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「つつじー!テスト結果どうだった!?」
「うるさいよ。」
ドタドタと図書準備室に駆け込んできた月乃を見ることなく答えるが、月乃はそんなことを気にせず空いていた椅子に座った。
テストが終わり、早五日の水曜日。
ようやく全てのテストが返却された。
そのため普段のメンバーに加えてハラキさんも準備室の椅子に座っている。
「ちょうど今からみんなの結果見るとこだよー!」
「今回も負けないぜ!」
自信があるようなハラキさんは大きく胸を逸らして月乃を見た。
一方で月乃はバンっ!と机に突っ伏す。
「今回終わったー!!」
「そんな元気にいうことじゃないぞー。次がんばれ。」
胡散臭い笑みを浮かべた小戸路先生が励ますが、月乃はうぅ〜、とか、あぁ〜、とか言っていた。
ようやく声が落ち着いて来た頃に顔を上げると、覚悟を決めたらしい。
「行きましょう!まずは理系からで!」
「得意教科先にすると後が辛くない?」
「大丈夫です!」
その声を合図に、中間テストと同じような順番でそれぞれがテストの解答用紙を広げていく。
その過程で間違えたところを見てもらい、軽く解き直しをしながら進んでいったので一教科が見終わるのはそれなりに時間がかかる。
全ての教科を見終わる頃には、すでに十八時になろうとする時間になっていた。
「やりー!一番!」
「あ〜、オレ惜しかったのになぁ。」
一番盛り上がっていたのは総合点数が僅差だった二年組で、お互いのミスや弱いところについて話している。
その表情はイキイキとしていて、本当に楽しそうだ。
一方、盛り上がるところもあればお通夜となっている人もいる。
「あぁぁ〜!全部、全部点数落ちたぁ〜!」
「う〜ん、夏休みで中弛みが出たか?」
小戸路先生が胡散臭い困り顔で月乃の解答用紙を見ていて、その横で月乃がまた机に突っ伏していた。
月乃は前回の点数からそれなりに下がったらしく、非常に落ち込んでいた。
今回も前回同様一週間前徹夜勉強をしていたが、前回のようにはいかなかったらしい。
「山瀬さんは前回とあんまり変わってないね。」
「まぁ、前回と勉強方法変えてませんし。」
「わたしも変えてないよぉぉ!」
悲痛そうな叫びは虚しく響いた。
「なんでぇ!?」
「いくつかは目に見えてるでしょ。」
「教えてよ!」
涙目で縋り付いて来た月乃を引き剥がすが、懲りた様子もなくまた肩を掴まれてガクガク揺らされた。
しばらくされるがままになっていると、月乃はまた情けなく叫び始める。
「前回は全部平均点超えれたのにぃぃ!」
「夏休みに勉強してなかったからでしょ。」
「つつじだってしてなかったじゃん!」
「七月中に宿題は全部終わってたよ。」
夏休み最後の一週間で宿題に追われていた月乃よりは勉強もテスト対策もしている。
流石の胡散臭い笑みを浮かべていた小戸路先生もその瞳に若干の呆れが見えて来た。
月乃はまだギャーギャー言っていたが、無視しておく。
「あ、小戸路先生。」
「何かな?」
胡散臭い笑顔を向けてくる先生を見て月乃がいない時にした方が良かったなと若干後悔したが、一度声をかけてしまっては仕方がなかった。
小戸路先生の作り笑いは胡散臭くて見ていられないのだけれど、流石にやっぱいいですとは言えない。
「来週、もしかしたら一週間まるごと休むかもしれません。」
「わかった。糸草先生には伝えておくな。」
理由を聞かれなかったのは暁光だが、一緒に住んでいる月乃はともかく、ハラキさんがいるから気を遣ってくれた可能性があるので今後聞かれる可能性は高い。
特に言い訳を考えていなかったな事に気づき、そもそもどうして今この報告をしたのだろうかうかと自問した。
絶対に明日以降に月乃とハラキさんは確実にいない時に言っておくべきだった。
そうしておかないと……
「つつじ、どっかいくの?」
「旅行か?」
ほら来た。
小首を傾げた月乃とハラキさんが好奇心に輝く瞳を向けてくる。
そう言えば月乃にはシガンさんの実家に行くことについて何も知らせていない上に、まだ言い訳さえ考えていなかった。
シガンさん達と口裏を合わせられるように準備しておけば良かったと後悔してももう遅い。
「親戚の集まりです。」
「親戚の?学校休んでか?」
案の定ハラキさんに奇妙な顔をされてしまった。
しかし、ここで諦める私ではない。
「はい、最近親戚に不幸がありまして。そこら辺の話し合いですね。」
「でもそれだいぶ前だよね?」
「しばらくはバタバタするだろうから、みんなが参加できる九月の祝日に細かい話し合いするんだって。」
適当な理由をつけては見たが、果たしてこれで納得してくれるか否か。
なるべく嘘をついた事を悟らせないように月乃とハラキさんを見る。
二人は真顔でへぇー、と言ってすぐに別の話題へと移った。
よし、多分あんまり興味なかったんだろうな。
僅かに安堵の息を漏らすが、これにも二人は築いた様子はなかった。
「あ!そろそろ帰らなきゃ!」
「なんかあるの?」
「うん、今日はみんなでクレープ食べに行くんだっ!」
「これから?」
もう十八時である。
クレープ屋が空いているのかも疑問だが、今からクレープを食べたら夕飯食べられなくならないか?
「カラオケ終わりのルウちゃん達と合流するの!だから今日は夕飯いらない!」
「もっと早く言ってよ。」
おそらく今日のご飯当番のあかねとメリーさんには言ってあるんだろうけど。
「ハラキくん、今日生徒会がどうこう言ってなかったっけ?」
「あっ!ヤベっ!しゅうくんまたねー!」
「さようならっ!!」
バタバタと二人が出ていくと、部屋の温度が一気に下がった気がした。
そして私は背中にヒヤリとしたものが流れるのを感じる。
一旦は終わった追及が再び始まる気配を感じ取ったからだ。
「お休み自体は良いんですけど、親族間の集まりに貴女が呼ばれる事あります?」
確かに、高校生をわざわざ大人の話し合いに呼ぶのは不自然だろう。
私もそう思った。
「今親が海外なので、一応話だけ聞きにいけと言われてるんですよ。」
「でもお兄さんが代わりに行けるのでは?」
「義兄は婿入りなもので……。」
嘘は言っていないが苦しい言い訳に、小戸路先生もキリカさんもなんと言うべきか迷っているのを感じる。
くそう、普通に旅行行きますとかにしときゃ良かった!
いやでもそれはそれで月乃への言い訳が面倒か。
そもそも律儀に休みますなんて言わずに体調崩してましたと事後報告をすれば良かったのだ。
それがおそらく最適解だった。
しかし後悔してももう遅い。
「とは言っても、祝日中に終わる予定なので多分休みはしないと思いますけど。」
「でもそれならつつじちゃんはわざわざ休むかもなんて言わないでしょ。」
痛いところをついてくるキリカさんに、私は一瞬返事に窮する。
「………まぁ、長引きそうだなぁ、とは思っているので。」
ここで若干遠い目をしておく。
そうすれば親族間で何かしら複雑な何かがあると思ってくれるだろう。
「もしかして、あの不審者が関係していますか?」
「不審者?」
「中間テストの時くらいに中庭にいた二人組です。確かコミズサマ調査の時も似た人達を見ていますし、何か関係があるのかと。」
言い始めはただ口に出しただけのようだった小戸路先生の口調は、後半を述べるにつれて確信を帯びて来ていた。
私が表情に出してしまったのが問題なのだが、そういえばあれも実家は実家だ。
まさかこんなところである意味ドンピシャな予想を述べられるとは思っていなかったのもあり、動揺が出ているのだろう。
「あー、まぁ、はい。」
「大丈夫ですか?然るべきところに相談などはできていますか?」
いつの間にかかけていた丸眼鏡の奥で思いの外心配そうな目がしっかりと私を見据えている。
キリカさんは只事ではないと思ったのか無言で成り行きを見守り始めてしまった。
なんか、すごい大事になってしまった。
「はい、義兄も一緒に行くので大丈夫です。」
「何かあったらすぐに誰でも良いので相談するんですよ?お兄さんも若そうでしたし……。」
その後も詳しい内容こそ聞いては来なかったが心配そうな瞳は最後まで変わらず、帰る時まで延々と報連相の大切さと信頼できる大人を味方につけておけなどとやけに具体的なアドバイスをされ続けた。
親族間の話し合いの内容を聞かれても怪異関係のことなど言えるはずもないし、そうでなくとも言い訳できることなどなかったのでどうしようも無かったが、小戸路先生とキリカさんの中で私の親族は一体どうなっているのか。
正確には私の親戚の話し合いではないし、そもそも何をしに行くのかすらよくわかっていない。
とりあえず帰ったらシガンさんに謝りつつ月乃への説明の軌道修正、小戸路先生達への説明の軌道修正を一緒に考えてもらおう。




