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「着いたで。」
一時間程電車に揺られて着いた先のやけに人が降りる無人駅で降車し、畦道を進み、山道を登ったところにあるボロボロの建物だった何かの残骸がある場所で、シガンさんは立ち止まった。
「随分と、古い、ご実家、です、ね。」
私は例の如くヒガンさんに鞄を持ってもらったが、やはり息は絶え絶えで、疲れ果てた果てに着いた場所が廃墟跡となれば流石に皮肉の一つも言いたかった。
そんな私の心境を察してか、シガンさんもヒガンさんも何も言わずに私の息が整うのを待ってくれている。
申し訳なくなってきたのはいうまでもない。
しばらくしゃがみ込んで、息を整えて、ついでに心の準備もしてようやく立ち上がると、ヒガンさんと目が合った。
ヒガンさんは、シガンさんのような無表情を浮かべていたと思ったら、すぐにいつもの無邪気な笑顔で私を見る。
「いけるかー?」
「はい。」
「じゃあ行こか。」
シガンさんはそういうとポケットに入れていたらしい紙を取り出して、これまたポケットから取り出したらしいライターでその紙に火をつけた。
芥子色に見えるそれは、どうやらこの前見せてもらった一筆箋らしい。
一筆箋だったものはゆっくりと形が無くなっていき、煙を吐き出す。
数分もしないうちに紙を燃やしたにしては随分と煙が出て、あたり一帯を覆い尽くしてしまった。
煙はなぜか水色や赤、紫に黄色など、色付いている。
水色の煙に巻かれているシガンさんとヒガンさんの様子を見るにこれで良いのだろうが、周りの景色は一切見え無くなっている。
当然、シガンさんとヒガンさんの姿もはっきりとは見えず、見えるのは精々人影程度だ。
「つ__っ!」
私の周りには紫色の煙が揺蕩い、シガンさん達の人影が絵見える方は水色の煙、それ以外は赤色の煙と黄色の煙が纏まっていた。
そのうち、黄色の方には大きな影が見え、赤色の方にも人影が見える。
「ど____!」
微かに、声が聞こえた。
女性の声だ。
実家の人の声かもしれないが、これは____
「___月乃?」
赤い煙の奥に見える人影に向けて問いかける。
返事はない。
それどころかさっきまで聞こえていた声も聞こえなくなり、煙が少しずつ晴れていく。
「着いたで。」
シガンさんの言葉を最後に、煙が一気に消え去り、大きな道が目の前にできた。
大きな道の先には立派な屋敷が鎮座し、道の周りには御神木に出来そうなほど立派な銀杏の木が連っている。
屋敷は広大で、横幅がどれほどあるのかも分からない。
純和風の建物だが、作られたのは最近なのではないかというくらい建物を構成する素材一つ一つが真新しく見えた。
「ここがご実家ですか……。」
家はマヨイガだと聞いていたが、こんなにも大きいとは思っていなかった。
東京ドーム何個分、とかの単位で数えるレベルの広さだろう。
驚くべきは建物だけでも十分広いだろうに、家の周りには明らかに手入れされている池や草花があるという事。
それも広大な範囲に。
見えいる限り全ての土地がこの家の土地なのだろうか。
振り返ってみると、シガンさんとヒガンさん、月乃の後ろにも大きな道と銀杏の木は続いていて、周りには森や山が見えた。
「…………月乃?」
「え?なぁに?」
時が止まった。
シガンさんとヒガンさんも動きを止め、錆び付いた玩具のように首を回して私の見ている方にギギギ、と首を向ける。
二人の目が月乃を捉えると、そのまま首の動きも止まった。
また時間が止まった。
「え、何この建物?!ひろっ!広すぎない!?」
ねぇつつじ!、と月乃に呼びかけられてようやく時間が動き始めた私は、さっきの声が月乃の声だったのだと確信する。
「なんでここにいるの。」
戸惑いと動揺をかけて冷静さで割ったような声が出た。
静かに問いかけた言葉で、私よりもワンテンポ遅く時間が進み出したらしいシガンさんとヒガンさんは、漸く口を開く。
「どうやってここまで来てん?」
「どうやってって……普通にみんなの後をつけてきたんだけど。」
「どうしてつけてきたん?」
「いや、そんなもん今はどうでもええわ。ええか、後ろの道を引き返せば帰れる。月乃ちゃん、早よ」
ヒガンさんが珍しく焦ったような声で言い終わるよりも早く、家の方で音がした。
そこで私は突然視界が入れ替わったかのようにシガンさん達の顔が見えなくなった。
【いつの間にか家の目の前には三人の男女が立っており、それぞれの後ろにもう一人ずつ、計六人が立っている。私達は彼ら彼女らに着いて家の敷居を跨ぐ。家の周りには銀杏だけでなく、咲いていた覚えのない紅葉や見たことがない小さな花が纏まって一つの花になている花が咲いていた。】
「しゃーないな。月乃ちゃんも連れてく。」
私が予知夢を見ている間に話は纏まったらしく、いつの間にか体の向きを変えていた私は真っ直ぐにシガンさんとヒガンさんの背中を追って歩いていた。
周りにはさっき家を見ていた時にはなかった紅葉の木や花が群生している。
家の敷居を跨いだところで、漸く私の体は夢から戻ってきた。
漸く家の前に立っていた六人を観察できるようになったが、それをする前に玄関から近い和室に通される。
中には座布団が七個用意されていて、私達の分と実家の人三人がそれぞれ腰を下ろした。
残りの三人はなぜか立ったままだ。
「なんや、みんなしてお出迎えしてくれへんでも、別に実家で迷子になんかならへんで。」
いつもの調子で言ったのはヒガンさんだった。
十人入っても十分な広さの和室から見えるのは大きな庭と縁側。
その部屋の中心の座布団に座ったヒガンさんとは対照的に、シガンさんは私の隣、しかも下座と呼ばれそうな位置に座っていた。
それぞれの荷物を自分の前に置き、月乃はヒガンさんの隣に座り、座っている実家の三人はヒガンさんの前に座っている。
「別に迷子対策で出迎えたわけとちがう。ここまで来て逃げられるわけにはいかへんさかいや。」
ヒガンさんの真正面に座る男が聞き覚えのある京弁で笑った。
この鼻につく感じは、おそらく夏祭りの男だろう。
今はお面をしていないためわかりづらかったが、確かに着物にはあの時と同じ花の模様が入っている。
名前……は覚えていないが、やけに胡散臭いサングラスをしているあたりが気に食わない。
「そういうたらつつじちゃんと月乃ちゃんも来てくれたんや。どうせ此雅夜くんが連れてきいひん思たけど、来てくれるなんて嬉しいなぁ?」
「ミクズ、うっさいわ!せっかく此雅兄と彼雅兄が帰ってきてくれたのにネチネチネチネチと嫌な奴やな。」
ミクズ、と呼ばれたサングラスに、ヒガンさんから見てサングラスの右隣に座っていた女性が関西弁で苦言を呈すと、サングラスは嫌そうな顔をして突っかかった。
「本家の人間に向かって何言うてるん?分をわきまえたらどや?」
「何が本家の人間や。ここは蘭棚の家や。弁えんのはそっちやろ!」
「二人ともそんなもんにしときーな。ほら、ちゃっちゃと説明するとこだけ説明しよや。」
ギスギスし出した空気に水を刺したのはヒガンさんから見てサングラスの左隣に座っていた男性で、やる気なさそうに話を進めるよう呼びかける。
「はん。説明って言うても色事にこまいことは説明するんやさかいちゃっちゃとわしらんとこに連れてきゃあええだけやろ。ほら、彼雅夜くん、此雅夜くん、行くで。」
「月乃ちゃん、つつじ、ええか?なんがあっても絶対自分の色の長に従うんやで。間違ってもコイツらの言うことは聞くなよ。」
ヒガンさんのその言葉を最後に、シガンさんとヒガンさんは荷物と共にサングラスともう一人の立っていた男性と共に和室を出て行った。




