136
つつじ視点
「食事会ですか。」
私は飛燕に案内されたキッチンのような部屋で昼食を終え、畳と縁側、やけに古そうな時計がコチコチと良い音を鳴らす部屋にいた。
居間とか縁側とかと名前があるような部屋なのだろうが、生憎、和洋折衷の家の間取りに詳しくない私には分からないが、居心地のいい部屋だと思う。
そんな部屋で、千鳥さんと飛燕の二人に今日の夕食についての説明を受けていた。
「せや。此雅兄と彼雅兄が帰ってきたから、各色の長と補佐、当主とお客で宴会すんねんて。お客はつつじとあの丹の子な。」
「各色の長………という事は、蒼の長も来るんですか。」
わざわざ時間を作って説明している時点で何かしらあるのだろうとは思っていたが、夕飯にグラサンが来るのか。
「そうやな。そやさかいあいつの隣には絶対座らんといて、飛燕か俺の近くに居ってな。一応此雅兄と彼雅兄の近くは避けて、なんかあったら即避難。丹の子はあっちで保護するやろうから大丈夫や。」
「そんなに酒癖悪いんですか?」
避難指示が出るほどの危険があるのだろうか。
宴会で避難て。
毒でも盛られるのか。
「酒癖も悪ければ態度も悪りぃよ。アイツ滅多に酒飲まへんけど。」
「ほんまに。あれで成人してんねんで?」
千鳥さんと飛燕は心底嫌そうな顔をしている。
あのグラサンは相当嫌われているようだ。
「あいつ、酒飲みたがれへん奴にまで酒飲ませようとしてくるしな。しかもイッキで。」
「絶対に自分で酒注がへんしな。本家やからって幅きかせやがって。」
なんか、思っていたよりも細かい苦情が出ているが、やはり人間そう言うところに本性が出るのだろう。
それよりも、お酒か。
私はシガンさんとヒガンさんを思い出す。
あの二人はとうに成人しているはずだが、お酒を飲んでいるところを一度も見たことがない。
今日は飲むのだろうか。
「お酒というのは日本酒ですか?」
「日本酒がメインやけど、それ以外の醸造酒やら蒸留酒、混成酒もあるで。度数も結構色々揃うとってな、一番度数が高いのは日本酒の_______」
私の問いに千鳥さんが指折り数えて細かいお酒の名前も教えてくれたが、お酒の名前どころか大まかな種類すら知らない私はその大半を聞き逃した。
聞きたかった事は聞き終えたのでもういい。
「それがどうかしたん?」
あまりに長くなりそうな千鳥さんの声を遮って飛燕が無理やり言葉を挟んだ。
お酒の話を遮られた千鳥さんは不服そうな顔で飛燕の方を見ていたけれど、睨まれてあっさりと不服そうな顔は残念そうに眉を下げるへにょんとした顔になる。
それはさておき私は飛燕の言葉に答えず、別の質問をする事にした。
別に大したことが聞きたかったわけでもないし、説明はいらないだろう。
「気になっただけです。それより、参加者は各色から二人とシガンさんとヒガンさん、私と月乃だけですか。」
「席があるのはそんだけだな。飯はマヨイガが出してくれる。」
「せや、そやさかいその話をしたかってん。」
さっきまでへにょんとしていた千鳥さんが気を取り直したように会話に混ざり、飛燕は千鳥さんに説明役を譲った。
「うちの宴会は特殊でな、配膳はマヨイガがやってくれるんや。机の上に大皿で出てくるからそれ取り分けるかんじや。」
「飲み物も一緒に出てくるんですか。」
「いや、飲み物は酒も含めて自分でマヨイガに注文せなあかん。口に出して飲みたい物を言うか、紙にでも書いたら出してくれんで。」
そこで飛燕が突然立ち上がり、部屋の隅にあった棚をゴソゴソと漁り出す。
しばらく漁っていると、どこからか紙が一枚、私の膝の上に落ちてきた。
「今、何も無いところから紙出てきましたよね。」
落ちてきた紙を隣にいた千鳥さんに渡しながら紙が落ちてきた天井を見上げる。
千鳥さんは渡した紙を見ながら私の質問に答えてくれた。
「あ〜、マヨイガやな。飛燕に何探してるのか聞きたかったんやろ。」
そう言いながら紙を裏返して私に見えるようにした千鳥さんは、飛燕にも紙を見えるようにしたが、飛燕はまだゴソゴソやっていたので紙を見てはいない。
紙には綺麗な筆文字で探し物は何かと尋ねる文章が書かれていた。
「飛燕、探し物は大人しゅうマヨイガを頼り。」
「ここにあったはずなんだがなぁ。」
千鳥さんの声を聞きようやく手を止めた飛燕は、ため息をついてからマフラーらしきひらひらを翻して部屋の中心あたりの天井を見ながら探し物を口にした。
探していたのは白紙の紙のようだ。
頭上から落ちてきたトランプ程度の大きさと厚みのそれを見事に一発で取った飛燕は、突然それを私の方に投げてきた。
奇跡的にパシッと一発で取れたが、普段の何も考えていない状態の私だったら確実に顔面にスッパァンといっていただろう。
「注文にはそれ使い。夜は袴着てもらうやろうから袂に入れとき。」
「分かりました。」
どうやら私が夜に使うための紙を探してくれていたらしい。
「そういえば荷物が丸々駄目になったそうですが、私の着替えとかってどうなってますか。」
「マヨイガがええ感じに見繕うてくれるから大丈夫や。」
千鳥さんがまたどこからか煙管を取り出して、今度は飛燕に止められることなく煙を吐き出しながら言った。
飛燕には随分と睨まれているが、本人に気にした様子はない。
室内には静かな静寂がむせ返り、この後どうするのだろうと思い始めたところで千鳥さんが静寂を煙でかき消した。
「ほな、夕飯までは適当に過ごしてくれてかまへんから。部屋は多分治ってるから部屋に行ってもええし、この建物だけやったら好きなように移動してええで。」
「袴の着付けはおばぁがやってくれる。いいくらいの頃合いで探しにいくから。」
「分かりました。」
私は素直に頷いて部屋を出る。
色々と考えたい事があるし、一度部屋に戻ろう。
私は部屋に戻るまでの道すがら、頭の中で情報を整理する。
よく考えたら、シガンさんとヒガンさん、月乃と連絡が取れない今、もしも実家や本家の人達が三人に危害を加えていたり軟禁状態にして家から出られないようにしたりしている可能性が無いとは言い切れない。
特にシガンさんとヒガンさんがいるのは本家の力が強いと言う蒼。
二人は長くとも一週間程度で帰るつもりのようだが、それでも引き止められて滞在が長引く前提の話だ。
もとより実家、本家共に二人を帰すつもりがない、少なくともシガンさんとヒガンさんはそう思っている。
その状態で一番厄介であろう蒼にいる二人は大丈夫なのだろうか。
そもそもこの招待を受けたのは、いったい何のためなのだろう。
二人は実家のうちに形をつけると言っていたが、そもそもどうやって形をつけるつもりなのか。
私が二人に着いてきても良いと言われたのは、おそらく私の行動を制限するためだ。
下手に残していくと、また勝手に首を突っ込みかねないから。
月乃を巻き込んで。
下手に自分達の目の届かない所で本家や実家と関わって危険な目に遭うくらいならせめて目の届くところで信用できる人間の手元に置いていた方が安全だろうというのが本音な気がする。
千鳥さんを始めとする藤の人達の事はよく知らないが、おそらくシガンさん達の意を察してその通りに動いてくれるのだろう。
少なくとも二人はそう思っている。
だからこそ私を預けた。
ヒガンさんは分からないが、シガンさんなら間違いなく私も月乃も危険に晒そうとはしない。
月乃だけに限るにならばヒガンさんも。
つまり、二人は私達がいない所で話を、形を付けようとするはずだ。
問題は、私はそれを探るべきか否か。
二人が関与してほしくないであろう事柄には関わりたくはないが、形をつけると言った時の二人の顔が、どうしても頭から離れなかった。




