番外編3 つつじ編 中編
「なんだ、月乃か。
おかえり。」
月乃は下を向いたままこちらを見ない。
だが、気にせず続ける。
「台所に月乃とあかねの分の昼ごはん用意しといたから、食べとい」
「ちょっと!あなた、昨日月乃様に失礼なことを言ったわね!!」
突然話を遮られた。
「許せませんわ!」
そうほざいているのは、小学生くらいに見える子供だった。
性別は女装をしていなければ女性だろう。
子供は金髪碧眼で赤いドレスのような、ワンピースのような服をきている。
「どこから拾ってきたの…?」
月乃が誰と何をしようがどうでもいいが、うちに連れて来られるのは非常に困る。
これ以上人が増えるととてもではないがうちでは場所が足りない。
両親の部屋を占拠すれば話は別だが。
「ハァァ!?拾ってきた!?なんて言い草でしょう!昨日はあんなにわたくしに怯えていたのに!月乃様がいなかったら死んでいたくせに!」
昨日…。
もしや、いや、そんなはずは…。
私は目の前にの子供の正体についてなんとなく察しだしていた。
昨日私が怯えていた相手なんて、一つしかいない。
「___メリー、さん……。」
これが?と言いたいところだが、他に思い当たらない。
それに、メリーさんなら月乃を様付けで呼ぶことにも幾らか納得がいく。
「そんなことより、いつまで月乃様を外で待たせるなんてどういうおつもり!?大体___」
どういうことだ。
昨日の夜までは人形だったはずなのに。
「そいつは、今日の朝急に動き出した。今のところ害はない。」
あかねが平坦な声でいう。
月乃は何も言わなかったが、かろうじて首を縦に動かした。
あかねへの同意だろう。
というか、なぜ月乃とあかねは受け入れ態勢なのだろうか。
普通もっと取り乱さないか?
私はちょっと、いや、かなり受け入れたくないのだが。
なんか若干頭が痛くなってきた気がする。
私は眉間を指で押さえながら声を絞り出した。
「……とりあえず、中にあるご飯食べてて。話は、そのあと…。」
三人は無言で中に入っていった。
月乃に至っては一度も口を開かなかった。
面倒ごとの気配がしてならないのだが。
「つつじ、大丈夫?」
フェレスが同情のこもった声で聞き、なぜか私の頭の上に乗った。
なぜ乗った。
なんの慰めにもならないぞ。
「怪異って、人の形になれるもんなの?」
私はシガンさんの家こと純和風邸宅のポストを漁りながら聞いた。
お、あったあった。
「多分、あの人形が元々人型だったからだと思うよ。詳しいことは聞いたほうが早いけど…。」
「三人とも、機嫌悪そうだったよねぇ…。」
月乃は終始何も喋らなかったし、あかねもテンションが低そうだった。
間違いなく、月乃の家で何かあったのだろう。
大方予想がつかないわけでもないが……。
さっき月乃は手ぶらだった。
つまり、何も家から持ってきていない。
わざわざ出かけていった以上何か持ってきたいものがあったのだろうが、何かしらの理由で持って来れなかったのだろう。
それの原因となった“何か”に対してあの二人はキレている。間違いなく。
「はぁ。」
玄関前に立つと、自然にため息が漏れた。
「入りたくない…。」
「観念しなよ。どうせ今後一緒に暮らさないといけないんだから。」
フェレスが痛いところをついてくる
確かに今後もこういうことがあるかもしれない。
私の予想では、おそらく今家の中はギッスギッスしているだろう。
主に怪異二つの殺気で。
こんなことが続いてたまるかとは思うが、今はそんなことを言っている場合ではない。
そろそろ家の前を通る人からの視線が痛くなってきた。
そろそろ入らなければ。
でも入りたくないな。
「はぁ。」
私は意を決してそ〜〜っと玄関の扉を開ける。
静かだ。
誰も出て来ないのを確認してソロソロと扉を閉める。
靴を脱いで、コソコソと階段を登る___
ガッシャーン!!!
突然の爆音に階段から足を踏み外しそうになる。
危なかった…。
私の心臓がバクバク言っている間にも、リビングからは声がしていた。
「月乃!!大丈夫か!?」
「月乃様!?」
「……。」
…私は無言で半分ほど登った階段を降りた。
そして廊下とリビングを繋ぐ横引きの戸に手をかけ、開けた。
リビング…いや、台所のほうか。
台所の床に、皿が散乱しているのが見えた。
しかも、一枚や二枚ではない。
戸棚の重ねてあった皿を全て落としたようだった。
かなり派手にやっている。
その皿の破片で手を切ったらしく、あかねとメリーさんがオドオドとしている。
だが、ここから見る限り月乃の手に赤色は見えない。
遠目とはいえこの距離で見えないのなら大した怪我ではないだろう。
私は心を無にして脳内買い物メモに『皿』と書き加える。
「__フェレス、箒と塵取り持ってきてくれる?」
「わかった。」
私はフェレスに指示したあと、まだ私の存在に気づいていない三人に近づいて声をかける。
「三人とも。皿の破片を踏まないようにリビングに行ってて。皿の後処理と昼ごはんの準備はやっとくから。」
「そんなことより、月乃様がお怪我をなさったのですよ!?」
メリーさんはヒステリックに喚いているが、指の先がほんの少し切れているだけだ。
騒ぐほどのことじゃないし、もう血も止まっているように見えるし、多分放っておいても大丈夫だと思う。
「絆創膏はそこの棚の一番上にあるから好きに使って。」
「なんて冷たい人なんでしょう!?」
メリーさんがまた騒ぎ始めたが、面倒なので無視を決め込む。
本当なら皿の片付けも昼食の準備も自分たちでやってほしい。
しかし、さっきから虚に自分の指先を見ているだけの月乃も、月乃のけがで取り乱している怪異二人も役にはたたないのは目に見えている。
ようやく三人がリビングへ移動した後にゴミ袋を用意し、破片を軽く集める。
私の手には包帯が巻かれているので破片に触れても怪我をすることはない。
じゃんじゃん手で拾って集める。
「つつじ、ほうきとちりとり持ってきたよ。」
「ありがと。」
器用に片手で箒と塵取りを持ってきたフェレスにお礼を言って受け取る。
さっさと破片を集め、なんちゃって炒飯をチンする。
スプーンを三つと、生き残りの皿から一つ適当なのを取って温め直された炒飯と一緒にリビングに持って行く。
「一時には買い物に行くから、準備しといてね。」
何があったかは知らないしどうでもいいので詮索するつもりはないが、予定だけは立てさせてもらう。
そうしないと買い物にいけない気がする。
「お前……!」
なぜかすごい形相であかねに睨まれている。
ついでにメリーさんはずっと文句を言い続けている。
なぜだ。
何がいけなかった。
結構気を遣ったつもりだったんだけどなぁ。
皿の片付けもしたし、ご飯まで作って温め直すところまでやったし、ほとんど月乃のための買い物の予定も私がたてた。
私にしては気を利かせているほうだ。
いや、あれか?一時から買い物は早かったか?
それとも予定に関しては月乃に決めてもらったほうがよかった?
それとももっと月乃を心配しろとかか?
ぐるぐると自分の失態について考えてみるが、わからない。
もう考えても仕方ないかもしれない。
私は昔から察しが悪いと言われてきたのだ。
これはもうどうしようもできない。
あかねたちに直接聞いてみてもいいが、経験上あまり率直に聞かないほうがいい。
聞くと余計機嫌が悪くなって口を聞いてくれなくなるからだ。
私は今度こそ階段を上り切って自室に戻る。
それなりに物が散乱しているが、居心地はいい。
そういえば、皿代、どこから出そうか。
ふとそんなことが頭をよぎったが、無視してベッドにダイブした。
「つつじ、大丈夫?」
流石に無言ベッドダイブは疲れていると思ったのか、フェレスが珍しく労いとも取れそうなことを言う。
全然大丈夫ではないが、フェレスにあまり気を使わせたくない。
とりあえず会話をしよう。
「そういえば、あかねもそうだけど、妖って人間臭いよね。やっぱり人間と怪異のハーフみたいなもんだからなの?」
フェレスとの会話で怪異関係以外の話題が思いつかなかった、と言うのがこの話題を選んだ理由だが、それとは別に聞きたいことでもあった。
実は、妖に属する知り合い、と言うべきなのかなんなのかはわからないが、そんな感じの相手が一人いる。
その一人とあかねは、怪異の中では異質の存在だ。
なぜなら、怪異には基本『自我』がない。
例えば、『場所』そのものが怪異の場合。
堤防が延々と続いたり、なぜか家に帰れなかったりするのがこれに当たる。
例えば、半自立型の怪異。
自我のある怪異のように明確な思考があるわけではないが、『場所』でもない怪異。
人に電話をかけては追いかけて殺す、昨日までのメリーさんがこれに当たる。
「多分、そうだね。
妖は大体人と関わって生きて来てるから。
他の怪異と違って、昔から妖は人間を好む傾向にあるからね。
食べるにしても、遊ぶにしても。」
しれっと怖いことを言っている。
人間=おもちゃ兼おやつ感覚で関わってきていたのか。
私がなんともいえない思いなのを察してか、はたまた話はまだ途中だったのか、フェレスがまた話だす。
「もちろん、食べ物、おもちゃ以外の関係にもあった妖はいるよ。
人間と恋したり、結婚したりね。
だから、人間の血筋に妖の血が入ってたりもするよ。
で、先祖がえり的な事がたまに起こると、シガンとヒガンみたいなのが生まれる。
いわゆる、生まれつき怪異が『見える』人だね。
あの二人はかなりレアケースだけど。」
「じゃあ、案外、妖の血筋じゃない、純粋な人間って少ないの?」
「いや、むしろほとんどの人間に妖の血は入ってないよ。」
「なんで?」
「妖の血が入った人間の一族は、体こそ人間でも、価値観とか考え方とかが妖よりになるんだ。
要は人間とは根本的に違う行動理念で動く。
そうなると、昔の小さなコミュニティの中では当然孤立したり追い出されたりする。
人間はほぼ絶対に何かしらの集団に属して暮らすよね?だから、追い出されても生きていく術を持つ一族か、集団の中に溶け込む術をもつ一族だけが生き残る。
その生き残った一族は非常に少ないんだ。だから現代まで生き残ってる血筋なんてほとんどないの。
その代わりと言ってはなんだけど、妖の性質は色こく残る。」
要は、全員一緒が好きな日本人らしい発想によって淘汰されたから今はほとんど残っていない、と。
国民性を感じなくもないが、集団から追い出されるレベルの価値観の違いってなんだろう。
「つつじ、他人事みたいな顔してるけど、つつじの血筋には鬼の血が入ってるからね。」
「え?」
さっき妖の血筋なんてほとんどいないと言ったばかりなのに?
「その感じだと自覚はなかったんだんだね。」
むしろなぜ自覚があると思ったのか。
こちとら一般凡人JKだぞ。
「つつじに入ってる鬼の血は、『楽しい』に重きを置くようになる。」
楽しい、ねぇ。
「あんまりピンと来てなさそうだけど、つつじは割とそう言うとこあるからね。」
あるかねぇ?
楽しくないぞ?
学校も勉強も放課後の図書準備室も。
客観的にみたら楽しそうに見えるのか?
いや、重きを置くだけだから実際に楽しいわけではない?
なんだかこんがらがってきた。
「あと、つつじには当てはまらないけど、常に空腹感があるらしい。」
「空腹感?」
私は馬鹿みたいにフェレスの言葉を鸚鵡返しにする。
「そう。鬼は人間をおやつ扱いする妖No. 1だからね。だから人間の体とあんまり相性が良くないみたい。何を食べても、どれだけ食べても満たされない。人によって差はあるけどね。現につつじはご飯抜いたりしてるし、ないでしょ?空腹感なんて。」
空腹感か…。
あんまり意識したことがなかった気がする。
食べても食べなくてもあまり違いはないのだ。
「あと、…」
楽しくなって来たのか、フェレスが補足しようと何か言いかけたが、不自然に言葉を止めた。
「どうしたの?」
「つつじ、時計。」
とけい?
私はフェレスから机のデジタル時計に目を向ける。
ただいまの時刻は十二時五十分すぎ。
「やばっ!」
話しすぎた!
私は大急ぎで髪を結んで鞄に大きめのエコバッグをいくつか詰め込み、財布も突っ込んだ。
「行って来ますっ。」
「行ってらっしゃい。」
フェレスに行って来ますをしてから部屋を出て一階に行く。
リビングでは準備を終えた月乃が待っていた。
「いける?」
「大丈夫。」
短く会話を交わし、二人揃って家を出た。