番外編 月乃
「つつじー!!早くしないと電車来ちゃうよ!!」
人気の少ない真夏のプラットフォーム。
わたしは自分の後ろを気だるげに歩くつつじを大きな声で急かす。
わたしの隣にいるメリーちゃんとあかねもおんなじようにつつじに急げー、とか遅いですわよ!と喝を入れていくが、つつじは歩くペースを一切乱すことなく緩く目を細めて被らされたかんかん帽を被り直して言った。
「まだ時間あるでしょ。」
「だからってそんなダラダラ歩いてないで、シャキッとしてよしゃきっと!せっかく可愛いんだから!わたしが着たいくらいなんだから!」
今日のつつじはレースが可愛い真っ白なワンピースにリボンのついた白いサンダル、リボン付きのかんかん帽の超絶清楚系コーデ。
つつじなら絶対に着ない服だ。
ちなみにわたしはひまわり色のミニスカートに白いブラウス、リボンがかわいい麦わら帽子につつじとお揃いのサンダルを履いている。
「じゃあ自分で着ればいいじゃん……。」
「つつじがミニスカート嫌だっていうからじゃあワンピースしかないじゃん。」
「そもそも、私を着せ替え人形にする必要あった?」
「あるよ!だって、水族館に行くんだよ!?おしゃれしないと水族館に失礼でしょ!」
そう、これからわたし達は水族館へ行くのだ。
つつじが水族館のチケットを持ってきた時は驚いたが、聞けばいつはさんがつつじのプレゼントのお礼にくれたらしい。
それならばとわたしはシガンさんに連絡。
つつじを説得してもらって今日は二人でばっちり決めて水族館に行こう!というわけだ。
もちろん、あかねとメリーちゃんも夏らしい服装をしてもらっている。
フェレスは今日はお留守番らしい。
「シガンさんまで持ち出してやることじゃないでしょ。」
「いややるべきだよ!つつじは絶対に可愛い服とか似合うんだから!せっかく顔がいいのにもったいない!チケットが4枚じゃなきゃシガンさん達にもおしゃれしてほしかったし!」
「顔なんてどれも一緒だよ。」
「そんなことないから!!」
つつじもシガンさんも否定するけど、つつじもシガンさんもヒガンさんもみんな顔が良い!
今風に言うとビジュがいい!
何ならスタイルもいい!
現にニコリともしないつつじの立ち姿は凛としていてとてもキレイだし、緩くラインが出るワンピースのおかげでもともと細いつつじをさらに華奢に見せていて、とても映える。
プラットフォームで電車を待ってるところとかすごい映える!
つつじとその周りの風景は水彩画みたいに爽やかに鮮やかに輝いて見えた。
レースの日傘とか持たせたら完全に令嬢だと思う。
そんなことを思っていると、つつじの手首で何かがキラッとした。
「あれ?バングルなんてしてたっけ?」
キラリと光ったものの正体はグレーに近い銀色の、なんの飾りもないバングルだった。
いつはさんにもらったと言う組紐に隠れてたせいで、太陽に照らされているつつじを見るまで気づかなかったんだ。
「………目についたのを持ってきただけだよ。」
「珍しいね。」
自分の手首を見つめながらつつじが言うのを聞いて、思わず大袈裟に言っちゃった。
だって、つつじは普段絶対にアクセサリーなんてつけないんだもん。
この前の夏祭りの時だって、つつじは景品の彼岸花のイヤーカフをくれたし、そもそもアクセサリーなんて持っていないと思っていた。
つつじにつられてつつじの手首を凝視すると、何もないシンプルなデザインかと思っていた銀のバングルには綺麗なリボンが彫ってあることに気づいた。
もっと見たくて思わず前のめりになって手首を見続ける。
流石に見すぎてつつじに反対の手で手首を隠されちゃったけど。
「視線が気色悪い。」
「つつじ!月乃様に失礼ですわ!」
「いや、今のは月乃が気色悪かっただろ。」
あかねにまで引かれてしまったところでようやく電車が到着した。
わたしはあかねとつつじの視線を無視してみんなを引っ張って電車に乗る。
ブレスレットについてもう少し聞いてみたい気もしたが、すぐに別のお喋りに夢中になってブレスレットのことを忘れてしまった。
電車はみんなで話しているうちにすぐ目的の駅に到着。
初めての電車にはしゃいでいたあかねとメリーちゃんは残念そうな顔をしてたけど、帰りもまた乗れるよと言ったら機嫌を直してくれた。
「つつじ、水族館ってここからどうやっていくの?」
「我先に走って行ったくせに道分かってなかったの?」
「うっ!」
「なんでしっかりダメージ入ってんだよ。」
「月乃様!」
あかねがバカにしたように笑い、メリーちゃんが心配そうに駆け寄ってきてくれる。
味方はメリーちゃんしかいない。
「そこに見える大きい駐車場が水族館の駐車場。」
「あそこね!」
つつじから場所を聞いたらわたしはそこに向かって一直線に走り出す。
メリーちゃんが楽しそうに月乃様ー!と叫びながら追いかけてきて、その後に文句を言いながらも笑いながらあかねが続く。
つつじだけは真顔で後ろを歩いているが、いつものことだ。
「つつじー!早くー!」
「遅ぇぞー!」
「そんな急がなくてもまだ開園前だよ。」
呆れたような暑さで全てがどうでも良くなっているような顔でわたし達を見るつつじは水族館の入場券を手渡しながら言った。
「先に並んでて。私はお手洗い行ってくるから。」
「分かった!」
元気よく返事をして三人で開園を待ちながら列に並んでいると、思ったよりも早くつつじが帰ってきた。
どうやら激混みだったらしくトイレは諦めたらしい。
「やっぱこう言うところのトイレって混むよねー。」
「暑い中あれに並ぶのは拷問ですわ……。」
トイレに並ぶ人の列を見ていたメリーちゃんは顔を顰めている。
たしかに屋根もない炎天下であれに並ぶのはキツイよね。
「そういえば、この水族館、やけに人が多いけど有名なの?」
ふと思ったことを口に出すと、つつじは無表情だった紫の瞳にデカデカと呆れの感情を貼り付けてじとっとわたしを見た。
べ、別にそんな目しなくても…。
「ここはこの辺じゃ割と新しいからね。」
「最近できたの?」
「リニューアル。ほら、そこに丸い建物がいくつか見えるでしょ。あれ一個一個がそれぞれ展示ドームになってて、一個目がペンギンとかの動物系、二個目が熱帯魚、三個目が大型の魚、四個目の大きいのがイルカとかのショーをやるドーム。四個目が特別展示。今は海月だったかな。そっから先は覚えてないけど、たしかこんな感じ。んで、ドームとドームの間の通路は全面ガラス張りで、外からも中からも魚が見えるらしい。」
「めっちゃすごいじゃん!」
そりゃあトイレに並びたくないレベルで人が来るわけだ。
なんで知らないんだよこいつ、みたいな顔をしているつつじには申し訳ないが、そんなことは全く知らなかったし、調べようとも思わなかった。
「____ん?あっ!兄ちゃん、リイフ!」
突然、後ろの方で聞き覚えのある声がした。
わたしはその声が誰のものかすぐに分かったのでばっと後ろを振り向いて声の主を探す。
五秒もしないうちに声の主を見つけたわたしは大きく声を張り上げる。
「ハラキさーん!!」
「月乃ちゃーん!!」
同時に声の主であるハラキさんも大きな声でわたしの名前を叫ぶ。
お互いに名前を呼び合うような事になってしまったのは恥ずかしいが、ハラキさんと会えたのは嬉しい。
「おや、月乃さんがいるのかい?」
「ウズさん!」
「あっ!つつじちゃん!」
「………………あー………。マジかぁ…………。」
一人死にそうな声をしていたが、大半は笑顔で偶然の出会いを喜んでいるように見えた。
あかねとメリーちゃんだけは知らない人から声をかけられたようなものなので特に何の反応も示さなかった。
わたしは後ろの列に並んでいるハラキさん達のところに移動する。
つつじは何か言いたそうだったけど無視していたら諦めたようについてきた。
あかねとメリーちゃんを盾にするようにして、さらにリイフちゃんからは距離をとっていたけど。
「こんにちわ!兄弟でお出かけですか?」
「おう!兄ちゃんが水族館のチケットを当ててくれたんだ!」
ハラキさんは嬉しそうにウズさんの背中を叩いてウズさんを困らせている。
「つつじちゃん!こんなところでつつじちゃんと会えるなんて嬉しい!やっぱり水族館っていいよね!なんかおしゃれな感じもするし!あ!そうだ!今日二人で一緒に回らない!?ね、一緒の方が楽しいよ!」
「あー、えーっと」
「そういえば今日イルカのショーがあるんだって!一緒に見ようね!」
「今日は」
「お土産も見たいよね!おっきなペンギンのぬいぐるみがあるんだって!」
「リイフ、つつじちゃんが困っているよ。」
リイフちゃんのあまりの勢いに口を挟めなくなっているつつじにウズさんが助け舟を出さす。
つつじから聞いてたけど、リイフちゃん本当にこんなに話すんだ。
わたしは同じクラスだけど、リイフちゃんと喋ったことがほとんどなかった。
だからつつじの話は誇張だとばかり思っていたけど、これならつつじがげっそりしていたのもちょっとわかるなぁ。
つつじ、人の話を聞くの好きじゃないし。
「二人と言わずに、みんなで一緒に回ろうぜ!」
「良いね!あかねとメリーちゃんも、良いよね?」
「ああ、俺は構わねぇよ。」
「わたくしもですわ!」
「そうか!兄ちゃんも良いよな?」
「うん、良いよ。」
ニコニコと優しく笑うウズさんも良いと言っているし、今日はみんなで水族館をまわれる!
わたしたちだけでいくよりも人が多かった方がきっと絶対に楽しいに決まっている。
ワクワクしてきた。
でも、そのワクワクは一瞬で終わってしまった。
「嫌だ!」
「リイフちゃん?」
リイフちゃんが大きな声でどこから行こうか相談しようとし出したハラキさんの声を遮った。
わたしは思わず名前を呼んだが、リイフちゃんには届かなかったみたいだ。
「お兄ちゃん達と一緒なんて嫌!あたしはつつじちゃんとまわる!」
そう言ってあかねの影に隠れるようにしていたつつじの隣まで行ってしまう。
つつじは顔には申し訳程度の笑顔を浮かべているが、明らかに白々しい。
さっきまでの楽しい気持ちはどこかに行ってしまい、時が止まったような沈黙だけが残った。