12
「俺、勘当されてるからね。」
「「………」」
流石に私とフェレスも無言になった。
気まずいし反応しずらい。
何より、死んだ目で薄笑いをし始めてしまった妖狐が怖い。
いろんな意味で。
「だ、大丈夫…?」
明らかに大丈夫そうではないが、他に言葉が出てこない。
そしてずっと薄笑いを続けている妖狐はついには渇いた声で、ハハハ……、ハハハ……。とつぶやきのように笑い声を発し始める。
とんでもない地雷を踏んだな、フェレス。
フェレスも流石に何もいえないようで、そっと私のコップの後ろに身を潜めている。
“フェレスが言ったんだから、なんとかして。”
“できるわけないでしょ。どうすればいいのかわかんないんだもん”
“んな無責任な”
フェレスと目線だけで会話をしていると、徐に妖狐が口を開いた。
「すまん。あまりにもくだらない理由で勘当されたからな、思わず笑ってしまった。」
目と声が完全に死んでいる。
「目だ。俺が勘当された理由は。」
目?
恐る恐る死んでいる妖狐の目を覗き込んでみる。
どこか暗いが、透き通った綺麗な赤色の、特に人間と変わりない目だ。
「普通…だよね?フェレス。」
「うん。普通だと思うけど。」
特に勘当されそうな点は見当たらない。
本当にただの目だ。
変わっているところはない。
「『赤』の目は、俺たちの一族では生まれたことがないんだ。今も、昔も、ずっと。」
「理由って、それだけ?」
確かに、笑えるほどくだらない理由ではあるが。
「もちろん、それだけではない。赤い目は、妖の中でも『マガツ神』や『妖怪』に分類される妖の目の色だ。
そいつらは皆、目が赤いからな。そしてそいつらは妖にとっても、人間にとっても危険だとされる存在なんだ。」
要は、危険だと判断されたのだろうか。
それにしても、くだらない理由だとは思うが。
「君がそういう術を使えるのはわかった。それで、月乃ちゃんにはその術をかけた、ってことでいいのかな?」
「そうだ。」
「経緯を聞いてもいいかな?」
一応疑問系だが、フェレスの声は有無を言わせない強さがある。
「それは、どうしても話さないといけないのか?」
「お願いしたいかな。」
妖狐は再びお茶を啜り、ポツポツと重い口を上げながら話した。
「あいつ、月乃がお前らみたいに、あの山道を通っていたんだ。だから、声をかけた。もしかしたら、運が良ければ、怖がられないかもしれないと思って。と思って。そしたら、
無視された。
確かに声は届いていたのに、ズンズン歩いて行ったんだ、あいつ。
実は見えていないんじゃないかと自分を疑うくらい綺麗に、無視された。」
フェレスによると、妖の中には故意に姿を見せることができる種族がいるらしい。
ほんの一握りの、限られた妖だと言っていたが、この妖狐は、そういう限られた種なのだろう。
「でも、確かに姿は見えているはずだった。
見えているはずなのに怖がりもしなかった。
だから、いろいろと話かけてみた。
『身体中傷だらけだが、どうしたんだ?』
とか、
『名前は?』
とか、
『年は?』
とか、それはもういろいろ。
もうそろそろ山を抜けるってところで、
『なんでそんなに暗い顔をしてるんだ?』
と聞いたら、ようやく答えが返ってきた。
『あなたも同じ顔をしているよ。』
とな。
さらにあいつは、
『わかんないんでしょ。ここにいる意味が。』
と続けた。」
なんというか、重い。
胃もたれしそうなほどに話の内容が重い。
自分の存在意義を考え始めたら終わりだと、昔誰かが言っていた気がする。
それを考え始めた人は、どこか疲れているのか病んでいるのだと言っていた気がする。
「俺は、面白いと思った。俺と怖がらずに話すことも、同じようなことを考えていたことも。
面白いと思った。だから、しばらく遊んでた。二人で、いろんな場所に行ってきた。だが、それ以上一緒にいたら、あいつは戻れなくなりそうだった。だから、そうなる前に、術をかけて戻したんだ。あいつが暮らす場所に。」
なるほどねぇ。
妖狐は思いの外優しい顔をしている。
それだけ大切だったのだろう。
その人が。
だが、それだけ大切なら___
「俺からも一つ、聞いてもいいか?」
「何?」
「お前じゃない。お前じゃなくて、そっちの、つつじといったか。お前だ。」
「私に?」
特に妖狐に聞かれるような情報は持っていないと思うのだけれど。
「あいつは、月乃は、……」
妖狐は言いずらそうに口を閉ざした。
しかし、すぐにもう一度口を開いた。
「月乃は、いじめられてたんだろ?お前は、歳とか、くらすとか、いろいろ違うだろうが、何か、あいつのことを、知らないか?」
妖狐は悲痛な面持ちをしてたずねる。
人んげんのためにここまで感情的になるのか、この怪異は。
「……知ってるよ。」
「本当か!?」
そりゃあ、知っているさ。
同じクラスだからな。
でも、言った瞬間殺されないかが不安なんだよなぁ。
私はいじめこそしていないが、所謂傍観者というやつだ。
傍観者は、いじめの構造の中で、ある意味では一番たちが悪い。
動けるのに、動かないから。
助けられる立場にいながら助けないから。
そんな立場にいた私を、この妖狐は許すだろうか?
「知っているよ。クラスが一緒だったから。」
妖狐の明るくなった瞳が、一瞬で暗くなった。
まぁ、覚悟はしていたが。
「一応言わせてもらうと、私は『傍観者』だった。いじめの中心的人物ではないし、直接何かをしてはいない。」
それは、しばらくの沈黙のうちに、口を開いた。
「月乃は、“一人のぞき”、お前のいう傍観者は許せると言っていた。だから、俺は何も言わない。」
どうやら、私の命は無事なようだ。
……許す、か。
「一人のぞきっていうのは、どういうこと?」
フェレスが首、ではなく手首をかしげながら聞いた。
「月乃が言ってたんだ。
『休み時間はほとんど本を読んでいて、自分から人に話しかけない子。移動教室とか、お昼ご飯の時以外で集団行動をすることを嫌うくせに、誰かと話す時だけは常に笑顔な子。その子は、いつもクラスで起こること全てを傍観してるけど、他の子とは違う。その子以外にも傍観してる子はいるんだよ。でも、その子以外に傍観している子は、『怖いから』傍観してる。あの化粧が濃い子が、みんな怖いの。でも、その子は、怖いから傍観してるんじゃない。めんどくさいから、どうでもいいから傍観してる。助けようと思えば助けられるのに、興味がないからってだけで助けない。そういう態度っていうのかな。それが気に入らない。その子だけは、許せない。』ってな」
……それ、私な気がする。
うちのクラスで本を読むような人間は私しかいない。
特に、休み時間に読んでいるというあたりが私な気がする。
だが、わざわざこのことを言う必要はない。
今度こそ殺される気がする。
「それつつじだよ」
「余計なこと言うな。」
フェレスこいつまじで。
ほら、妖狐の顔が怖くなっちゃてるじゃん。
怖くて顔を直視できない。
「お前は、怖くなかったのか?」
妖狐は、静かに問う。
さて、どうしたものか。
嘘をつくこともできる、が。
確実にフェレスに指摘されるだろうなぁ、嘘を。
どうにか逃れる手はないかと考えてみるが、妙案は総都合よく湧いて出てはくれなかった。
まぁ、もう、いいか。
面倒臭いし、どうでもいい。
「怖くなかった。」
気づくと、頬から一筋、血が流れていた。
おそらく、妖狐の爪が掠ったのだろう。
おそらく、私の首か胸ぐらを掴もうとした手をフェレスが弾くか払うかしたのだろう。そして、弾かれたか払われたてが私の頰をかすったのだろう。
「なんで助けなかった!できたんだろう!?お前なら、お前なら、助けられたんだろ!?月乃には、家にも、学校にも、居場所がなかったんだぞ!?死ぬかもしれなかった!あいつの体はボロボロだった!!なのに!なんで!なんで、助けなかった!?」
そこまで叫んで、ようやく少し、落ち着いたらしい。
荒っぽくコップを掴み、中身を飲み干した。
その後、鋭い視線で私を突き刺すように睨んでいる。
質問に答えろとでも言いたげな視線だ。
馬鹿正直に質問に答えてもいいのか、また何か別のことを言えばいいのか、はたまた何も言わなければいいのか。
会話は得意ではないのだ。
なんと答えればいいのかわからない。