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「どうしたの?」
「どうもしていませんよ。」
私は笑顔で答えた。
月曜日の放課後、いつものように図書準備室に来ていた。
図書準備室は窓がないため圧迫感がある。
さらに、電灯が壊れているのか古いのか、光は少ない。
要は、薄暗い。
そんな陰気臭い環境の中、相変わらず胡散臭い先生は、パイプ椅子で何かを読んでいる最中に話しかけられた。
特に意味がないと思われる問いだったが、何か意図でもあったのかもしれない。
にしても、ここで本を読むなんて珍しい。
いつもは採点か雑談という名の腹の探り合い、職員会議の資料を眺めるなどetc .etc .
……何を読んでるんだろう。
本の背表紙には、何かしらの災害の被災地のような写真が見える。
私がじっと本を見つめているのに気がついたのか、小戸路先生はそっと本をしまい、私にその胡散臭い笑顔を向けた。
「最近、クラスは大丈夫そう?」
「はい、いつも通りですよ。」
「そう、それはよかった。五月女さんともうまくやれてる?」
なぜそんなことを?
そう聞こうかと思ったが、やめた。
月乃がクラス内で馴染めているのか、ということを聞きたいのだと思ったから。
そういえばいじめられてたなあ。
そんなことは忘れていた。
今ではすっかり教室に馴染み、目力の強い彼女とも和解しているのだから。
順風満帆、と言うやつだ。
そんな月乃を今最も悩ませているのはおそらく私だろう。
なぜなら私とあの問題児二人の関係がとても希薄だから。
しろくまたん人形猟奇殺獣事、もとい昨日の人形バラバラ(では済まない。)事件のせいで、もとよりあったお互いの溝とでも呼ぶべきものが表面化したから。
私はあの件について、二人に何も言っていない。
二人も、何も言ってこない。
冷め切っていて、お互いをいないもののように扱う。
面倒がなくてとても楽な関係だ。
だが、月乃はこれを良しとしなかった。
月乃は二人に即刻謝るように言ったらしい。
らしい、と曖昧な言い方なのは、後から月乃に聞いた話だから。
今日の朝、なぜか月乃にすごい勢いで謝られ、その後に聞かされた。
謝るように言ったが、聞く耳を持たない、と。
そりゃ持たないだろう。
あの二人にとって、人形は皿と同じか、それ以下の価値しかない。
ただでさえものを大切にできない彼らが、ものを一つ壊したくらいで謝るわけがない。
それに、月乃には言わなかったが、謝られても私が困る。
別に怒ってもいないのに謝罪をもらっても反応にこまる。
「山瀬さん?」
「あ、すいません。」
考えすぎた。
「うまくやっていますよ。」
「……それならよかった。」
胡散臭い笑顔でお互いの腹の探り合いをする。
この先生は何をしたいのだろうか。
さっきまで考えていた月乃のことなどすぐに忘れてしまった。
私の興味はなぜ小戸路先生は大した仕事もないのに毎日ここに呼び出すのか、というところに移る。
そのことを考えているうちにいつの間にか時間が過ぎていた。
「つつじー!帰れるー?」
声の方を向くと、図書準備室の入り口に月乃が立っていた。
そういえば今日は部活だから一緒に帰りたい、とか言っていたかな。
私たちのクラスは一応『特進』と呼ばれるクラスで、一クラスしかない特進クラスだ。
そのため部活は免除されているので、入っても入らなくても許されているが、入る人間は少数派だ。
「帰れるよー。」
私は学校用の笑顔で答える。
最初は家と学校の温度差に戸惑っていたが、一週間も経てば慣れたようで、
「おけ。じゃ行こー。」
普通に対応できるようになっていた。
私は小戸路先生に挨拶をしてから図書準備室を出た。
そのまま月乃と一緒に下駄箱まで移動する。
「ねぇ、最近噂の七不思議、知ってる?」
「七不思議?」
「そう、七不思議。ウチの学校にもあるらしいから、あたしたちも知っといた方がいいかとおもって。」
確かに、怪異かもしれない以上、七不思議や噂話は知っておいて損はないかもしれない。
月乃はその性格からか、友人も多い。
情報はよく入ってくるだろうし、定期的に話を聞いておこうかな。
そう思いながら月乃の話を促す。
「ウチの学校の七不思議は、きっちり七つあるの。一個一個話してもいいんだけど、半分くらいはどこの学校にもあるような内容だから、名前だけにしとくね。
五つ目 十三階段
六つ目 音楽室のピアノ
七つ目 体育館の大鏡
最後の三つが、よくある七不思議。」
確かに、どれも有名なものだ。
十三階段は、十二段の階段が一段増えるという怪談。
音楽室のピアノは、誰もいないのにピアノが勝手に動く怪談。
体育館の大鏡は、特定の時間に鏡に映ると死に顔が見える、もしくは鏡に閉じ込められる怪談。
色々なパターンがあるが、大筋はこんなものだろう。
だが、一つ気になることがある。
「なんでありきたりな七不思議が、最後の三つなの?」
普通、有名なものや、怖くないものを最初に持ってきて、マイナーだったり、怖いものを最後に持ってくるはずだ。
そのほうが、七不思議らしい。
段階的に怖くなれば、七不思議の数字と怪談がリンクするため、どこか信憑性のようなものがある、気がする。
マイナーなものを最後に持ってきた方が、『他とは違う怪談』みたいな感じが出て、真実味が増す。
私の感想に近い意見ではあるが、的外れでもない、と思う。
「さぁ…。ウチの七不思議は、かなり古いらしいからじゃない?」
「そんなもんか。」
考えすぎ、というやつだろう。
「で、他と違う七不思議は__。」
月乃がそこまで言ったとき、私は廊下を見ていた。
廊下が一部外に続いている廊下を通り過ぎるところ。
もう七時をすぎており、かなり暗い廊下に、人がいた。
微かに見える服は、男子用の制服に見える。
___おかしい。
何か、おかしい。
私の中に、はっきりとした違和感が生まれた。
その違和感の正体、それは__
「電気。」
思わず呟いた言葉は、小さすぎて七不思議を話している月乃には聞こえなかったらしい。
違和感の正体、それは、電気が“ついていない”こと。
もう最終下校時刻を過ぎつつある今、電気くらいついていなくても不思議ではないだろう。
“電気をスイッチで入れたり切ったりする”学校なら。
うちの学校は、私立なだけあってか、電気は人を感知して自動でつく。
何か動くものがあれば、電気が自動でつくはずなのだ。
なのに、廊下の電気は___。
「つつじ、つつじってば!!」
「うわっ!!急におっきい声出さないでよ。」
「だって、つつじ話聞いてないんだもん。何見てたの?」
そう言って月乃は私が見ていた方向___廊下の方を見た。
だが、そこには暗い廊下があるだけで、人は見えない。
さっき人のようなものが見えたとは信じられないくらい、廊下は暗い。
見間違いだったのだろう、さっきの人影は。
「なんでもないよ。続けて。」
「続けてって言っても、聞いてなかったでしょ。」
「聞いてた聞いてた。……七不思議でしょ?」
「七不思議の、何番目の話?」
「一。」
「違う、三番。三番の、『幽霊』。」
くそ、順番通り一から話していたかと思った。
勘が外れた。
月乃はもう一度最初から三番目の七不思議を話してくれた。
もちろん、歩きながら。
「『幽霊』は、昔……江戸か、その前、鎌倉?」
「安土桃山。」
「あずちももやま時代?くらいの時に、この学校があるこの場所に住んでた大地主?の幽霊がいるんだって。その幽霊は、若くして死んでしまった。理由は色々な噂があるけど、一番多いのは、心中。身分差で結ばれることはないとわかってたから、心中したんだって。で、その幽霊が今も時々校内に出るんだって。」
「それは、怪談なの?」
そもそも、心中したのなら天国でよろしくやっていそうなものだが。
そんな幽霊がたまに出る、なんて言われても怖くない。
怪談としてどうなんだ、それは。
「うーん。怪談、とはいえない気はするけど、だからこそ信憑性があるというか…。」
「まぁ、怖くないものをわざわざ七不思議に入れる、ってことは何か意味がありそうではあるけど…。」
正直、なんともいえない。
「つ、次行こうか。」
微妙な感じになった空気を払拭するように月乃が次を話す。
「一番、『満月の屋上』。満月の日に屋上に登ると、消えちゃうんだって。」
えらくシンプルな七不思議がきたな。
まだ続きがあるかと思ったら、月乃はこれでおしまい、と言った。
消えてしまう系の怪談は多いが、これはあまりにもさっぱりとしすぎではないか。
満月、屋上、消える。
たった三つの情報しかない。
「これに関しては、いくつかの解釈があるの。」
「解釈?」
「そう。確か、二種類あるの。『満月の精』と『自殺した女の子の幽霊』。
『満月の精』の方は、文字通り満月の妖精が人を攫っていく、っていう話。」
すごくファンタジックだ。
学校という場所に全くと言っていいほど似合わない。
そもそもなぜ妖精がわざわざこの学校に現れるのだ。
湖とか池とか花園とか、もっと『それっぽい』ところがあるだろう。
うちの学校にだって花壇はあるし、まだそっちに現れた方が雰囲気があるというものだ。
「『自殺した女の子の幽霊』っていうのは、満月の夜に飛び降り自殺をした女の子が仲間を呼んでるんだって。」
こっちは割とありがちな気がする。
『満月の夜』というのは珍しい気はするが。
飛び降り、ね。
実際にあったかどうかを調べるくらいはしてもいいかもしれない。
気づけばもう山もトンネルも越え、住宅街に入っていた。
周りにある家々には灯りがつき、夕飯のいい匂いがあたりに漂う。
家まではあと五分ほど歩いたらつくだろう。
家に帰る前に、やることがあるが。
私は横を向いて月乃を見る。
ずっと会話を途切れさせることなく話し続けていた月乃が、私の視線に気づき、立ち止まった。
「つつじ、どうかしたの?」
「もう、いいよ。」
「何が?」
私はまっすぐに月乃の目を覗き込む。
その目に光はなく、どこかどろりとした色をしている。
流石に、家まで連れていくわけにはいかない。
家にフェレスがいるかわからないが、この距離なら多分気づいてくれる。
私は覚悟を決めて口を開く。
「あんた、誰?」