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紫アザレアが察するには  作者: こたつ
赤い出会い
21/133

21

「そのお人形、壊しちゃうの?」


月乃は、小さな子供のようにフェレスに聞いた。


「そうしないと誰かが死ぬなら、そうするよ。」


月乃の聞き方のせいか、フェレスも子供に言い聞かせるような口調で返した。

……月乃が何をしようとしているのか、なんとなく察しがついてしまった。

どうせ、“じゃあ誰も死ななければいいのね”とか言って説得するつもりだろう。


「じゃあ、誰も死ななければいいの?」


ほら。


「ねぇ、お人形さん。」


やっぱり。


「どうして人を殺すの?」


……どうして、こんなに肝が据わっているのだろう。

予想しておいてなんだが、理解できない。

あのタイミングで人形を壊すかどうか聞いてきたということは、メリーさんを壊して欲しくないということ。

壊されたくないのなら、人形に人を殺させなければいい。

ただし、月乃にできるのは説得くらいだ。

だから、説得したいと言い出して説得し出すと思った。

月乃の行動から、ここまではわかる。

月乃が“どうしたいのか”はなんとなくわかる。

でも、“なぜ”かまではわからない。

なぜ、危険な人形を壊されたくないと思うのか。

そのためにわざわざ危険を犯すのか。

私にはわからない。


「どうして?」


優しい微笑みと共に、月乃がもう一度問いかけた。

月乃は私が考えている間にメリーさんに近づいたようで、二人の間にはもう1メートルの距離もない。

メリーさんが切り掛かってきたら、間違いなく大怪我だ。

運が悪くなくても死ぬ程度の大怪我。


「イッシっょニ…」


メリーさんはギシギシと嫌な音を立てながら、質問の返答とは言えないような言葉を呟いている。

だが、会話はできるかもしれない。

襲いかかってはきていない。


「いッしょに、___カエル。」


メリーさんは包丁を持ったまま、月乃に近づいていく。

一歩近づくごとに、ズリ…ズリ…と包丁が音をたて、ギシッ、ミシッとメリーさん自身も泣き声のような音を奏でる。


「どこに帰るの?」


それでも月乃は、声をかけ続ける。

顔は恐怖で少しばかり強張っているが、目だけは真摯にメリーさんに向け続けている。


「おウチに、カえル。」


いつの間にか、メリーさんの目から流れ続けていた血の涙が、片目だけ、透明な雫に変わっている。


なんで…?


「じゃあ、わたしといっしょに帰ろう。」


月乃が優しく言う。


「___う」

「え?」

「違う!!」


メリーさんは頭を抱え出した。

苦しそうに、何かを必死で探すように。

その両目から、再び真っ赤で濁った涙が滑り落ちる。


「どうしたの!?」


すかさず月乃がメリーさんに近づき、背中をさする。

流石に危ないと咄嗟に考えた私は、やはり月乃が近づくことが不思議でならない。

絶対に私なら近づかない。


「わ、タし、が、イっしょニ、かエりたい、のハ__」


いっしょに帰りたいのは?

誰かとお家に帰りたかったのか?

帰りたい。

いっしょに。

こんな話、どこかで……


___あぁ、なるほど。


先が読めない恐怖、薄暗くて気味が悪いという恐怖、得体の知れない怪異の恐怖。

全てに動揺して、意識的な思考ができなくなっていた。

でも、無意識下で私の脳は動いていてくれた。

考え続けていた。

『メリーさん』という、怪異について。


察するに。

メリーさんがいま、帰りたいと言っている理由は、“ストーリー”のせいだ。

メリーさんという怪談は、本来なら前置きがある。

その前置きは、どうしてメリーさんが電話をかけるのか、ということを説明する、物語形式で語られることが多い。

その内容は、簡単にするとこんな感んじだったはずだ。

【とある西洋人形は持ち主の少女に“メリーさん”という名前をもらい、大切にされていた。しかし、少女が国外旅行に行った時に、メリーさんを忘れて帰国してしまった。メリーさんは、彼女が迎えに来るのをずっと待っていた。


しかし、どれだけ経っても少女は迎えにきてはくれなかった。


だから、自分で探しにいくことにした。

“一緒にお家に帰る”ために。

電話をかけて、探し続けている。】


確か、こんなストーリー。

このストーリーが『空想を現実にする怪異』によってメリーさん自身に組み込まれたのだろう。

だから、メリーさんは『少女』を探し続けている。

おそらく『少女』は存在していないのに。

『少女』が存在していると、『メリーさん』という怪異が成立しなくなる。

『少女』がどこにもいないからこそ、メリーさんは探し続ける。

一生見つからない相手を探し続け、その過程で人を殺す殺人人形さつじんドール


つまり、メリーさんを説得するのは無理だ。

メリーさんを満足させることはできない。


「一緒に帰ろう。」


月乃は変わらずにメリーさんに言い続けている。


「もし、他の誰かといっしょに帰りたいなら、いっしょに探そう。」


見つかる筈はないのに。

どれだけ探しても、存在しないものはみつかりはしない。

それをわかっているのかいないのかはわからないが、その優しい優しい言葉に、メリーさんは納得したのだろう。

満足できたのだろう。


メリーさんの両目からは、とめどなく涙が流れている。

その涙は、どこまでも澄んでいて、なんの混じり気もない、透明だった。

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