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紫アザレアが察するには  作者: こたつ
赤紫の親睦
25/133

番外編1 月乃編 前編

【月乃視点】

何故か、つつじの家に住むことになってしまった。

あの家に帰るよりはずっと良い。

ずっと良い、のだが…。


「つつじのことは気にせんでええからな。」


わたしの内心を察してか、シガンさんが優しい声で話しかけた。

ちなみにつつじは布団やらなんやらの準備をしてくると言って、手…ふぇれす、って言ってたっけ……と一緒に家の奥に消えていった。


「でも、つつじは、本当に嫌そうだったし……」


そう、さっきから心のどこかに引っかかっているのは、つつじのことだった。

わたしの知るつつじは、常に笑顔で、何にも臆さずに、怖いものなんて一つもないような人だ。

現にわたしをいじめていた人たちのことなんて微塵も怖くなかったと思う。

ほんの数日間同じ教室にいただけで何を知ったようなことを、と言われるかもしれない。

それでも、つつじは間違いなく『強い』人だ。

でも、今日のつつじはわたしの知っているつつじではなかった。

だって、あんなに無表情なつつじは見たことがない。

いつもニコニコ笑っていて、本を読んでいても、声を掛ければ笑顔で話をする。

そんな人が、笑っていなかった。

トンネルから帰ってから、いや、わたしと放課後に話をした時から。

___もしかしたら、つつじの笑顔をわたしが奪ってしまったのではないか。

そう考えつくのに、そう時間はかからなかった。

もしそうなら、わたしがつつじと一緒に暮らすわけにはいかない。

そうでなくても、つつじには迷惑をかける。

やはり、断るべきだろう。

そう思い、口を開こうとしたが、あかねの声に遮られた。


「あんなやつ気にすんな、月乃。」

「でも…」

「お前が不安になるのは、分かる。

 “色々”、あったんだろ。」


“色々”。

その言葉の中身が、走馬灯のように重く私にのしかかってくる気がした。


家に帰っても、何もない。

食べるものも。

着る物も。

何もない。

父の怒鳴り声。

母の喚き声。

機嫌の良い時にだけ見せた、笑顔。

いつしかなくなった、笑顔。

幼い頃、どうしても欲しかった、両親の『関心』。

不機嫌にさせてはいけない。

余計なことをしてはいけない。

私を必要だと言って欲しい。

全部、無駄だってわかってるのに。

そんな家にいなくてもいい高校。

そこも、家となんら変わらないことを知った。

誰も、味方なんて、いなかった。

助けてはくれなかった。


「でも、」


あかねの言葉に、いつの間にか下を向いていた顔を無理やり持ち上げた。

綺麗な赤と目が合った。


「でも、今は、俺がいる。俺は、誰にもお前を傷つけさせない。だから、大丈夫だ。もう、一人じゃない。これからは、俺が守れる。だから、大丈夫だ。」


ひとりじゃない。

一人じゃない。

それは、どんなに頼もしいことだろう。

あかねは、真っ直ぐにその瞳で私を見つめている。

ふっと、気づいた。

まるで春風のようにふんわりとした気づきだった。

そのこちらを慈しむような優しい眼差しは、わたしがずっと欲しかった物ではないか。

わたしの目を見てくれて、話を聞いてくれて。

わたしをこうして慰めてくれて。

それは、わたしがずっと居もしない誰かに求めていたものだ。


そうだ。

わたしは、怖かったのだ。

わたしは、つつじに拒絶されるのが怖かった。

今までのように、一切の関心を向けられなくなり、避けずまれて一人になるのが怖かった。

だから、つつじにかかる迷惑を言い訳にしてつつじの望む通りに、同居を断ろうとした。

本当は、あの冷たい家に帰るのが、嫌だったのに。

それでも、つつじに拒絶されて学校でも、家でも一人になることが怖かった。

わたしが欲しかった、求めていた『誰か』は、私の隣にいてくれたのに。

あかねは、トンネルからずっと、わたしの隣にいてくれたのに。

わたしを守るために、離れたのに。

気が付かなかった。

わたしはひとりじゃないって、気づけなかった。

あかねの優しさに、気づけなかった。


スッと、波がゆっくりと引いていくように、心の引っ掛かりは、どこかにいってしまった。


「ありがとう、あかね。」


わたしはあかねにお礼をいって、シガンさんに向き合った。


「同居のことですが、やっぱり、お願いします。」


私は勢いよくシガンさんに頭を下げる。


「俺は最初っからそのつもりや。頭なんて下げんでええから、顔上げぇ。」


わたしはそっと顔を上ると、シガンさんと目が合った。

シガンさんは目が合うと少しだけ笑ってくれた。

優しい。

シガンさんはインテリヤ○ザのような見た目とは裏腹にかなり優しいと思う。

見ず知らずの私を大事な妹の家に置いてくれるというのだし、つつじの説得もしてくれた。

やはりこれが任侠というやつなのだろうか。


「つつじのこと、よろしゅうな。」

「はい!!」


わたしは勢いよく返事をする。

それを黙って見ていたあかねが、口を開いた。


「シガン。」


あかねはシガンさんの方を見ていた。

さっきまでの優しげな表情はどこ絵やら、苛立たしげな顔をしていた。


「なんや?」


シガンさんが静かに応じた。

ここに来た時から、シガンさんは少しあかねを警戒しているように見えた。

特に、わたしとつつじにあかねが近づこうとすると分かりやすくわたしとつつじを遠ざけた。

あかねがわたしとの関係を話してからはだいぶ警戒は薄くなったが。

そのせいか、若干ピリピリとした空気が流れ出した。


「つつじはなんであんなに捻くれてんだ?」


あかねの質問が以外だったのか、シガンさんは拍子抜けしたような顔を開いている。

かく言う私も拍子抜けした気分だった。

あまりにも神妙な顔であかねが質問しているので余計に拍子抜け感が出ている。

さっきまでのピリピリはどこへやら、シガンさんは完全に力が抜けたような顔をしている。


「さぁなぁ。俺もわからへんねん。気がついたら、怪異にあって能力持ちになっとるし、なんやえらいくらい顔しとるし。なんやわからんけど、なんかあったんやろなぁ。昔は、よう笑う子やってんけど。最近はめっきり笑うこともないし。」

「つつじはよく笑ってません?」

「「は?」」


あかねとシガンさんは鳩が豆鉄砲、いや、マシンガンを喰らったと言うような顔をしている。

とにかく、豆鉄砲どころではない衝撃を受けているようだった。


「つつじがよく笑うなんてことがあったら、間違いなく天変地異の始まりやで。」

「でも、学校でよく笑っていますよ?」


あまりの言われようにわたしはフォローの意味も込めてつつじの学校での様子を話した。

__たったの数日しか学校に行っていないが。

話終わると、納得したような顔をしてシガンさんがため息をついた。

そして真顔で言った。


「多分それは、人付き合いが面倒やから適当に愛想振りまいて面倒ごと押し付けられんようにしとるだけやろ。」

「俺もそんな気がしていた。」


なんか、つつじに対するイメージがほとんど壊れた気がする。

というか、もしあれが作り笑顔なんだとしたら相当小慣れていると思う。

それくらい、自然な笑い方に見えた。

作り笑いとは、おもえないくらい。

つつじの素の笑い方は、あれよりも自然でつつじらしい笑い方をするのだろうか。

何故か、そんなことが気になった。


「_____ら。」

「ん?」

「どうやったら、つつじは本気で笑うのかな。」


私のポツリと言った言葉に、シガンさんは軽く目を見開いたようだった。

反対に、あかねは眉根を寄せて不機嫌そうな顔を作った。


つつじと長い付き合いであろうシガンさんが言うなら、つつじが作り笑いをしているのは本当なんだろう。

なら、つつじが本当の、心からの笑顔を見せるのは、どんな時だろう。

どんな顔をして笑うのだろう。

何故か、そんなことが気になって仕方がない。


「なんやぁ!あんさん思っとったよりおもろいなぁ!」

「うわぁ!!!」


突然声と共に、目の前に顔が現れた。

確か、ヒガン、さん、かな?

ヒガンさんはいつの間にかいなくなっていたため、すっかり忘れていた。


「ヒガン、お前、帰っとたんとちゃうんか。」

「なんやおもろそうやったで来てみてん。実際、おもろいもんが見えたしな。」


ふよふよとあぐらをかきながら私の頭上を飛びながら、上機嫌に言う。

何か面白いとこあっただろうか。


「面白いとこなんてあったか?」


あかねが不機嫌そうな顔でヒガンさんに問いかけた。

ヒガンさんは上機嫌に返す。


「おもろいやろ。あんだけつつじに同居拒否られて見捨てられたみたいなもんなんに、見捨てたヤツの笑顔を見たいなんて言うんは。」


そう言ってまたヒガンさんは上機嫌に笑い出した。

そんなに面白くはないと思うのだが。


「別に、見捨てたつもりはありませんよ。」


声は大きくはないが、よく通って聞き取りやすい、落ち着いた声がした。

いつの間にかつつじが、リビングと廊下を繋ぐ扉の前に立っていた。

その顔には、相変わらずなんの表情もない。


「結局、同居ということになりましたし。」


言いながらつつじはわたしの斜め向かいの椅子に腰を下ろした。


「明日午後から必要なものの買い出しに行く。それまでに何がいるか決めておいて。

持ってきたいものがあるなら買い物の前に持ってきておいて。」


持ってくるもの、というのは、家から持ってくるもののことだろう。

あの家にまた帰らなければならないと考えると、憂鬱な気分になる。

そんなわたしを気にせず、つつじは続ける。


「あと、部屋は一階の廊下の突き当たり。一部屋しかないから、妖狐」

「あかねだ。」

「……あかねと一緒か、リビングでどっちか寝て。あと、そろそろお風呂が沸くから、沸いたらさっさと入って。着替えは余ってたパジャマを洗濯機の上に置いておいた。歯ブラシとかもまとめて赤いコップに入れておいておいたからそれを使って。」


テキパキと手際よく必要なことだけを簡潔に説明してくれた。

あんなに嫌がっていたのに、よくこんなに細かいところまで気が回るよね。


「とりあえず説明は終わり。なんかあったらフェレスにでも聞いて。詳しいことはまた話す。お風呂沸いたからさっさと入って寝て。」


とのことなのでお風呂に入ることにした。

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