13
とりあえず、この妖狐に言いたいことを言ってみようかな。
妖狐の質問に正直に答えるくらいしか、私には思い浮かばなかった。
それに、ここまで我を失って怒っている人なんて見たことがない。
それなら、こちらも本音を話す方がいいだろう。
____火に油をそそぐ結果になったとしても。
「質問の答えになるかはわからないけど、言いたいことは二つかな。」
私は、妖狐の様子を見つつ慎重に答える。
私の本音は確実に妖狐を激昂させるから。
「一つ。いじめなんて探せばどこにでもあるだろうし、そもそもクラス内で何が起こってようと知ったこっちゃない。家の事情なんて尚のことそうだね。」
話しているうちに妖狐から発される空気は重く、鋭くなっていく。
「二つ目。助けてもらえるのは当たり前じゃない。誰かを『助ける』ことで快感を得る人もいるだろうけど、私はそうじゃない。なんでわざわざ助けないといけないの?そうしたところで、私にはなんのメリットもないのに。」
我ながら道徳もクソもない考え方だと思う。
だが、紛れもない本心だ。
私はこういう考えの人間だから。
自分のためにしか生きられない。
興味のないものなんてどうでもいい。
「なんではこっちの台詞だ!」
妖狐は再び叫び、言葉を続けた。
「なんで、お前は、そんなに強いのに、周りに手を貸さない?めりっとだかなんだかしらねぇが、お前なら、全部無視して助けられたんだろ!?あの月乃にとって絶望しかないような世界で、何も怖がることなんて、なかったんだろ!?」
怖い、ねぇ。
それに、『強い』。
確かに、ある意味では月乃を助けられたのだろう、私は。
先生にこっそり報告することも、普通に口で言って止めるのも、全く怖いとは思わなかったと思う。
だが、それは『強さ』とは言わない。
私は強くない。
“強い”からそういうことができるわけじゃない。
「私は強くない。」
むしろ、私は
「弱いよ。私は、いつだって。」
もし強かったら___私は____
「もういいっ!!」
「っ!」
どこから出したのかと言うくらい、大きな声。
びっくりした。
「こんなことなら俺がそばにいればよかった。いられればっ…」
妖狐は苛立たしげに、悔しそうに、ソファを蹴った。
ソファが壊れていないのが不思議なくらい、大きな音がでた。
「君は、月乃ちゃんに会いたいの?」
ずっと黙っていたフェレスが久しぶりに口を開いた。
その声には単純な疑問の色しか滲んでいない。
「会いたいよ!会いたいに決まってるだろ!!」
なるほど。
この妖狐は、彼岸花の人を能力持ちにしないために件の術をかけた。
しかし、自分自身も怪異だから、術をかけた後に会うわけにはいかなかったのだろう。
会ってしまったら、能力持ちになってしまうから。
一生命の危険と隣り合わせで生きていくことになるから。
だから、離れた。
もし、このまま、会わなかったら、きっと後悔するのだろう。この妖狐は。
それは、きっと人間の数十倍、もしかしたら数百倍長いかもしれない妖狐の生きる中で、どれくらい続くのだろうか。
後悔した時に、彼岸花の人は、生きているだろうか。
後悔してもしきれないくらい、悔やむだろうか。
いつの間にか、口を開いていた。
自然と、口から零れてきた。
「会いたいなら、会っておいた方がいい。」
妖狐がこちらを睨んでいるが、私は構わず続けた。
「人間の寿命は君達が思っているよりずっと短いよ。」
後悔する選択は、いつか自分の身を滅ぼす。
妖狐は何も言わずに、顔を薄くしかめた後、静かに消えた。
山にでも帰ったのだろうか。
「つつじ……」
フェレスが何かいいたげに私を見つめている。
目がないから本当に見つめているのかどうかはわからないが。
「僕、まだ話聞きたかったんだけど?」
「しょうがないじゃん。だいたい、フェレスが私だって言わなければよかったことでしょ?」
「むぅ〜〜。」
明らかに成人しているであろう低さの男性の声でむぅ〜〜は、だいぶきついぞ。
特に、手首からその声が出ているあたりがとてもシュールだ。
どっこいしょぉ!どっこいピッ
スマホの通知音が鳴り終わるよりも前にきる。
非通知だった。
「夕飯の準備するから、フェレスも手伝ってね。」
「僕食べないのに。」
「つべこべ言わない。」
「はぁーい」