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「フェレスはどこか行くの?」
「僕?僕は出かけるけど、つつじどっか行くの?」
「うん。シガンさんの家に行く。」
フェレスには言っても大丈夫だろう。
どうせついていきたいなんて言わない。
「シガンの家なら大丈夫だね。」
「うん。」
シガンさんの家に行く時間に指定はなかったので、フェレスが出かけると言う時間に合わせて私も一緒に家を出る。
フェレスは私が鍵を閉めている間にどこかへ消えていた。
「お邪魔します。」
「お、来たなぁ。」
玄関を開けるとすぐにヒガンさんがリビングから顔を出す。
挨拶をしながらリビングに入ると、ヒガンさんがあたりをふよふよと漂っていて、シガンさんは座布団に座っていた。
私は座布団の一つに座らされる。
「何かありましたか。」
「せやな。急に呼び出してもうて悪いけど、片方は緊急やから許してな。」
シガンさんの前に座ると、特に挨拶もなく本題に入る。
シガンさんも特に気にした様子はなく、すぐ話し出した。
「完全に実家にバレたな。」
実家の事にも関わらず思いの外冷静にその単語を発したシガンさんを、私は思わず凝視する。
実家の事に対して冷静なこともそうだが、私を実家関係の事に巻き込んでくれるとは。
いや、まだそうと決まった訳ではないが、実家の事を話されるとは思っていなかった。
「何がバレたんですか。」
とりあえず落ち着きを取り戻す為にいつの間にか机の上に用意されていた冷たいほうじ茶を口に注ぎ込む。
ほうじ茶はよく冷えていて、部屋の冷房と相まって少し寒い。
「住所とおまえが生きとる事やで!」
「ヒガンの言う通りやな。今朝、届けもんがきよった。」
そういってシガンさんがポケットから取り出したのは、四枚の薄い紙だった。
押し花の入った栞のような物が三枚。
そしてもう一つは一筆箋。
一筆箋の方には達筆な字で何かが書いてあるが、あいにく現代っ子である私には読めそうにない。
「こっちの栞はまぁ‘招待状’ってとこやな。俺とヒガンとつつじ宛の。」
シガンさんはそう言って三枚の栞をひらひらとさせる。
ひらひらしている栞達をよくみると、一つ一つ花の色が違う事に気づいた。
花自体は全て同じ、小さな花がいくつもついている花で、色は紫と色合いの異なる二色の水色。
水色の二色は、シガンさんとヒガンさんの瞳の色にそっくりだ。
「一筆箋の方には何が?」
「こっちは日時やな。この日にみんなで帰って来いよって事やろ。」
シガンさんはそう言って一筆箋を見せてくれるが、やはり私には読めそうにない。
ただ、一筆箋にも栞と同じ花が描かれていて、この色は黄色だ。
正確には芥子色と言ったところだろうか。
「それで、帰られるんですか。」
自分の喉から、祈るような声が出た事に、どこか他人事のように驚いた。
これは、シガンさん達に帰ったら帰ってこないと思っているからか、帰ったら危ないと思っているからなのか。
それともまた違った理由なのか。
自分が何を祈っているのか全く分からない。
分からないけれど、その揺れは確かに二人に伝わってしまった。
こちらを安心させるような、されたら一番不安になるような笑顔を向けられる。
「そんな顔せんでも、ちょっと帰るだけや。」
「せやで。それに、行くのはおれらだけやないしな。」
「私も行っていいんですか。」
てっきり月乃と留守番だと思っていた。
その段取りをつける為に、みんなには伝えずに私だけを呼んだのだと思っていたのに、どうやらそうでは無さそうだ。
「連れてきたくはないんやけどな。」
苦々しい顔でシガンさんが言う。
「今回の件の手を引いとるんは本家やない。これは実家、つまり分家の方からの招待や。」
「分家にも本家のもんはおるけど、おれらの実家でもあるからな、まだマシや。」
マシ、と言いつつも吐き捨てるように言うヒガンさんを見ていると心配しかない。
一方でシガンさんは実家なら大丈夫だと踏んでいるようで、この前のように取り乱してはいない。
おそらくこれが本家からの招待だったのなら絶対に私を連れて行くことはしないだろうなと察した。
「分家の手に負えんと判断されたら今度は確実に本家が出てくる。やから、分家のうちに片をつけなあかん。」
「比較的安全なうちに手を打ってしまおうと言うことですね。」
「せやぁ。せやかて分家が完全に安全とは限らへんけどな。おれらがおらんくなってから明らかに本家が幅利かせとる。」
もとより一枚岩ではないらしい分家の力関係が、二人がいないうちに変わってしまっているのだろう。
そのせいで二人には今の詳しい内情までは分からない。
「ただ、つつじを連れて行く分には多分問題はない。」
「私足手纏いになりませんかね。」
能力も身体能力も当てにならない以上、私が行っても人質にでもされて足手纏いになりそうな未来しか見えない。
「多分大丈夫や。」
「根拠は?」
「俺らの実家は、本家とは違って色で棲み分けがあるんや。大まかには丹、蒼、黄、藤の四つやな。まぁ、それぞれにそれぞれの派閥やら細かい色の振り分けやらあるんやけど、それぞれを纏めとるトップがおんねん。んで、そいつらがおるから色ごと小さい自治体みたいになって生活しとるんや。んで、こんなかでも黄と藤は一族の中で特に少ない。やからあえて分けられとるんや。」
「つつじはこの中やと藤に入るんやな。藤はおれらがおった時は確か三人しかおらんかったし、他の色と比べても一枚岩何が特徴やな。誰が今の長かは知らへんけど、三人とも信頼できるわ。。な、シガン。」
「まぁ、せやな。」
ヒガンさんの声に絶妙に微妙そうな顔をしつつもしっかりと頷いたシガンさんをみるに、藤の人達は二人からの信頼が相当厚いことが伺える。
シガンさんの絶妙な顔からなんとも言えない不安は感じなくもないが。
「ところで、前々から思っていたのですが本家と分家は仲が悪いんですか?」
「悪くは無いんやけど、よくもないな。」
「分家は良くも悪くもまだ‘家族’が残っとる。」
「では、シガンさん達を連れ戻そうとしているのは分家と本家、どちらなんですか。」
「本家やな。正確には本家側の奴らや。」
やはり、分家の方はシガンさん達を連れ戻す事にそこまで意欲的ではない。
夏祭りに来ていたのは本家の人間。
分家の人間ではない。
今まで月乃に本家について詳しく説明せずに済むように本家も分家もまとめて‘実家’と呼んでいたので分かりにくいが、ヒガンさんいわくコミズサマの件を除けば全て本家の人間の仕業らしい。
コミズサマの件に関しても、怪異が分家のものであるだけで本家の人間が仕掛けた可能性が高いと言う事だった。
絡繰箱も、分家の物を本家に貸し出していたのだろうと言う見解を述べていた。
だからこそ、今までどこか手緩かった。
コミズサマが私になんの害も及ぼさなかったのは、コミズサマについてよく知らない本家がコミズサマを仕掛けたからだろう。
夏祭りの時に私を置き去りにするだけにしたのは、今年変わった規則を知らなかったからだろうが、それ以前に、あの時のあの時間。
わざわざ私と話しす必要はなかった。
さっさとお面をとって仕舞えばよかったのだから。
もしもあの時、私のお面を取れない理由があったとしたら?
例えば、本家の人間を分家の人間が邪魔していた、とか。
ただの仮説でしかないが、案外あり得るのではないか。
「相変わらず察しのええ奴やな。」
「なんで呆れてるんですか。」
セリフとは裏腹にシガンさんの顔にははっきりと『呆れています』と書いてある。
「それよりも、実家はある程度安全なんですね?」
「本家の奴らや本家かぶれのやつに会わんかったらな。」
「ヒガンはほんまに本家嫌いやな。」
実家に紛れている本家側の人間さえ避ければ分家の方は案外大丈夫そうだ。
問題は本家の人間次第。
「他になんか聞いときたいことあるか?」
おそらくなんの意図もないとは思うが、シガンさんの真顔とセリフのせいでシガンさんがゲームのNPCのようにしか見えなかった。




