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紫アザレアが察するには  作者: こたつ
赤紫の夏季休暇
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「もぉ〜、眠いの?しっかりしてよねぇ〜、つつじ。」


 ふよふよとまた浮き始めたフェレスが私の手を引いてさっきと同じように歩き出す。

動いたせいか眠気が少し飛んだ。


「なんかちょっと目が覚めた気がする……。」

「それはよかった。」


 一歩、一歩と歩くたびにみるみると眠気が引いていくが、それと同時にやけに落ち着かない。

なんだ?

どうしてこんなに落ち着かない?


「つつじ、まだ眠い?」

「…………。」


 そういえば、爪が痛くない。

私をつかむフェレスの手を見るが、その指の先の爪はやはり長い。

長いが、痛みは感じない。


「つつじ?」


 痛みがない事に気づいた瞬間に、本能的に立ち止まる。

動いてはいけない。

これ以上()()()()()()いけない。


「どうしたの。」


 フェレスが手を引くのをやめ、手を掴んだまま浮いている。

一歩、手を掴まれたまま下がると、眠気が押し寄せてきた。


「ほら、眠いんなら行こうよ。眠気が覚めるでしょ?」


 ねぇ、つつじ。

そういうフェレスの声が、やけに響く。

 そういえば、フェレスは異界(こういう場所)で私の名前を呼ぶ事を避けていたはずだ。

現に、家にいるときは私の名前を呼ばなかった。

 なのに、この空間に入ってから、フェレスは何度私の名前を呼んだ?

その度に、目が冴えていたのではないか?


「つつじ?」


 こいつは()だ?


「ほら、進まないと出れないよ?」


 ぐっと、何か(フェレス)が手に力を入れて引っ張る。

今度は、鋭い痛みが手に走った。


「ね?」

「………っ!」

「え?」


 私は手首を掴まれたまま掴まれた腕を大きく振りながら思い切りしゃがむ。

手の甲から覆い被さるように手首を掴んでいたフェレスが軽く飛んでいく。


「待てっ!」


 何か言っているが無視して私は玄関の方に全力疾走する。

幸い玄関は消える事なく存在していた。

 そのまま駆け抜けて玄関から家に戻り、全体重をかけて扉を閉める。


「あ〜!いろんなとこ痛い……。」


 そのままずるずると座り込みたいところだが、ここも安全かはわからない。

まずはフェレスを探さなければ。


「………眠い。」


 あの空間から出たからなのか、とても眠い。

いっそこのまま寝てしまった方が良かったりするのだろうか。

フェレスもどき(あれ)に名前を呼ばれた時に眠気が覚めた、あの感覚は、形容し難いが間違いなく良くはない。

 少なくとも、あの空間の奥に進んではいけない。

直感がそう告げていた。

 おそらく、寝てしまった方が良い。


「………珍しく、フェレスが役に立たなさそうなんだよなぁ。」


 家にいないとなると、あの空間に入った私を追いかけたはずだ。

ただ、私はフェレスと会っていない。

 まだあそこで彷徨っている可能性が高い。


「しょうがないか。」


 私は玄関扉に背を預け、そっと目を閉じる。

一瞬で眠気が襲いかかってきた。

 このまま安らかに入眠………はしない。

代わりに突き指した指と爪を立てられて血が出ている手首を反対の手で強く抑える。

指は燃えるように熱いし、思っていたよりも傷口が開いたようで手首からは血が出た。


「やっぱ痛いなぁ。」


 若干生理的な涙が滲むが、視界が定らないほどの眠気は飛んだ。

これなら、扉を開けてもう一度あそこに行くくらいならできる。


「あんまり遠く行ってないと良いけど。」


 怪我をしていない方の手で玄関扉を開けて、もう一度あの空間に入る。

やけに冷たい空気が、また眠気を覚ました。



 特に行くあてもなく、ぼんやりとただ玄関が見える範囲で歩き回っている。

みたところフェレスもどき(何か)も、フェレスもいない。

 ただでさえ何もなく見晴らしのいい場所だが、何も見えることはない。


「どこまで行ったんだろ。」


 私の頭がフ○ーチェから家で作った硬めのゼリー程度になる程度には眠気も無くなってきた。


「一回戻るかな。」


 このまま頭が冴え切ってしまうのはおそらく良くない。

もういっそ寝てしまおうかなんて考え出す程度には疲れてきていた。

というか、今は一体何時なんだ。

 もし二人が帰ってくるまでに戻れなかったら間違いなく不審がられる。

早く帰りたい。


「〜〜!ーー?」

「ーー!ーーー!」


 タイミングがいいのか悪いのか、どこからともなく声が聞こえてきた。


「怪しいにも程あるでしょうよ……。」


 明らかに罠では無いかと言う都合が良すぎるタイミング。

しかし、ここで戻ってもまた声の主達を見失うのは目に見えている。

しょうがない。

なるべく眠気を飛ばさないように行くか。

 私はその場で少しだけ目を閉じる。

こうするうちに、少しだけ眠くなってくる。


「だから、危ないってば!」

「えぇ〜?別に大丈夫だよ〜。」


 フェレスと何やらまのぬけた声が少し近づいてきていた。

それに気づき目を開けると、案の定視界の隅に人影とフェレスが見えた。


「あれっ、誰かいる。」

「んん〜?」


 フェレスと人影の方も私を視界に入れたようだった。


「つつじが二人いる?」


 フェレスは私と一緒にいた人影……私と同じ姿形をしている人影を忙しなく見比べている。

 まさか私が入れ替わっていることに気づいていなかったのだろうか。


「あ〜、あれじゃ無い?怪異。」

「そうだとは思うんだけど………。」

「フェレス、もしかしなくとも見分けついて無いね?」

「どっちが本物?」


 私は大きくため息をつきながら本気で区別がついていないフェレスを見る。

私はあんな間延びした話し方はしない。

そうでなくとも目の前の()はやけに覇気のない笑顔を顔に貼り付けている。

 私はフェレスに作り笑いはしない。

その時点で偽物だと気づいて欲しかったが、フェレスにはまだ難しかったのだろうか。


「フェレス、私帰りたいから戻って寝ていい?」

「こっちの奥に行けば出れるから、無視して行こうよ。」

「なんかそのこっちの質問に一切取り合わないマイペースさはどっちもつつじなんだけど。」


 フェレスはやはり見分けがつかないようでふよふよと浮きながら真剣に悩んでいる。

 こいつ、大丈夫だろうか。

もし私が本物だと気づかれなかった場合、私は帰れるのだろうか。

お腹がヒュッとなる感覚に耐えながら、私はつつじもどき(何か)に話しかける。


「目的は?」

「ここから出る事。」

「ここがどこか分かってるの?」

「どこって、夢の中だよ。」


 当然のように言うつつじもどき(何か)は何言ってんだこいつ、と言うような顔で首を傾げている。

 いや、素直に夢の中っていうのかよ。

嘘か本当かは分からないが、少なくとも()()が知っているような事ではない。


「ここ夢の中だって、フェレス。」

「そっちのつつじ、なんでわかったの?」

「え?」


 流石のフェレスもつつじもどき(何か)を訝しみ出した。

一方でつつじもどき(何か)はなぜか本気で戸惑っている。


「いや、本物の私がフェレスも分からないこの空間の事分かるわけないでしょ。」

「え?夢の能力持ちじゃ無いの?」

「フェレス、どっちが偽物か分かったね?」

「うん。」

「ま、待って待って待って、え!?なんで!?」


 明らかに動揺する偽物の様子を見て、フェレスが思い切り戦闘体制に入った。

偽物の方はワタワタと手を動かしながらタイムを要請したが、すげなくフェレスに一発殴られる。

なかなかに力の籠った一発だったらしく、私の姿をした何かは怖いくらいの勢いで柔らかそうな床にひれ伏す事となった。

 見た目が私なのが少し複雑ではあるが、フェレスらしい暴力的解決は怪異には効果覿面らしい。

 その後もう一度殴ろうとするフェレスを無駄にキレのあるスライディング土下座を披露する事でなんとかフェレスを落ち着かせていた。

落ち着かせると言うよりは哀れみでフェレスの振り上げた拳を一旦下ろさせただけな気がするが、一応二発めは回避したようだ。

ちなみにスライディング土下座のキレはフェレスが若干引く程度にはキレていた。

キレッキレだった。

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