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月乃視点
わたしはあの和室を出てから、赤系の色を持つ人達が住んでいる場所に連れて行ってもらった。
そこで色々と話を聞く予定だったんだけど……。
「月乃ちゃん、よう似合うてるなぁ!さっすがヨイちゃん!センスええ!」
「ほんまやな。よう似合うてる。」
「我ながらセンスが良いわぁ!」
なぜか可愛い着物を着せてもらって、それを褒めてもらっていた。
いや、なぜこうなっているのかは分かってるんだけど……あっという間すぎてちょっと思考が追いつかない。
わたしは混乱する頭を無理矢理使って十分前の事を思い出した。
十分前、わたしが凛さんと然玖さんに連れられて、『田舎のおばあちゃんの家』って感じの建物に到着した時。
家はすごく広くて、庭も大きい。
庭には大きな木が生えてて、縁側とか廊下で囲まれた中庭もいっぱい通った。
歩いている間にわたしはここがシガンさん達の実家である事、シガンさん達と一緒にわたしも招待されていたことなどを聞いた。
最初は驚いたけど、確かに夏祭りの時に見たことがある人もいたし、つつじ達の様子からここがただの立派なお屋敷だとも思っていなかったから、案外すぐに飲み込むことができた。
それはそれとして、シガンさん達には次に会った時に文句を言おう。
わたしたちに黙っていくなんて酷いもんね!
そんな事を考えて歩いていると、中庭の一つで、子どもたちが遊んでいるのが見えた。
子どもがいることにびっくりしたわたしは、思わずその子たちの方を見る。
鬼ごっこをしているのか着物のまま笑顔で走り回る子どもたちが可愛くて、つい長く見すぎてしまったのが良くなかった。
「_____!____。」
「__!_____!______?」
何人かの子どもがわたしに気づいて、ヒソヒソと喋りはじめる。
わたしは歩きながらどうしたんだろうと思って見てると、その子たちが急にしゃがみ込んだ。
そして________
「くらえっ!」
「えっ!?」
ぬかるんでいたらしい地面の泥を両手ですくって、思いっきり投げてきた!
わたしは反射で何とか避けたけど、泥を投げたのは一人じゃない。
「いまだっ!」
「いけぇ!」
「うわっ!ちょっ!」
女の子も男の子もみんなで泥を投げられたらさすがに避けきれない。
顔だけは何とか手で覆って目や口に泥が入らないようにするのが精一杯だった。
「こらっ!!やめなはれっ!」
「ねーちゃん!」
わたしが泥を投げられているのに気づくと、凛さんがこどもたちに怒りの声を上げて、然玖さんはわたしと子どもたちの間に立って泥を投げられないようにしてくれた。
「何でお客さんに泥を投げんねん!!」
「や、やって、その人、しがやにいちゃんの妹やん?その人がいてるからにいちゃんがいつまでも帰ってけえへんのや!」
しがやにいちゃんは、シガンさんのことかな?
わたしはそのことにふと引っ掛かりを覚える。
なんだろう……?
「ちゃう!この人は此雅兄の妹ちゃんのお友達や!」
「そ、そうなん?」
「ほら、ちゃっちゃと謝る!」
「「「ごめんなさい!」」」
凛さんがその場にいた子どもたちを謝らせたところで、今度は然玖さんが口を開いた。
「あいつの妹がいるからあいつが帰ってこおへんいうんはどういう事や?」
わたしの前に立ったまま、然玖さんが厳しい口調で子どもたちに問いかける。
さっき怒っていた凛さんよりも怖い声に、子どもたちは言い淀みながらも小さな男の子が恐る恐る答えた。
「か、カガリとヒバナがそう言ってたんや。妹がいなくなれば帰ってこれるんやって。」
「カガリ、ヒバナ。ほんまか?」
然玖さんが後ろの方にいた子どもたちの中では背が高く大人びた高校生くらいの女の子二人に問う。
赤色の着物を着ている二人は、必死に言い訳をしようと手足をバタバタさせていたけど、然玖さんが鋭い目を向けると、観念して話し出した。
「ほ、ほんまや。」
「何でそんな事言ったん?」
「や、やって、雪ねぇもおらへんのににいさん達が帰ってこぉへんのやもん。なら、いもうとが理由で帰ってこんに決まっとるやん!」
涙目になりながら二人いるうちの一人が話す。
もう一人の方は黙って然玖さんを睨みつけていた。
「あいつらが帰ってこんのは誰のせいでもないわ。あいつらが決めてあいつらが選んだんや。そもそも、そんな理由で人にものを投げつけんなや。」
「ま、まぁまぁ、然玖、落ち着いて、ほら、月乃ちゃんの着替えとかも用意せんとあかんし。」
凛さんが然玖さんを宥めている間、子どもたちは物珍しそうにわたしを見ていた。
その視線に気づいたわたしはそっと子どもたちに近寄り、話しかけてみる。
「どうしたの?」
「……!」
縁側の縁でしゃがみ込み、なるべく子どもたちに目線を合わせる。
子どもたちは話しかけられると思っていなかったのか、驚いたような顔をして固まっていた。
わたしは気にせずに話しかける。
「わたし、月乃っていうんだ。シガンさんの妹の名前はつつじ。良い子だから仲良くしてあげてね。」
「つ、つきの?」
「うん。」
名前を教えて自己紹介をすると、子どもたちはすぐに警戒を解いてくれた。
「おれはコウやで!」
「ぼ、ぼくはセツ。」
「あたしはランって言うんだよ!」
ぼくも、わたしもと自分の名前を言っていく子どもたちの声が中庭いっぱいに響き渡る。
わたしは全員の名前を聞き取って覚えるのに必死で、その場から何人かの大きい女の子がいなくなっていることに気が付かなかった。
一通りみんなの名前を聞き終わる頃には凛さんが然玖さんを宥め終わっていた。
子どもたちに別れを告げて着替えをするために手近な部屋に三人で入る。
服は泥で酷いことになっていて、早いとこ泥を落とさないともうこの服は着られないだろう。
「月乃ちゃん、堪忍やでぇ。悪気があったわけやないねん。許したってや。」
「はい、大丈夫です!みんな名前を教えてくれました!」
元気よく言うと、凛さんはホッとしたような笑顔を見せた。
しかし然玖さんの表情は厳しいままで、鋭い声が飛ぶ。
「そんなやと舐められんで。そもそも、んな噂が流れてること自体が問題や。」
「せやけど、チビ達は此雅兄の事も彼雅兄も雪姉も知れへんやろ?カガリ達は小さい頃に遊んでもうた事はあるけど……。」
不思議そうな顔をしている凛さんの声を聞いて、わたしはさっきの違和感の正体がわかった。
そうか、年齢が合わないんだ!
ヒガンさん達が実家を出たのは多分つつじが生まれる前………あれ?
「シガンさん達って、どれくらい前に家を出たんですか?」
「敬語は要らへんよ。そうやなぁ、本格的に家から出たのは結婚した時やさかい十二、三年前かいな。」
十二、三年前なら、わたしとつつじは三、四歳かな。
やっぱり、さっきの子たちがヒガンさん達を知っているのは年齢的に合わない。
「て言うても、妹ちゃん、つつじちゃんやっけ?その子が生まれてから雪姉と一緒によう遊びに行っとったし、色関係なく子供の相手しとったから大きい子達は覚えてるのかもな。」
「さっきのカガリちゃんとヒバナちゃんって言う子たち?」
敬語は要らないって言われたから遠慮なく敬語を外すと、凛さんではなく然玖さんが答えてくれた。
「せやな。あいつらは今年十八やから、ギリギリ彼雅夜達に遊んでもらえてんな。その時にごっつ懐かれとったんやろ。」
ああ、だからヒガンさんたちを知ってる子たちが小さい子たちに教えたから明らかに会ったことがない子たちもあの人たちを知ってるんだ。
納得と共に手をぽんっと鳴らすと、思ったより良い音がした。




