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「疲れた。」
「おつかれ。」
「志津野さん達にお土産のお礼言っといてや。」
「メリー!それは俺のだぞ!」
「うるさいですわね、お菓子の一つや二つでごちゃごちゃと!」
「二人とも喧嘩しないのー!」
「昨日どこ行っとってん?」
普段通りのやかましい空間と化しているシガンさんの家のリビングは冷房が効いていてとても涼しい。
窓際に吊るしてある風鈴もいい味を出している午後。
一昨日から親族が集まる葬式に顔を出して長いお経を聞いてその他諸々を済ませてテーブルに突っ伏している今に至る。
残すは数日後の初七日だったが、もうすでに私の体力は尽きていた。
「何があったら葬式でそないなことになんねん。」
「長いんですよ、お経。それに久しぶりに会う親族も大変ですし。」
「つつじの親族って数が多いの?」
フェレスが私の頭に乗りながら私を見下ろして聞く。
最近クビが痛いのはやはりコイツのせいだろうか。
「いや、一般的だと思うよ。」
我が家の血筋は特に大きい訳でもないし、これと言って特徴のない家系だ。
強いていうなら我が強い人が多いと言ったところだろうか。
「そういえば雪花さんも私の母の家系でしたっけ。」
「せやな。つってもつつじらとはそれなりに遠縁やったと思うけど。」
姻族だったか血族だったかは知らないが、雪花さんも母方の家系だった。
両親からは遠い親戚だと聞いていたが、シガンさんもそこら辺は把握していないらしい。
「そういやつつじ、お前志津野さんに葬式以外でなんか聞いたか?」
「と言いますと?」
何かを思い出したような調子でシガンさんが小首をかしげるのを見て、私は質問に質問を放り投げる。
放り投げたものをキャッチしたのはシガンさんではなくヒガンさんだった。
「一昨日におばちゃん達から連絡来ててん。落ち込んどるやろうから慰めたってやってな。」
「特に落ち込んではいないので大丈夫ですかね。」
従姉妹なんてここ数年は会っていないし、顔も名前も忘れていたくらいだ。
突然亡くなったと言われても、遺体も何も無い葬式では現実味が無さすぎる上に、私は落ち込むには亡くなった彼女らの事を知らなさ過ぎた。
「そういや、火事やっていっとったな。」
「はい。火元はまだ不明で、遺体も母親……母の弟の奥さんですね。彼女のものしか出なかったようです。」
それも、ひどい状態だったそうだ。
一応火葬はされたが、さすがに葬式会場でみせられるようなものでは無かったらしく、葬式では空の棺が主役だった。
「災難やったな。」
「火事かぁ。」
僅かに苦々しい顔をしているシガンさんとは対照的に、ヒガンさんは何かを思い出すような顔をしいていた。
この二人のことだし、燃える館から脱出くらいした事がありそうな感じがする。
怪異関係で特にありそうだ。
「怪異といえば、最近やけに怪異が多いような……。」
夏祭りに行ったあの日以来、マールの件以外にもいくつか軽めの怪異に遭遇していた。
ずっとシャー芯が折れると思っていたら小さな虫のような怪異がシャープペンシルに詰まっていたり、なんか絶妙に辺なところに水滴ができていると思ったら女の人の怪異が半透明の状態でポロポロ泣いていたりetc etc……
「お前、本家のやつに会うた言うとったけど、そいつになんかされたか?」
「せや!あいつ来ててん!深兇崇!」
「はぁ!?なんで言わんかってん!?」
おそらく人の名前を聞いたシガンさんがあんなにも動揺したのは後にも先にも今が一番なのでは無いかと思うほど、ヒガンさんの口から出た言葉に大きく身を乗り出して問い詰めている。
ミクズというのは、あの花模様お面をしていた人のことだろうか。
確かあの人は本家だと言っていた気がする。
「そいつが来るとなんかやばいのか?」
あかねがメリーさんを手で押しのけながら聞くと、ヒガンさんは今までに見たことのないくらい嫌そうな顔をした。
シガンさんも無表情が崩れ、思い切り眉根を寄せている。
一体何をしたらこの二人にここまでの顔をさせるのだろうか。
「お前らも会っとるはずやで。家の奴等に指示だしとったんがミクズや。」
「花のお面をしていた人ですか?」
「せや!」
勢いよく肯定したヒガンさんは身を乗り出し過ぎたせいで椅子からずり落ちていた。
もちろん、フローリングと衝突することはなく途中で浮いていたけれど。
「何もされてへんか?大丈夫か?」
「時間見てなくて慌てて帰って行きましたね。」
「わたしとつつじを間違えてたよ!」
本気で心配そうに私と月乃を見ているシガンさんには申し訳ないが、あのお面の人はどこか抜けてるポンコツ、という印象がどうにも拭えない。
「でもあいつ僕を辺なところに飛ばしたり、つつじを放り投げたり、蹴りまで入れようとしたよ。」
「かちあった瞬間、月乃に危なそうなもん飛ばしてきやがった。」
「月乃様をつつじと思いこんでいたとき、月乃様に失礼な事を言いましたわ!」
「ヒガン、今度アイツに会ったらいっぺんヤキ入れや。」
「何言ってんねん!!そんじゃ足りひんやろ?」
怖い顔をして怖い事を言い出した二人の顔は本当にやのつく職業の人だ。
完全にカチコミに行く計画を立てている顔にしか見えない。
どす黒い笑顔で笑っているが絶対に内心笑っていないとわかる顔をしているこの人達と実家に行く予定があるのだが、私は大丈夫なのだろうか。
「どうしたんだ?そんなへにょんとした顔して。」
「何でもないよ。」
「どっか痛いの?そういえば腕大丈夫?」
「うん、大丈夫………。」
本当はくっきりと青痣が残っているが、あれから一週間以上経っているのでもう時効でいいだろう。
随分と良くなったし、今のシガンさん達にこれ以上怪我などを知られるのは良くない。
そのうち二人の背後にブラックホールでもできてしまう。
「ほんまに申し訳ないわ。俺がちゃんと見とれば……。」
「シガンは悪くないで!悪いんは実家のアホどもや!」
「そもそも自分の手に負えない事をした私達の責任ですよ。」
「さすが身内、フォローが早いね。」
眉ひとつ動かさずに光の速さでフォローを入れた私とヒガンさんにフェレスが呆れているが、これに関しては本当にシガンさんは悪くないのだ。
最初から全て報告していれば私達が怪我をすることもなく、シガンさんを心配させることもなかったのだし。
「あ、そういえば、わたしシガンさんにめちゃくちゃ怒っちゃった……。ごめんなさい!」
「月乃は別に間違ったこと言ってねぇだろ。」
「そうですわ!むしろ月乃様を軽んじた事を謝るべきですわ!」
月乃の謝罪に対して集中援護射撃が入る。
こういう時だけはあかねとメリーさんの息がピッタリあう。
普段からこれくらい連携してくれたらいいのに。
「いや、あれは俺も感情的になっとったし、俺も悪かった。すまん。」
「せやぞシガン!お前はもっと反省せぇ!」
「そうだよ!シガンすっごく怖かったんだから!」
シガンさんの謝罪には野次が飛んだがシガンさんが黙って拳を握り込むとすぐに静かになった。
シガンさん恐るべし。
「まぁ、夏祭りの事はこれで水に流すとして、今後はちゃんと俺にも言えよ?」
無言で目を逸らしたがすぐに頷く羽目になったのはいうまでもない。
「お前ほんまに……。フェレス、なんかあったらつつじの代わりに教えてな。」
「うん、わかった。とりあえず今日のお昼ご飯はなシズノが作ってたのをちゃんと食べてたよ。」
「いる?その報告。」
「つつじほっといたら食べないんだからいるでしょ!」
「別に食べれない訳じゃないんだよ?」
現に体重は維持している。
減ったら食べて、増えたらしばらく食べなければ体重は一定になるのだから、健康管理はちゃんとしている。
「なお問題ですわ!食べれるなら食べなさい!月乃様を心配させるなど言語道断ですわ!」
その後食の大切さについて懇々と解かれたが、別に食べられないわけでも食べたくないわけでもない食事の事を説かれても何も響かなかった。