123
「そういえば、つつじは何しに来たの?」
「………帰ったほうがいいなら帰るけど。」
「いやいやいや、用事がないなら帰って欲しいとかそういう意味じゃなくて!今お母さん達帰ってきてるんでしょ?一緒にいなくていいの?」
思いの外慌てた月乃は手をワタワタと動かしながら不思議そうに私を見る。
心の底から不思議そうな間抜け顔だ。
「シガンさんの家に来たのはお土産届けるためだけど、あっちにいるとずっと着せ替え人形だからね。適当に居座ってから帰ろうと思っただけだよ。」
海外で見つけた可愛い服だの化粧品だのに始まり、挙げ句の果てに景色とモデルさんか誰かの写真を見せられて延々と語られるのだ。
しかも両親はどちらも自分の話を娘に聞いて欲しいらしく定期的に喧嘩を挟む。
久しぶりに会う両親だし、家族サービスをしてやるかと思い昨日まで耐えたが、流石に面倒になって逃げてきたというわけだ。
「お前が黙って服着るわけねぇだろ。」
「そうですわ。嫌な事に対してきちんとNOを言えますもの、つつじは。」
「褒められてるのか貶されてるのか分かんないんだけど。」
確かにNOとは言えるが、別に夏休みの宿題もほとんど殺し終えた今、特にやることがなかったのもある。
悲しいかな、この夏休みの予定はほとんどが空白だった。
「つつじ、遊びに行く友達いないの?」
「いなくはないよ。」
「フェレス、あんま聞いてやるなや。つつじが可哀想やろ!」
「そうですわ!そういうのは触れずにおくほうがいいのですわ!」
「そうだぞ、つつじ相手にも言っていいことと悪いことがあるからな。」
ヒガンさんがニヤリと悪い顔をし、メリーさんがイキイキとのり、あかねのニチャついた心底楽しそうな笑顔を見せた。
一方で月乃はサァー、と顔を青くし、シガンさんは何と声を掛ければいいのか分からないが憐れみのこもった目をしている。
「別に友達がいない訳ではありませんからね?」
高校にはいないが。
「……………つつじ、クラスでりいふちゃん以外と話してるの見たことないんだけど……。」
「静かに言っても聞こえてるからね?………クラスに仲良くなれそうな人がいなかっただけだよ。」
うちのクラスの女子は赤井崎を除き、みんな今をエンジョイしていそうなサムシング的な感じだったので人間関係面倒そうだなぁ、と思って距離を置いているだけだ。
今まで私の身近にああいうタイプはいなかった。
仲良くなるタイプではない。
「男子は?」
「私が関わると思う?」
クラスメイトに関しては男女問わずさして関わりがない。
別に関わりを持つ必要性もない。
中学校までとは異なり、班行動も集団行動も圧倒的に減ったのだ。
わざわざ不必要なまでの愛想を振り撒く必要はない。
「つつじ、相談があったらいつでも言ってね!」
「せやぞ、ただ笑っとるだけじゃ友達はできへん。月乃さんからアドバイス聞いとき。」
純粋な善意で言っているのだが、人によっては一番傷つくであろう事を言われても複雑だ。
そんな私の複雑な心情を読み取ったのかただの邪推か、ノリノリで煽りを入れてきた三人はお腹を抱えて笑っている。
それを見て真剣に困惑するシガンさんと月乃、冷静にそれ一番ひどくない?とツッコミを入れるフェレス。
いや別に私の交友関係がどうであろうと何と言われようとどうでもいい節はあるが、収集がつかなさそうな事と流石に私の名誉のために言わせていただこう。
「確かに私は友達少ないけど、私はそれでいいの。そのほうが楽だし。」
「強がんなよ。」
「別に上辺の友達くらい作ろうと思えば作れるよ。でも別に楽しくないでしょ、それ。」
「作れないと正直に言えばいいのですわ。」
「そもそも友達って‘作る’ものではないでしょ。」
他人がいつの間にか友達に‘なる’。
そこには‘作る’なんて無機質な言葉は必要ない。
いつの間にか‘そうなっている’ものだろう、友達というのは。
「なんかめんどくさいね。」
「月乃が何も考えてないだけでしょ。」
コイツは目があった生物は全員友達だと思っていそうだ。
「何や知らんけど思っとったよりちゃんと考えてて俺は安心したで。」
「シガンが安心するんはええけど、実際おるん?友達。」
「いますって。」
諸々の都合で会うことはできないが。
元気かなぁ。
「連絡とか取らないの?」
「………取ってないね。」
「喧嘩でもしたの?」
「してないよ。」
「やっぱ友達いねぇんじゃねぇか?」
また話が振り出しに戻ったところでいつの間にか机の上に金魚が入ったゼリーが出現したため一旦この話は終わりになった。
シガンさんの家の怪異の仕業だろうが、私のゼリーだけ金魚が五匹も入っているという事は怪異にも友達がいないと思われたのだろうか。
別に友達はいるのだけれど、どうにも信用がないらしい。
「あ、そうだつつじ、来週の火曜日ひま?」
「暇じゃない。」
「クラスでカラオケ行くんだけど来るよね?」
「話聞いてた?」
全く話を聞かない月乃に抗議の声を上げるが、月乃過激派の二人にその声は弾圧された。
「クラスで行くならつつじも行ってこい。別にクラス全員おるんなら気まずくないやろ?月乃さんもおるし。」
「そうだよ!わたしも行くし、大丈夫だよ!」
「いや、普通に予定あるの。」
「ダウトですわ!つつじにわたくし達以外との予定なんてあるわけありませんもの!」
「いやだから、」
「その予定の相手がつつじの友達?」
「いつはさんに会う予定があるの。」
全く話を聞いてくれない人達の声を遮って無理矢理言葉をねじ込むと、ようやく話を聞く体制に入ってくれた。
「夏祭りで買った組紐、まだ渡せてないの。だからそれを渡しに行こうかと。」
「終わったら!終わったらこれるでしょ!」
「その後も細々とした外出を済ますつもりだから、その日はちゃんと無理。」
両親がまた海外に繰り出すその日、本当はいつはさんの家に行く予定しかないが、カラオケには行きたくない。
というか、いつのまにそんなイベントの開催が決まっていたというのか。
断る口実が作りやすいので今後もそれで構わないが、全く知らないところで予定が立てられていたのはそれはそれで驚きだ。
「じゃあクラスのグループに欠席って入れといてね。」
「あー、私入ってない。そんなのあったんだ。」
「月乃、つつじとはいえいじめは良くないぞ。」
「そうですわ。つつじでも流石に良くないですわ。つつじでも。」
真顔で言ってくるコイツらは嫌がらせで言ってきているのかそれとも本心から私を憐んでいるのか、どちらだろうか。
「いや言ったからね!?何ならURL送ったよ!?何で入ってないの!?」
「送られたっけ?」
全く記憶に無かったのでスマホのメッセージアプリを遡ってみると、確かに月乃からURLが送られていた。
試しに開いてみるとグループに飛んだが、メッセージグループに入る事はせずにURLを閉じる。
「何で閉じるの!?」
「いや、絶対入ったら面倒くさいな、って。」
知らなくてもいい事は知らないに限るのだ。
クラス内の揉め事やら決め事やらに関わりたくない。
知らぬが仏というやつだ。
「そんなんだから友達できないんだよ!」
「つつじ、そういう集まりには行っといたほうがええんとちゃうか?」
「まぁええやん。好きにさせれば。」
「やけど……。」
「シガンやって学校に雪花とウズ以外の友達おらへんかったやろ。」
「つつじ、好きにしぃや。」
珍しくシガンさんが一発で意見を変えた。
珍しい。
そしてシガンさんも友達が少ない勢か。
密かに仲間意識を持った私の事など気にせず月乃がまだ何か言っていたが無視した。
「もう!夏休み明けには文化祭とかもあるんだよ!?」
「っし休むか。」
「つつじ!!」
文化祭とか絶対に面倒くさい。
何が悲しくて放課後を楽しくもない準備に使わなければならないのだ。
「なんか、あいつら息ぴったりになったな。」
「せやな。つつじがあんだけふざけんのも珍しい。」
「つつじはいつもああですわ!」
「うん、つつじは結構ふざけるよ。」
その後もダラダラと雑談をしてから両親が待つ家へと帰った。




