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「なるほど能力は予知夢か。」
私の能力を聞いたマールは嬉しそうな笑顔を消し、今度は眉間に皺を寄せて短い髪をグシャリと掴む。
一応まだ味方とは判じきれないので詳しい能力の説明を加える事はせず、予知夢と言うことだけを伝えていた。
マールは難しそうな顔をしながら、重そうに口を開く。
「予知夢はな、神みてぇなもんだ。俺らの中でも持ってるやつはいねぇな。副次的に近いものを持ってる奴は居なくはないが、そいつらの能力も正確には予知夢じゃなくてただの操作と予測。その能力は本当に予知夢なのか?」
「いまのところはずれはないよ。」
まだ少し拗ねているフェレスに変わり、今にも寝そうな私が答える。
目を瞑ったら即座に金属バットで殴られる程度の眠気が殴りかかってくるほどには眠い。
「やくにはたたない。」
「もしそれが本当に予知夢なら、人間ごときに扱えるもんじゃねぇ。使い勝手が悪いんならまだ納得いくぜ。」
使い勝手が悪いどころか、私一人ではろくに使えない能力だ。
その後にマールの話によれば、予知夢と言うのには本来神の所業で、そこらの人間や怪異にできることではないらしい。
似たような事をできる怪異はたくさんいるが、純粋に確定した未来を知ることができる‘予知夢’は別格だと。
ちなみに‘似たような事’と言うのは主に‘運命を変える’、‘運命を確定させる’などと言ういかにも強そうかつ使えそうな能力なのだとか。
私もそう言う能力が良かった。
と、眠い頭できちんと理解できたのはここまでだった。
途中から眠さが本格化した私は半分寝ているような状態で、説明を私から引き取ったフェレスの話を聞いている。
私はもはや寝ているような状態なので二人が何を喋っているのかわからず、話に追いつけないでいた。
「______ね。」
「俺だって好きで_________。____フォー____________。」
「ふーん。」
この辺りで私の記憶は途切れた。
「つつじ、つつじ、起きて。」
「んん、おきる、おきるからまって。」
「早く起きないと帰ってきちゃうよ?」
「今何時?」
「七時だけど。切り替えどうなってんの?」
帰ってくると言う言葉に一気に脳が覚醒した私は自分でも驚くくらいに一瞬で目が覚めた。
私は普段なら不可能な速度で脳を硬化させる。
「そういえばちゃんと帰れたの。」
「帰れた?」
「交点、だっけ。マールの言ってた場所から、ちゃんと帰れた?」
「ああ、それなら大丈夫だよ。ここはズレてない。」
どうやらいつに間にか寝てしまっていたらしい。
そのおかげで現実に帰ってこられたのだが、やはり途中で寝てしまったのは悔やまれる。
私の能力について有益そうな話は聞けなかったが、もう少し聞いていれば何かあったかもしれない。
あの能力ではもしフェレスがいなくなったら本当に生きていけない。
能力を少しでも改善しなければ、どこかで他人頼りになってしまう。
常々改善したいと思ってはいるのだが、能力の当たり外れはもうどうしようもできない。
「つつじ?」
「何。」
「いや、ぼーっとしてるみたいだったから。」
「眠いんだよ。それより、さっさと着替えたりして準備しないと。」
両親が家に着くには八時過ぎだとシガンさんに聞いている。
それまでに色々とやっておかなければ。
怪異のせいか普段の寝起きよりも随分と重い体を引きずるように部屋を出た。
重いのは体だけではない気もしたが、気のせいと思い込んだ。
「おかえり。」
「「ただいま。」」
両親が大きな荷物をそれぞれ大量に手に持って帰ってきたのは、予定通り八時過ぎの八時五分。
この人達が寄り道もせずに時間通りに来ると言う事は、やはり何かあったのだろうか。
長めの髪を栗色に染めた母と髪を独特な形に結び込んだ父を見ながら私は単刀直入に聞くべきか遠回しに何かあったのか聞くべきか悩んでいた。
何を隠そうこの二人、とんでもない趣味人なのだ。
昔からその気はあったのだが、私が中学校に上がったあたりからそれが表面化された結果、二人ともついに海外デビューという、ある意味ですごい人達。
その人達がわざわざこうして予定を合わせて帰ってくるなんて、大方碌なことがない。
借金とか言われないと良いが。
「つーちゃん、なんか困ったこととかなかった?大丈夫?」
「大丈夫。定期的に連絡とってたでしょ。」
「そうは言ってもやっぱり心配だよ。」
「大丈夫だって。ほら、とりあえず入ってよ。外暑いし。」
いきなり娘の心配で会話が始まった二人をとりあえず家の中に入れて、一通り片付けなりなんなりをやってもらう。
その間にも久しぶりに会う両親との会話は続く。
「あっ、これ冷やさなきゃ!」
「つつじ、これ買ってきたから使いなさい。」
「父さん、私化粧品なんて使わないって。」
「そうよ、つつじにはその色よりもこっちの方が良いわよ!」
「だから使わないって、母さん。」
「つーちゃん、お母さん達がいない間、スキンケアしてた?肌荒れとかしてない?」
「あー、そういえばハワイも行ったんだっけ?写真ある?」
「誤魔化さないの!で、ハワイの写真ね。すっごく綺麗なのが撮れたのよ!」
「史津野、誤魔化されるな。」
「父さん、髪の色変えたよね?」
「そうなんだ、この前担当した人のイメージに触発されてね。」
このように、趣味の話を振っておけば色々と誤魔化すことができる人達は楽しげに趣味の話を語っている。
確か、母さんは景色、父さんはメイクだったか。
コロコロと趣味が変わっていた期間があったため今何にハマっているのかよくわからないが、母は基本的に‘綺麗なもの’、父は‘芸術的なもの’にハマりがちだったはずで、海外に行ってからは趣味が固定されているようなので多分あっているだろう。
二人が夢中で話しながらもきっちり手を動かしてくれたおかげで、三十分ほどで全て片付いた。
もとよりお土産や家に置いておくものだったようで、案外すぐに片付いたらしい。
代わりに大量のお土産でリビングが埋まったが。
「こっちは後でシガンくんの家に行ってお土産渡してきましょうね〜。」
「これ、残ったのどうするの?」
人に渡す用のお土産を除いた残りのお土産の紙袋はまだ大量に残っている。
私の分にしては明らかに多いが、ここに置いてあるのは渡す先がないものばかり。
まさかとは思うが、この量のお土産全部私の分とか言わないよな?
「ああ、半分はつつじのだよ。」
「もう半分は?」
聞き返したが、父さんは何かのファッション誌を丁寧に仕舞い込むことに集中してしまい教えてくれなかった。
シガンさんに渡すお土産を綺麗にラッピングしながら母さんが教えてくれる。
「つーちゃん、今シガンくんの親戚の子と同居してるんでしょ?今は実家に帰ってるって聞いてるけど、夏休み終わったらお土産あげてね。」
「だとしても量多くない?」
二人分にしてもやはり量が多い。
そもそも、外国のお土産のはずなのになぜ饅頭があるのだろうか。
饅頭の他にも落雁やカステラにパウンドケーキ。
どれも個包装の、どこにでも売っていそうなお菓子だ。
「………あのね、つーちゃん。落ち着いて聞いてね。」
「誰かなくなったの。」
「察しがいいなぁ、つつじは。」
いつの間にか作業の手を止めていた二人は、困ったような顔で笑っている。
ただ、これで二人が同時に帰ってきた理由がはっきりした。
「お葬式のために帰ってきたんだね。」
「ええ、そうね、それもあるわ。明日お葬式で、明後日がお通夜、明々後日が告別式、週末に初七日よ。」
「亡くなったのは?」
「従姉妹の津薫ちゃん、覚えてる?」
「母さんの弟さんの子供だっけ。」
確か、母さんの弟さんは少し前に亡くなっていたはずだ。
「そう。そのつのぶちゃんと、つのぶちゃんのお母さんが亡くなったみたい。」
「事故?」
母子揃って亡くなるとなれば、事故か事件だろうか。
「いいえ、火事よ。家ごと全部、燃えちゃったの。」
私は言いながら泣き出してしまった母さんを前に言おうと思ったことが何もいえなくなってしまった。