120
つつじもどきがスライディング土下座でフェレスの拳を回避した後、私の提案で一度家まで戻ることになった。
流石に眠気が飛びすぎていたので心配だったが、家に戻ると即座に眠くなってきたのでその心配は杞憂に終わったが。
とんでも無い睡魔に殴りかかられている間にも、フェレスと怪異の会話は進んでいた。
「で、どうやって帰るの。」
「えっと」
「と言うかその前につつじの見た目やめて。」
「ハイッ!」
土下座したままの体制の何かの斜め上でフェレスがふよふよと浮いて何かを見下ろして圧をかけており、私は目をこすりながらそれを眺めていた。
フェレスの見事なまでの恐喝に、普段の子供のような無邪気さは感じられない。
手慣れすぎている上に、実害を加えてくるタイプの怪異に遭遇した時は大抵こうなので特に今更驚きも何もあったものでは無いのだが。
「趣味悪いね。」
「べ、別に見てくれなんてなんでもいいだろ!」
フェレスに圧をかけられた何かは、やけに薄い煙に包まれたかと思うと、なんだか古そうな洋服を着た短髪のおそらく女性の姿になった。
見たところ成人はしていそうかつ女性のような見た目だが、怪異なのでそこら辺は当てにならない。
「で、どうやって出るの。」
「そっちのガキが気づいてる通りだよ!寝りゃあ帰れるよ、ここは夢なんだから!」
ヤケクソ気味にキーキーと甲高い声を張り上げる女性はフェレスを気にしながらも帰り方はきちんと教えてくれた。
まぁ私は眠くてほとんど聞いてはいないが。
「ここはよくできた夢だなんだよ!だからここは現実と夢が重なるんだ!」
「だから何?」
「人の話は最後まで聞け!」
「もう殴って帰ってもいいよね、つつじ。」
「DV男かお前は!?」
「んん……?」
「お前もお前で眠そうだな!なんでそんな耐性があんのにここが夢だって気づかないんだよ!?」
なんか知らないが今まで周りにいなかったタイプだな、とぼんやり思うくらいしか私のフルー○ェよりも柔らかい脳みそでは働かなかった。
いや、若干あかねと似た系統を感じなくも無いか?
「うるさいよ。要点だけ話して。じゃ無いとつつじが寝ちゃうから。」
「まだだいじょうぶ。」
「もう目を瞑ったら寝るよね?その顔は。」
「そう、それだよ、それ!なんでテメェは耐性あんだよ!?夢関連の能力持ちじゃねぇんだろ!?」
また何やら叫び始めたが、フェレスが睨むと一瞬で静かになった。
あかねにこんな小物感はないのでやっぱりタイプが違うかもしれない。
「ねむいとたいせいがあるの?」
イメージ的には眠くない方が耐性がありそうなものだが。
「そもそもここは夢と現実が重なる、いわゆる‘交点’なんだよ!だからここは夢でありながら現実!ここでテメェの体に起きたことは全部現実になんだよ!だからここは現実のように感じるはずなんだよ!なのに!テメェは!耐性持ってやがったから本来俺らの領域である交点で、俺らの掌の上にしかいられねぇ人間のくせして俺の干渉をほぼ受け付けてねぇの!」
「うるさいってば。というか、なんか干渉してたの、君は。」
フェレスが女性を睨むように指をデコピンの形にすると、女性は少し怯んだようだったが、フェレスの質問に答えない方が良くないと踏んだらしく、先ほどよりも小さな声で答えた。
「してたも何も、この空間にこいつのテリトリーが生み出されてんのがまずおかしいんだよ。この家は、テメェの家だろ。」
女性の問いかけに肯首で答えると、それがおかしい、と言いながら指を立てる。
「本来、俺がこの空間にテメェらを呼んだ時点で、テメェらが自由に動けることはまずない。俺が想定した通りにしか移動ができねぇし、場所だって俺が作り出す。そこはまさに俺の空間。だが稀に、お前のように耐性を持ってやがるのがいんだよ。」
立てた指で宙をなぞりながら女性は続ける。
「交点は夢の中だが、それと同時に現実だ。だから本来ならまるで現実のような感覚、景色、空間なんだよ。夢と言われても信じねぇ人間の方が多いしな。」
今度は指をまっすぐに私の方へ向けながら言った。
「だが耐性を持ってやがる人間は交点が現実からズレて、そこを‘夢’だと思い込む。正確には自分で夢側にズラしてるわけだが、まぁ気付きゃしねぇ。無意識に自分を守るためにやってんだからな。」
「つまり、その交点に来てもこんなに眠そうなつつじは交点を‘夢’だと認識しているから耐性があると。」
「それに加えて俺が作っていない空間を自分で作り出してやがる。耐性を持ってやがる人間はこれだからめんどくせぇんだよ!」
最後は逆上しかけていたが、フェレスがなんの遠慮もなくとんでもなく大きい音と共にデコピンを炸裂させて抑えた。
「そういえば、それ、たいせいがなさそうなふぇれすはかえれるの?」
「帰れるに決まってんだろ。元から俺らの力はそう強くねぇ。今回だってちょぉぉっと飯をもらおうとしただけだってのに……!」
忌々しげに目の前のフェレスを睨みつけるが、フェレスに効くはずもなく、ガックリと項垂れてしまった。
どことなく哀れである。
「つつじの耐性ってそれくらい強いの?」
「なんで俺がそんなことまで教えなきゃなんねぇんだよ。………分かった、教える、教えるからデコピンの構えをとるな。で、なんだ?そこのガキの耐性の強さか。普通に夢を操るタイプの能力持ちが持ってる程度だ。お前、ほんとに夢関連の能力持ちじゃねぇのか?」
女性がまじまじと私の方を見ていたのでなんとか眠い瞼を持ち上げて頷く。
それを見た女性は腕を組んで怪訝そうな顔をしている。
「素でこんだけ耐性がある人間なんざ聞いたことねぇぞ。」
「一応夢関連の能力持ちだよ。」
「でもゆめをあやつれはしないけどね。」
操るどころか予知夢に翻弄されている気がする。
能力に関しては操るとか能力とかというよりは、ただ単に媒介としての役割が強いと思っている。
未来の話なんて私には知りようがないのだから、どこからか来たその情報を処理して私に見せるのが夢の役割な気がする。
少なくとも、私に夢を操るなんて真似はできない……はずだ。
「夢を操れねぇのに夢の能力持ちってどういうことだよ。夢の中でなんかしらするのが夢の能力だろ?」
「お前に言うことはないよ。」
「ちょっとくらいいいだろうが!大体夢のことに関しては俺の畑だ!知りたいことは知っといた方がいいんじゃねぇか?」
幾分か調子を取り戻したらしい女性は、勢いよく立ち上がって意気揚々と声を張り上げた。
「俺はマール!夢を司る怪異だ!夢に関する事なら、右に出るやつはいねぇ!」
「さっきまで散々なんでどうしてって言ってたのに都合がいいね。」
フェレスが冷たく言うと、マールはシナシナと座ってしまった。
怪異相手にはかなり性格が悪いな、フェレス。
想像の数十倍は悪い。
今までフェレスがいる時に意思疎通ができる怪異に正面から敵対された事はなかったので意外な発見だ。
確かに話せない怪異相手に問答無用で殴りにいく傾向はあったが。
「のうりょくにかんすることはきいておいてそんはないとおもうよ。」
「甘いんだよ、つつじは。」
殺しきれなかった欠伸を交えながら言うと、なぜかフェレスから睨まれているような気配を感じる。
甘いも何も、能力について知る事は有益だと判断しただけなのだが。
『甘い』と言う言葉は月乃のようなお人好しに使うものだ。
「まぁいいじゃねぇか!知りてぇならおしえてやるよ!」
フェレスとは裏腹にマールは嬉しそうに顔を上げた。
フェレスはまだ何か言いたげだったが、私としては能力の使い道を広げられる可能性のあるものならばなんでも試したい。
それは確実に今後のためになるだろう。