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紫アザレアが察するには  作者: こたつ
黄緑の奇術師
30/133

25

ガッシャーーーン!!!!!


「うんぇえ…?」


とんでもなく大きな音で私は目を覚ました。

時計を見ると、朝九時。

今日は月乃との同居がスタートして一週間と一日がたった、日曜日。

月乃は普通に学校に行き、うまくやってたなぁ。

なぜかそんなことが頭をよぎる。

まだ寝ていたい。

三度寝をしたいところだが、流石に音の出どころくらい確認しておいた方がいいだろう。

私はしろくまたんの人形を手に持ってのそのそと起き上がる。


さっきの音で、先週のあかねとメリーさんが作ったという私がこの世で嫌いな食べ物ランキングトップ2がふんだんに使われていた夕飯が思い起こされた。

あれは最悪だった。

何せみんな幸せそうにしてるもんだから『私鯖とセロリ死ぬほど苦手』なんて言えず、結局週に二、三回は鯖かセロリを食卓に並べさせられる始末だ。

地獄でしかない。

しかもその料理が作られる過程で私のしろくまたんの皿が月乃達のせいで全て割られた。

私の皿、全部。

しろくまたん……。


しろくまたんを悼みながら音の出所__リビングに向かう。

リビングではズッコケ三人衆が何かの破片を片付けている。

またなんか割ったのか。

もううちに割れるものはないと思う。

そもそも何をどうしたら一日二、三枚皿が割れるのだ。


「あ…つつじ…。」


いち早く私の存在に気づいた月乃が決まりの悪そうな顔でこちらを見る。

怪我はなさそうだ。


「今度は何割ったの?」


もうしろくまたんの皿はないぞ。


「コップ……」

「…………。」


破片をよく見ると、白い生き物が描かれていたのがわかる。

……しろくまたんだ。

つまり、私のコップ…。


「片付けといてね。」


それだけいってさっさと部屋を出る。

行き先は自室。


あいつらはしろくまたんに恨みでもあるのだろうか?

あれまぁまぁ高いぞ。

私は心の中で悪態をつきながら着替えて顔を洗って身支度を整え、リビングに戻る。


「私買い物行ってくるね。」


まだリビングで割れたコップの処理をしている三人に声をかける。

フェレスは朝から見ていないので多分家にいないだろう。


「どこ行くの?」

「デパート。」


皿は割れてもまだいくつか替えがあるが、コップには変えがない。

あるのは埃をかぶったワイングラスとマグカップだけだ。

それも、棚の奥の奥にあるため取り出すのはとてもめんどくさい。

となると残る手は買いに行くしかない。

ついでに皿も買ってこよう。


「わたしも行きたい!」

「一人で行って。」


何が悲しくて皿を割った張本人の一人と皿を買いに行かなくてはならないのだ。

それに、店の皿を割られても困る。

だが、やはり月乃過激派の二人からは殺気が溢れ出していた。


「一緒にいきゃいいだろ。」

「そうですわ!せっかく月乃様が一緒に行ってくださるとおっしゃっているんですから!」


ギャーギャー言い出した二人はめんどくさい。

皿を割ったことに対して私が苦言を呈した時もこんな感じで手がつけられなかった。

私は大きなため息をつく。


「わかった、わかった、一緒に行けばいいんでしょ、行けば。」

「__!!ありがとう!」


月乃はパァぁぁという効果音がつきそうな笑顔を浮かべてついてきた。

片付けはいいのかと思ったが、まぁいいのだろう。

諦めて家の外に出る。


まだ五月とはいえ、日中の日差を舐めてはいけなかった。


「じゃあ、私食器買ってくるから、好きな店見てて。」

「わかった。終わったらここにいるね。」


デパート内部で月乃と別れた後、食器を扱う店に入る。

本当ならしろくまたんのコップや皿が欲しいところだが、しろくまたんグッズはなかなか売っていないのだ。

大人しく無地の皿と使いやすそうなコップを選ぶ。


「あれっ、つつじちゃん?」


突然の声に、私はびくりと肩を振るわせる。


「やっぱり、つつじちゃんだ!」


声の主は、クラスメイトの、赤井崎あかいざき 莉衣風りいふという女子生徒だ。

私は内心ゲッ、と思ったが、顔には出さず笑顔を作る。


「赤井崎さん。」

「わぁ!すごい偶然だね!一人?」

「いや、つ」

「あたしはお母さんと来たんだ。何にかいにきたの?あたしは今日発売の__。」


始まった。

私は早口で話し続ける赤井崎を引き攣った笑みで見ながら辟易としていた。

おとなしそうな顔立ちをしている女子高生、赤井崎はなぜか入学式の日から私に絡んでくるのだ。

こうして話しかけてきてはマシンガントークを繰り広げる。

それだけでも迷惑なのに、


「ねぇ、これ可愛いと思わない?どう?」


赤井崎はいつの間にか手にとっていた箸置きを手に私を見ていた。


「いいんじゃない?」

「でもこれ、ちょっと渋くない?」


ならなぜ聞いた。

じゃあ最初から可愛いなんていうなよ。


「つつじちゃん、なんか最近面白いことあった?」

「え〜と、…」


急に無茶振りされても返せるか!

なんとか適当なことを絞り出すと今度は、


「へぇ〜、、、それ、すっごく面白いね!。」


棒読みである。

こうなることはわかってたんだから最初から聞くなよ。

赤井崎はもうマシンガントークを再開していて、私が口を挟む隙なんてない。


だから嫌なのだ、この人と話すのは。

マシンガントークをひたすら続け、時折とってつけたような質問を挟んできたと思ったら話は通じないわ無茶振りしてくるわで会話にならない。

極めつきはその雰囲気。

赤井崎がもつ雰囲気は、いかにも『弱い人』というものだ。

気弱そうで、何か文句ひとつ言おうものなら泣かれて文句を言った方が悪い、という結果に終わりそうな雰囲気。

簡単に言えば悪意がないのだ。

このマシンガントークも、『人と話すの苦手なんだな。』と察しがついてしまって、文句が言いづらい。

つまり、黙って話させておくしか道はない。

文句を言おうものなら、間違いなくこっちが悪者扱いされる。


「私この後待ち合わせがあるから…」


なんとかマシンガントークの隙間に言葉をねじ込むが、


「へぇ〜、そうなんだ。あっ、これ見て__」


もう移動したい、という言葉の意図に気づいてはくれなかった。

この時点で私は作り笑いを辞めた。




解放されたのは、それから数十分後だった。

赤井崎の母親が赤井崎を迎えに来なかったらあの時間は無限に続いていたと思う。


「最悪だった……」


もう二度と顔を見たくない。

そしてもう食器を選ぶ元気もなかった。

私は適当に皿とコップを選んで会計を済ませ、月乃との待ち合わせ場所に移動する。

げんなりしながら待ち合わせ場所に到着。

周りを見渡して月乃を探す。

本当は五分かそこらで終わらせるつもりだったが、赤井崎のせいで想定の倍以上の時間と労力が費やされていた。

もう月乃が待っていてもおかしくない…というか、待っているだろう。

月乃は買うものが決まっていたらしいし、もう買い終わっているはずだ。

おっ、いたいた。


「つき___」


言いかけたが、最後まで言葉を発しきれなかった。

私の背中を冷たい汗が滑り落ちる。


月乃は私から横顔が見える位置に立っている。

注目すべきはその背後。

“いる”

真っ黒な毛に体が覆われ、真っ赤な和傘のようなものをさした、“何か”。

かなり目立つその姿に、デパートにいる人間は気づいていない。

月乃自身も、気づいてはいないようだった。

しかし、狙いは確実に月乃だ。

ぴたりと月乃の背後につき、月乃を見ている。

やばい。


なるべく早足で月乃に近づく。

あと数メートルというところで、“それ”は動いた。

口らしきものを開き、顔を近づけ、何かを月乃に囁く。

今日は厄日か!

この時、私は走り出していた。

月乃は驚いたように振り返り、口を開きかける。


「あ__」

「月乃!ごめん、まった?」


私は大きな声で話しかけ、月乃が言いかけた言葉を無理やりかき消す。


「え?つつ_」

「あ!今日予定あるんだったね、早く帰ろう!」


月乃の手首を掴み、早足でデパートを出る。

この間は月乃が何か言う前に私が大きな声でかき消した。

黒い“それ”が見えなくなるまで、ずっと。

幸い“それ”は追いかけてくることはなく、色のない目で月乃を見つめているだけだった。


「もう、いいか。帰るよ。」


私は月乃の手首を離して横に並ぶ。


「つつじ!なんなの!急に話しかけられたと思ったら急につつじ出てきて!?意味わかんないんだけど!」


月乃は驚きと戸惑いを足して二をかけたような顔をしている。

私は前を向いたまま“あれ”について説明することにする。

“あれ”は、シガンさんから聞いたことがある怪異だった。


「あの怪異は、話しかけられても返事をしちゃダメな怪異。名前とかは知らないけど、特徴としては、黒くて、『清らかで美しい心』を持つ人間に話しかける。そして、返事をすると、心を持っていかれる。」


私はなるべく端的にあの怪異を説明する。

と言っても、全部シガンさんの受け売りだけど。

あのままだと、月乃は心を持っていかれていた。

『心を持っていかれる』と言うのがどういった状態を指すのかは知らないが、取られて良いことはないだろう、きっと。

月乃は言葉を失ったように唖然としている。

先程までは何か文句がありそうな雰囲気だったが、流石に何も言えなくなったんだろう。


「何かまだ買いたいものでもあった?」

「うん…。」


それは申し訳ないことをしたかもしれない。

もう買い物は終わったと思っていた。

ならばデパートに戻ろうか。

今戻ったら“あれ”はいるだろうか。

月乃に戻った方がいいかどう尋ねると、大丈夫!と返ってきた。

そして、


「今日は、つつじに、お団子奢りたくって。」

「なんで?」


思わずマジトーンの声を出してしまった。

団子を奢られるようなことしてないぞ。


「ほら、前に奢ってくれたから。」


してたわ、団子奢られるようなこと。

そういえば先週奢った気がする。

ただ座って話をするのも目立つ気がして小道具として団子を買ったのだった。

だが、奢ったのは一回きり。

しかも、100%自分のため。

奢ってもらうのはかなり申し訳ない。


「あと、つつじに、謝りたくて。お皿、何枚も割っちゃって、コップも…。」

「あれ、ほとんどメリーさんとあかねの喧嘩が原因でしょ。」


皿が割れているのは主に月乃のことであの二人が喧嘩を始めるからだ。

月乃はそれを止めようとしているが止められず、毎回皿が犠牲になっていることを、私は知っていた。

皿のことは、月乃が謝ることではない。


「うん。そうなんだけど、でも、二人のことも、わかってあげてほしくて。その話を、お団子食べながら話したかったんだ。」

「二人のこと?」

「うん。二人とも、物を壊しちゃうことに、悪気はないの。ただ、二人はちょっと、ううん、すっごく、不器用で、力が強くて…それで、壊しちゃうの。いつも、謝るように言うんだけど、聞いてくれなくて。だから、せめて悪気がないことだけでもわかってほしくて…」


なんか、子育て中のお母さんみたいだな。

私が抱いた感想はそれだけだった。

いうことを聞かない兄妹のお母さん。

そんな感じだ。

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