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メッセージを書いたのはおそらくあかねだろう。
前置きも何もなくいきなり情報をいれてくるあたりはヒガンさんのメッセージとよく似ていた。
『月乃のやつ、お前の帰りが遅いことについて怪異に巻き込まれたって体にしてたから言い訳考えといた方がいいぞ。あと、シガンは多分実家についてだいぶ疑ってやがる。月乃が口を滑らしたらすぐにバレちまいそうだ。』
「思いの外シガンさんにバレそうだね。」
「だからそろそろバラした方が……って、もう一件メッセージない?」
私の頭の上でスマホを覗き込んでいたフェレスが言う通り、私のスマホにはもう一件の通知が来ていた。
これもまた月乃のアカウントから。
次はメリーさんかな、なんて言う軽い気持ちで同じようにメッセージを開く。
『バレましたわ。』
短く端的だが誰が書いたのか一発でわかる内容。
長文ではないところを見ると、バレた瞬間にこの文章を打って今はお説教中だろうか。
「それ何時に送られてきたの?」
「十分前……。」
現在時刻は午前一時なので零時五十分ほどにメッセージが送信されたのがわかる。
シガンさんからのメッセージは来ていないが、時間の問題な気がする。
そんな事を考えていたからだろうか、私のスマホがいつかのようによさこいを奏で出してしまった。
電話をかけてきたのはシガンさん。
「出たくない…。」
「出ないと後で怒られると思うよ。」
月乃のメッセージに既読をつけてしまったのがミスだったか。
既読マークにより私が無事に脱出できたことが伝わってしまっている今、電話に出なかったら間違いなく後で怒られる。
「選択肢ないね、うん、しょうがない。これが最善、うん、まぁ絶対怒られる……。」
「ぶつぶつ言ってないで覚悟決めてよ。」
「うん……。…………もしも」
「お前、要件わかっとるな?」
もしもし、と言い終わるよりも早く低い声で要件が耳に捩じ込まれた。
いやもはや要件ですらない。
新手の脅しか脅迫の勢いだ。
思っていたよりもちゃんとバレていて思っていたよりも怖いシガンさんの声に喉が引き攣ったように動かなかった。
「実家の件?」
「フェレスか。お前もグルやろ。帰ってきたら詳しく聞くさかい、覚悟しとけ。」
電話先のシガンさんはお怒りなせいか普段よりも強い関西弁が出ている。
時々電話の向こう側でヒガンさんやあかね達の名前を呼んでいるのが聞こえるので全員揃って説教中のようだった。
「…………お前ら揃いも揃って…。」
ふと電話先の音が途切れた時、小さな声でシガンさんが言ったのを、私の耳はしっかりと聞き取っていた。
説教の合間に何かあったのだろうか。
おそらく現在進行形で説教をされているであろう四人に向けた言葉だと思うのでそれには触れず、私は早く帰る旨を伝えてできるだけ穏便に電話を切った。
「シガン何のためにでんわしたの?脅し?」
「帰ってきたら説教だから覚悟しとけよ、って意味だと思うけど。」
心の準備をする時間くらいはくれてやろう、程度の意味で電話をしてきただけだと思う。
「ふーん。」
「他人事みたいに言ってるけどフェレスも一緒に怒られるんだよ。」
「僕別にシガンに怒られても怖くないし。」
小学生のような事を言うフェレスはのんびりとしているが、これから色々と言われそうな私はもうすでに気が重い。
ただでさえもう深夜で眠いのに、これからさらに実家関係の話についてのしなければならない。
億劫だ。
最悪の場合シガンさんが実家に帰るとか言い出しかねない。
それは困る。
怪異に関する意味でも、私の生活に関する意味でも。
「つつじ、そんなにシガン達大事なの?」
「………実家に帰られると不都合があるんだよ。」
「ふーん。」
自分で聞いておいて興味がなさそうなフェレスは何度かふーん、とかへー、とか言っていたが家に着く頃には静かになった。
しばらく歩いてようやく辿り着いた我が家の玄関前で、私は扉に手をかけたまま扉を開けずにいる。
「ねー、早く入ろうよ。」
「待って、まだ心の準備が終わってない。」
「大袈裟だなぁ。」
「入った瞬間に戦いが始まるんだよ。」
「なんの戦いなのさ。」
フェレスは言いながらヒョイっと私の手に乗り、重さに呻く私が腕から崩れ落ちる前に手ごと玄関を開けた。
勝手に扉を開けられたことに文句を言おうかと思ったが、今ここで下手に声を出すとシガンさんのに近所迷惑だとかで叱られそうなので黙って中に入り靴を脱ぐ。
「ただいまー。」
一方フェレスは普段通りにぴょこぴょこと行ってしまった。
「 ようやっと帰ってきたな。」
フェレスについて行ってリビングに入ると、目の前に仁王立ちのシガンさんが現れた。
シガンさんはまだ着替えていないらしく浴衣を着て髪にはまだ花が咲いている。
そのせいか妙に怖い。
普段よりも低い声に加えてヤクザ感の強さが十割マシのシガンさんは今なら子供が見たら問答無用で泣きだす。
大泣きしだす。
「なんしかそこ座らんかい。」
「はい?」
方言が強すぎて思わず聞き返してしまったが、絶対に今聞き返すべきではなかった。
「とりあえずそこ座れ。」
とてもご機嫌麗しくなさそうなシガンさんが言い直してくれたのに従い、私は示された床に浴衣のまま正座する。
私が正座をした隣には同じく正座をしている月乃とあかね、メリーさん、ヒガンさんが並んでいた。
そこで私は先に入ったはずのフェレスがいないことに気づく。
どこに行ったんだフェレスも道連れだ。
死なば諸共精神で目線だけでフェレスを探すと、なんと手だけで天井に張り付いていた。
そこらのホラーよりも怖い絵面に思わず叫びかけていしまいシガンさんに睨まれてしまった。
「フェレス、お前もや。」
しれっと逃げようとしていたフェレスも無事捕まり、私の隣で大人しくなった。
全員が着席、もとい正座をすると、一人だけ仁王立ちしているシガンさんを全員で見上げる体制になる。
「自分らなんで黙っててん。」
シガンさんが私達を見下ろしながら説教の火蓋を切った。
まず最初に弁明のは実の弟、ヒガンさん。
「やってお前に教えたら帰るって言い出すやろ。」
「んなことどうでもええねん!そんな事で巻き込むな!」
飄々と言うヒガンさんとは対照的に、シガンさんは初手から大声で叱り飛ばす。
ヒガンさんには効いていないようだが、聞いている身としては非常に怖い。
なんかこう、聞いていてハラハラする。
「自分忘れたんか?本家が出てきたんやぞ。あいつらは何してくるかわかれへんねんで!」
「 一旦落ち着きぃ。今は全員無事やさけ。」
「無事?月乃さんが取り残されかけて、つつじが帰られへんくなるかもわかれへんかった!無事ですまへんかったかもわかれへんねんで!」
シガンさんは聞いたことがないほど大きな声で怒鳴る。
私の予想よりも随分と取り乱していた。
肩で息をしているシガンさんは瓶覗の瞳をきつく細めている。
私はただ黙って双子の様子を伺うしかできない。
私以外の面子も同じように静かに見守る。
誰一人音を立てず、視線だけが忙しなく二人を行き来する。
静かなまま、数分、ようやく音が返ってきた。
「シガン。」
「分かっとる。」
さっきまでの飄々とした雰囲気を消したヒガンさんがそっとシガンさんに話しかけた。
シガンさんはそれに頷き、深く息を吐いて目を伏せる。
「………まぁヒガンの言い分は分かった。」
伏せていた目をゆっくりと開き、瓶覗が私達を見据える。
その瞳はどこか人間離れして見えた。
「自分らはなんで協力したん?」
一列に並んだ列の端に座るあかねが最初の標的となった。
「月乃に話聞いてたんだよ。んで、月乃がお前に隠すって言うから協力した。」
「同じくですわ。」
普段よりも抑えた声で答えた二人を一瞥した後、シガンさんは珍しく月乃の方を険しい顔をして瓶覗を向けた。