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察するに、あの二人が喧嘩ですぐに物を壊すのは、“物を大切にする”と言う感覚がないからだろう。
あかねは長生きしているから、長い時間の中で物が壊れるなんてことはザラにあっただろう。
大事にしているものでも、気づいたら壊れてしまう。
だから、最初から大切にするのを辞めたのではないか。
どうせすぐに壊れるから。
どんなものもあかねからしたら消耗品に過ぎなくなったのだろう。
メリーさんは、おそらく自我を持ったのがつい最近のことだから、まだ子供のような状態だ。
無邪気に物を壊したり傷つけたりするのが子供というものだ。
だから、“物を大切にする”ことがわからないのではないか。
以上二つが、あの二人がすぐに物を壊してしまう原因ではないか。
そう予想している。
だから私は皿が壊れて一週間、特になんの対策もしていなかった。
したところでどうせ次は別のものを壊すとしか思えなかったから。
「つつじ?」
月乃が心配そうに私を覗き込んでいた。
少し、ぼーっとしてしまったようだ。
「つつじ、大丈夫?」
「大丈夫。突然で申し訳ないんだけど、一個、頼みたいことがあるんだけど、いい?」
「頼みたいこと?いいよ!」
月乃は満面の笑みで引き受けてくれた。
まだ内容も言っていないのに…。
月乃の警戒心の薄さに危機感を覚えつつ、月乃にとある作戦の話を伝えた。
うまくいけば、あの皿クラッシャーたちの被害をなくせるかもしれない。
自宅の玄関前。
私と月乃は最後の打ち合わせをして、しろくまたんのプレートが揺れる鍵で玄関を開けた。
「ただい__」
「おかえりなさいませ!」
月乃が言い終わるよりも早く、メリーさんが月乃に飛びついた。
そしてそのまま一緒にリビングへ入っていったので私もそれに続く。
リビングにはあかねもいて、月乃に話しかけている。
そしてすぐにメリーさんが文句を言い出し、あかねもそれに応じ、五分も言い合っていないうちに、ゴングがなった。
いつもならこのまま喧嘩がヒートアップし、皿が割れる。
しかし、今日はいつもとは違う。
「あかね、メリーちゃん!!」
大きな声で、月乃が二人の名前を呼ぶ。
二人はその声にすぐに反応した。
「月乃様!少々お待ちください!今この無礼者を__」
「誰が無礼者だ!月乃、ちょっと待て。今こいつを__」
反応はしたものの喧嘩は止まらなさそうだ。
しかし、月乃は気にせず続ける。
「喧嘩はやめて!やめないとお土産あげないよ!」
「「お土産?」」
あかねとメリーさんは『お土産』と言う言葉に動きを止めた。
そう、それが私の作戦、題して『月乃からもらったものなら大事にするよねきっと』作戦だ。
作戦の内容は、私が買っておいた二人専用のお皿を、適当な理由をつけて月乃から二人に渡してもらう。
そして月乃に『大事にしてね』とでも言ってもらえば、二人も皿を大事にするはずだ。
そうすることで二人も多少は物を大切にすることも覚えるはず。
それを覚えさせたら、同じように家のものも大切にするように月乃に言ってもらう。
そうすれば家のものも壊さないだろう、と言う作戦だ。
一つ変更があるとすれば、当初は皿を渡すつもりだったが、皿の代わりに月乃が今日二人のために買っていたという狐の小さい人形になったことくらいだ。
「そう、お土産。ちょっと待ってね。」
月乃はカバンの中をゴソゴソと漁り、人形の入った小さな紙袋を取り出した。
小ぶりの紙袋には可愛らしい桜の模様が入っている。
「はい。こっちがあかねの。で、こっちがメリーちゃんのぶん。」
そう言って二人に小袋を手渡す。
二人は恐る恐るといった感じで小袋を受け取っている。
まるで王様から褒美をもらった家臣のようだ。
さっきまでの喧嘩の威勢はどこへやら、二人とも神妙そうな顔をしている。
「あ、開けていいのか?」
「うん、いいよ。」
二人はまた恐る恐ると言った感じで袋を開けた。
中からは可愛らしい狐の人形。
思っていたよりも愛嬌がある。
「どう、かな?」
月乃はやや自信なさげに二人を見る。
二人はというと、
「とても可愛らしいですわ!」
「ああ。」
メリーさんははしゃぎ出し、あかねはじっと人形を見つめ続けている。
二人ともよほど嬉しいのか、紙袋まで丁寧に折りたたんでいる。
「大事にしてね。」
「「もちろん(だ)(ですわ!)」」
これは、効果が期待できそうだな。
喜ぶ二人を傍目に私はほくそ笑む。
この調子でいけば、我が家の皿が割れなくなる日も近い。
「つつじ、はい。」
突然、月乃が私の前に小さい紙袋を差し出してきた。
なんだ?
「つつじにも買ったんだぁ。」
はにかむような笑顔で紙袋を差し出しながら告げられたその言葉に、一瞬思考が止まった。
え?
なんで?
日本語が理解できない。
ぱぁ?
私は今間抜けな顔を晒しているだろう。
そんな私をみてから、月乃が恥ずかしそうに続けた。
「じ、実は、一回、お揃い、っていうのをやってみたくて……。」
そういうと、月乃はもう一つ人形を取り出した。
こちらには紙袋はついておらず、人形が剥き出しの状態だった。
「お揃い、私がいなくても成り立つよ?」
月乃、あかね、メリーさん。
十分お揃いは成り立つだろう。
なぜ私が頭数に入れられている。
「月乃様のご好意を無下にするおつもりですか!?」
メリーさんがなんか言い出した。
しかし、受け取ってもいいものなのかわからない。
「もらっとけば?つつじ。」
「うわぇぃい!!??」
思わず変な叫び声を出してしまった。
いつの間にか、フェレスが背後にいた。
フローリングの上に指先だちしている。
「あ、フェレス。どうぞ。」
月乃は至って冷静にフェレスにも先ほどとおなじ紙袋を渡した。
フェレスの分もあるのか。
一体いくつ買ったんだろう。
紙袋を見る限り、あれは『桜狐堂』と言う雑貨屋の商品だろう。
桜に狐で『おうこ』と読む雑貨屋で、値段が高いことで有名だ。
しかし、その値段に見合う雑貨しか扱っていないので人気は高い。
そんな高い小物たちを買うお金はどこから出たんだ?
シガンさんかな?
「ありがとう。ほら、つつじ。」
月乃に再度促されて、ようやく私は紙袋に手を伸ばす。
「つつじ、開けてみようよ。」
フェレスがノリノリで開封を初めてしまった。
しょうがない。
受けっとってしまったのだし、ありがたくもらうことにしよう。
袋を開けると、紫色の目をした狐が出てきた。
「これって、一匹ずつ色が違うの?」
「そうだよ。」
よく見ると、白い毛の毛先や耳の先っぽの方も紫がかっている。
フェレスは狐色をした地の色に、黒い目と毛先。
三人の人形も見せてもらうと、
月乃は白地に赤い狐。そして赤い前掛けをしている。
あかねは狐色の地に赤い狐。同じように赤い前掛け。
メリーさんは白地に桃色の狐。桃色の前掛けをしている。
この前掛けは、三人の狐にしかついていなかった。
代わりに私とフェレスの狐は顔に化粧のような模様がついている。
「ちなみに、シガンさんのは白地に青。ヒガンさんのは黄色に青だよ。」
あの人たちの分も買ってたのか…。
総額はいくらぐらいになるのだろう。
桜狐堂にも比較的やすいものもあるだろうが、これだけ買ったらそれなりにするはず…。
考えるのが恐ろしくなってきたので値段について考えるのはやめた。
どれだけお揃いがしたかったのだろうか。
いや、友達いなかったのかな…。
「そんな憐れむような顔しないで!」
「あ、やっぱり友達いなかったんだ…。」
「………。」
月乃は言い返そうにも言い返せない、みたいな顔をしている。
やはり友達はいなかったらしい。
「そういうつつじも友達いないでしょ。」
「いたよ。普通に。」
ただ学校が違うからあんまり会えないだけで、いないわけではない。
決して、いないわけではない。
そのまま友達がいるかいないかから妖って友達とかいう関係性があるのかとか最終的にはなぜか狐って可愛いよね、と言う結論が出て、ようやくひと段落ついた頃にはすっかり一日が終わりかけていた。
明日は学校。
面倒でしょうがないが、行かないわけにも行かないのでそろそろ自室に引き上げようと思い始めた頃。
ソファにいたはずのしろくまたんが見当たらなかった。
「ねぇ、誰かここに置いてあった人形知らない?」
ちょうどリビングには全員揃っていたので聞いてみる。
あの人形は私が生まれた瞬間から私のものだったから、愛着がある。
物心ついた頃から一緒に寝ていたせいか、しろくまたんがいないと少しだけ寝つきが悪くなるくらい。
「んん〜?みてないよ。」
「僕も知らない。」
月乃とフェレスは心当たりなし、か。
となると知っている可能性があるのは……。
とても嫌な予感がする…。
「わたくし知っていますわ!」
元気よく知っていると言ったのはメリーさんだった。
そしてほめろと言わんばかりのドヤ顔で言った。
「ちゃんと後始末をしましたわ!」
「「「後始末?」」」
あかねとメリーさん以外の声が重なった。
メリーさんはドヤ顔でドレスの裾を翻しながら言った。
「月乃様がお出かけになった後、ソファに置いてあったわたくずをあかねがぐちゃぐちゃにしたので、わたくしが片付けたのですわ!」
「おい!わたくずを最初に千切ったのはお前だろう!そもそも、片付けだって分別もせずに捨てようとするし!」
私は二人の話を最後まで聞かずに近くにあったゴミ箱を除いてみる。
____あった。
ゴミ箱の中には、ビニール袋に入った綿と布があった。
「………。」
「つ、つつじ?」
「二人とも、一回ストップ!!」
リビングにしろくまたんを置いたのは迂闊だった。
いつ壊されるかわからないのにソファの上に人形を置いておくのは、よくなかった。
私は布とわたを見比べる。
__布は縫い直せば元に戻りそうだ。わたも、少し追加すれば元通りになるだろう。
人形のお直しをしてくれるところに頼めば、元に戻る。
私はそう結論付けた。
怒りや悲しみは、湧いてこなかった。
「私、もう寝るね。」
「待ってっ。」
月乃が何か言っていたが、めんどうだ。
もう今すぐ寝てしまいたい。
今日はベッドに入ってすぐに寝てしまった。