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紫アザレアが察するには  作者: こたつ
裏色の夏祭り
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「あんまり警戒してへんかったんかいな?まぁ、そう思わせう演技をしとったしな。気づかんでもしゃあない。」


 またニヤニヤとした陰湿そうな声が妙に女性らしいお面から響く。

余裕さが演技であることは気づいていたし、警戒はバチバチにしてたわボケが、と言う言葉が新幹線程度の速さで脳裏をよぎったが一旦乗車券を心の引き出しに仕舞い込んで男の話の続きを聞く。


「あんたは利用しようにもあんまり賢いと利用しずらい。そやさかいここで遊んどってや。」

「……もう遊び疲れたんですがねぇ。」


 せめてもの皮肉を口にするが、男は興味無げに私の前に立ち塞がっている。

私は立ちあがろうとすることもなく男を見上げている。


「そもそも、私が賢いとは一体どういう了見で?絡繰を解いたのは私ではありませんし、怪異達の相手をしているのも私ではありませんよ。私はただ怪異に守られているだけです。」


 ここで私を消すよりも、私をダシにしてシガンさん達……と言うよりはシガンさんを、脅すなり何なりした方が利益になる。

目の前の男にこう思わせることしか助かる道が思い浮かばなかった。

 まぁ、事実私は賢いと言われるほどの頭脳はないし、能力持ちになってもまだ生きているのは怪異であるフェレスの庇護を受けられているからであるのでほぼほぼ無能と言っても差し支えない。

能力だって確定している未来をほんの瞬きの間に見られるだけ。

しかも部屋から出ると忘れてしまう。

 まだ身体能力が高く能力も使える月乃のほうがよほど有能だろう。


「この状況でそこまで落ち着いてるのんがよう言うなぁ。もっと慌てて喚くとこやわぁ?」

「慌てて喚けば見逃してくれるので?」

「そないなとこ、雪花ちゃんにそっくりで好かんな。」


 ようやく余裕そうな態度は崩れたが、目的である私への警戒度を下げることには逆効果な事になってしまった気がする。

 男は忌々しげに雪花さんの名前を呟くと同時に、倒れたままの私に蹴りを放った。


「暴力はだめだよ。」


 しかし、それは私に当たることはなく、男の舌打ちだけが残る。

いつの間にかフェレスが私と男の間にいるので止めてくれたのだろう。

 フェレスが動いた事を機に私も動きが悪い両腕を庇いながらゆっくりと立ち上がり、フェレス越しに男を見る。

ずっと女性的なお面に目がいっていたが、よく見ると男は青色のやけに上等そうな着物を着ていた。


「いらんことしやがって。ほんまにうざったいなぁ。」

「僕たちそろそろ帰りたいんだけど。」

「だーかーらー、帰さへんっていってるやないか。怪異はともかく、つつじちゃんはあかん。」

「………雪花さんに、似ているからですか。」

「そうや。あの性悪女、思い出すだけで虫唾走る!」


 忌々しげに叫ぶ男は苛立たしげに地団駄を踏む。

私は黙ってそれを見ていた。

 私は雪花さんに似ているのだろうか。

お面をしているし、男が似ているといったのは言動を指していたと思うので容姿のことではなく性格的なところが似ているのだろう。

ただ、雪花さんの声も顔も覚えていない私にはピンとこない。


「まぁ、そう言うわけやさかい……っと、話しすぎた!もう時間とちがうか!?」


 シガンさんが案内人に持たされていたあの時計がいつの間にか男の手にあった。

おそらく男も案内人から渡されていた物だろうが、それを取り出したと言うことは…。


「チッ!もう時間があらへん!しゃあない、帰るしかあらへんか。ったく、手間取らせやがって。」


 何やら京弁でぶつぶつと言いながら額を抑えている男はズカズカと私の方へ歩いてくる。

それを見て後ずさるが、男は気にせず間を詰めた。

そして、私に少し前にいるフェレスに目の前まで来る。


「おしゃべりに付き合うとったら時間来てもうた。ほんまはちゃんと確認したかったんやけどな。」

「____!」


 男は言いながら無造作に手を振ったと思えば、フェレスが視界から消えた。

思わず周りを見渡すが、フェレスらしき人体の一部はどこにも無い。

 これはよろしくない。

非常によろしくない。

 そんな事を思ってもどうすることもできない私はただ目の前の男を注視するしかない。

男はついに私の目の前に立つ。


「今ほんまに急いでんねん。」


 男がまた無造作に手を振る。

その瞬間、一気に視界が広がった。

 視界いっぱいに映るのは目の前にいる男の着物の柄と明るい祭り提灯。

お面で暗かった視界が明るく眩しい。


「お、意外と綺麗な顔してるやん。しかもその目。勿体あらへんなぁ。」

「何のつもりですか。」


 私はお面を外されたまま男を見る。

お面は男の手の中にあり、取り戻すことはできそうにない。


「何でって、分かってるやないか?ここの『ルール』。面をしてへん奴は怪異が干渉してもええ。」


 自分では何もせず、時間経過で勝手に私を始末しようという魂胆だろう。

時間もないらしいので男が帰っても時間経過で型がつく。

 非常に合理的で効果的な判断だ。


「おっ、早速お出ましやな。ほな、わしは帰るさかい、せいぜい足掻けや。」


 男はお面を持ったまま背後にあった行燈に触れたのかあっさりと消えてしまった。

一人残された私は迷いなく行燈に触れようと足を動かす。

 フェレスなら一人でも時間が来ても問題はない。

ただ、お面も時間もない私はここの長時間いるのは危険だ。

出た先にあの人がいたとしても、ここで長居するよりはヒガンさんがいるあっちの方がまだマシなはず。

 自分を落ち着かせるように色々なことを考えながら行燈に触れようと手を伸ばす。


「やっぱりそう上手くはいかないか。」


 気づけば、大量の提灯に囲まれた場所にいた。

全てが真紅の提灯は目に優しくない。

 瞬きもしていないのに、いつここに来たのか分からない。

さっきまで目の前にあった行燈もなく,ただ提灯しか見えない空間に取り残された。

 これは時間が来たからこうなっているのか、お面をしていないせいでこうなっているのか、どっちだろう。


「地面は提灯じゃない……のかな?これ。」


 地面を見てみると、何やら提灯よりも薄い赤色の丸いものが連なっているように見える。

よくみると所々黒い線が入っていたり、傾斜がついている。


「和傘…?」


 赤い和傘の地面に、大量の提灯。

浮いていたり地面についていたり、とにかく提灯。

上を見ても赤、下を見ても赤。

 赤色以外の色彩は自分の色くらいだ。


銀朱(ぎんしゅ)ってやつか。」


 現実逃避がてら赤色の名前を呟きながらとりあえず歩く。

フェレスが無事なら組紐を辿って来てくれるだろうあい、もしこの空間に出口があれば自分で探した方が早い。


「そういえば上手く宥めれたかな。」


 私はシガンさん達を思い浮かべながら独りごちる。

何も知らないシガンさんを宥めるのはヒガンさんの担当だが、今ここではない場所(あっち)で私達が帰れなくなっている事を察する事ができ、その上で効果的な策を打てるのもまたヒガンさんだ。

 あかねとメリーさんは(ここ)に詳しくはない。

シガンさんならば能力で無理矢理(ここ)に来ることはできるだろうが、そうもいかない以上ヒガンさんしか頼れそうな人はいない。


「でもあの人なら見捨てるか。別に私達に興味は無いだろうし。」


 となると頼れるのはまだ(ここ)にいるフェレスだけだ。

あの人、フェレスをどこへやったのだろうか。


「出口っぽいものは無いけど、身の危険も無さそうなんだよね。」


 ゆるゆると緩慢に頭を回しながら歩き続けているが、周りの景色はとんと変わらない。

ここが『時間切れ』の末に行き着く場所なのか、それとも何かの怪異に巻き込まれているのか。

 よく分からないが、とにかくこのまま彷徨っているだけでは出られそうに無い事だけは分かった。

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