まで聞いて。」


人の話聞かない人たちだなぁ。


「わざわざ分身と自分の『中身』…この場合は“自我”とでも定義しようか。自分自身の自我を分身の体に移したのは、 “本体の体”がこのサーカス内から出られないから。」

「つまり、分身の“体”はこの場所から出られるから、自我を移し替えることで本体の自我がここから出た、と。」

「そう。あかねにしては察しがいいね。」

「なんだと!?」


だって、この前(月乃の強制)推理ゲームした時的外れすぎてヒガンさんが死ぬほど笑ってたくらい推理という物が苦手だったはずだし。

急に察しが良くなったと言われてもしょうがないと思う。


「あってる?」

「うん、あっているよ。その通り。ボクはここから出たいんだ。だから、キミたちを利用させてもらう。」

「利用って、何?わたし達をどうするつもり?」


月乃が緊張をはらんだ声で問いかける。


「怖いなぁ。そんな顔しないでよ。ボクはキミたちがここを出て行くのについて行きたいだけだよ。」

「私たちが出口を通ると同時にあなたも出口を通れば、一緒にここから出ることができるから?」

「そう!やっぱりキミは雪花の妹だね。雪花より大分慎重そうだけど。」

「「「雪花?」」」


雪花。

誰のことなのかわからなかった。

いや、“思い出せなかった”。

どこかで聞いたことがあるはずだと思っていたが、思ったより身近な人だったようだ。

身近で遠い人。


「雪花は、多分私の義姉のことだよ。」


私が五歳かそこらの時に亡くなったと聞いている、シガンさんの奥さん。

そういえばあの人は、雪花という名前だったかもしれない。

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