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ぴぉぉぉぉぉぉぉ!!!!
けたたましい音を発しているのは、私が引いた防犯ブザーだ。
間抜けな音とは裏腹に見た目はありえないほど高級そうに見える、射的の景品。
あかねが絡繰を解き終わった瞬間、ブザーの音を鳴らすために紐を引いていたのでかれこれ五分近く、防犯ブザーは叫び続けていた。
「なぁ、本当に気づいてるのか!?もう結構経つだろ!?」
「一応抱きつく時に防犯ブザーの話はしておいたんだけどね、気づいてるかな……?」
私達は計画が失敗したのか月乃達の方で問題が起こっているのか分からずにいた。
私は月乃に抱きつく時、耳元でこっそりと『防犯ブザー』、と言っておいたのだ。
防犯ブザーの音は表の夏祭りで聞いているので聞けば分かると思ったのだが……。
「何呑気な事を言ってんだよ!月乃は大丈夫なのか?!」
「分からないよ。でも、フェレスとメリーさんがそう簡単に負けるとは思えないし、あれだけ私を警戒しておいてあっさり手を出すとも思えないし、そもそも月乃が私じゃないとバレてたらとっくに追っ手が来てると思う。」
「んな事わかんねぇじゃねぇか!」
「そんなこと言われても………、ああ、来たっぽいし大丈夫でしょ。」
あかねと不毛なやり取りをしている間に、ドタドタと足音が聞こえてきた。
その人数は不明だが、明らかに二人ではないのは確か。
多分三人くらいだろうか。
「あーやばそう。」
「言わんこっちゃねぇ!さっさと月乃達だけ回収して帰んぞ!」
やがて姿が見えたのは月乃にメリーさん、その上に乗っているフェレス、それを追いかける怪しいお面の男。
不思議な事にお面の男以外のお面は見えない。
どこかに潜伏でもしているのだろうか。
「つつじー!時間がやばい!!」
「そっちがつつじちゃんか?もう騙されへんで。そやけどもう時間があらへん。今回は見逃したるわ。」
どこか余裕綽々な男は怪しい事この上ない。
「月乃様!先に出てくださいまし!」
「分かった!」
まず最初に走り込んできた月乃、その次にメリーさんが行燈に触れ、その後私と途中で私の方に来たフェレスより先にあかねに出てもらう。
男の方は黙ってそれを見ていた。
「行かんでええの?」
「今行ったらあなたも同じ場所に出るでしょう。」
ヒガンさんによると、出口から出ると絶対に小学校の敷地内に出るらしい。
そして各出口ごとに出る場所は決まっている。
つまり今月乃達が出た出口から出れば私も同じ場所に出ることができる。
それすなわち、今目の前にいる男も同じように出ることができる。
出口の先でシガンさん達がいないとも限らないのでできる限り同時に出たくはない。
もしシガンさん達が出口の近くにいても、ヒガンさんなら察してシガンさんを月乃達が出てきた場所から遠ざけてくれるはずだ。
それまで、時間を稼がなければ。
「時間になってまうで?それに、そないに警戒しいひんでも今回は見逃したるって言うたやろ。」
どこか小馬鹿にしたような雰囲気の男は、完全に自分が優位だと確信しているような態度だ。
間違いなくなんかある。
私の直感がそう言っていた。
「……なぁ、なんでそないに此雅夜君達にこだわるんや?別に血ぃ繋がってるわけでも特別親しいわけとちがうんやろ。」
「あの人達がいないと困るんですよ。」
あの二人が隣に越してきてから、怪異と遭遇した時の対処が非常に楽になった。
怪異にあったらとりあえず逃げ込める場所があるというのは心強い。
私の一人暮らし(もはや大所帯だが)のためにも、あの人達を連れて行かれるわけにはいかないのだ。
「ふーん。そういうたらつつじちゃんはおつむがきれるって聞いとったけど、実際はどうなん?その絡繰解けた?」
やはり侮るような態度のまま、男は楽しそうに雑談に興じているように見える。
しかし、この人が一番警戒していたのは私だ。
にも関わらずここまで余裕を見せるのはなぜか。
そもそもなぜあそこまで警戒されていたのかも分からないが、とにかく怪しい。
「ねぇ、君たちはどうしてシガン達を連れて帰りたいの?」
フェレスが私の頭の上で男に話しかける。
男は怪異から話しかけられると思っていなかったのか、僅かに返事が遅れていた。
「そないなもんは家のために決まってるやろ。」
当たり前だというような調子で男は呆れたような声を出す。
「家のためって、それでシガン達に何をさせるつもりなの?あの二人が逃げ出すって相当じゃない?」
ねぇ、といいながら私を見下ろしているフェレスに緩く相槌を打つ。
あの二人が“家のための何か”からそう簡単に逃げ出すとは思えない。
特にシガンさんは性格上誰かのためならば割と動いてくれる人だ。
その人が何の理由もなく逃げ出すはずがない。
「あかんな〜。やっぱし君も此雅夜君達と一緒や。家の事を無視して勝手な事を言いよる。」
「勝手ですか。」
「勝手や。」
どこかそっけなく、どこか傲慢そうに言う男の余裕はいつの間にか薄れ、普通の会話のようになっていた。
「つつじ、そろそろ行こう。」
「そうだね。」
今は私の方が出口である行燈に近い。
男から目を離さないよう注意しながらジリジリと行燈の方へ移動していく。
時間が分からない今、ある程度時間を稼いだあとは早めに裏を出たい。
もう目を瞑って行灯に触れれば帰れる。
私は目を瞑ろうとお面の中で瞼を下す。
「つつじっ!」
フェレスの大きな声と共に、左腕の肘辺りに強い衝撃が走った。
お面の中で閉じかけていた瞳を思い切り見開くが、お面越しの視界では何が起こっているのかうまく見ることができない。
そのまま強く後ろに引かれるが、それよりも前にもう一度同じ位置に強い衝撃が加わる。
「何するんやい、痛いやんか。」
気づけば先程まで距離があったはずの男の位置が、いつの間にか私の目の前まで来ていた。
思っていたよりも身長が低いらしい男はニヤニヤと言う効果音がつきそうな声で私を見下ろしている。
低いと言っても余裕で私よりは高いが、下駄を履いているらしく今は多分シガンさんと同じくらいな気がする。
「……見逃すのでは?」
「嘘に決まってるやろ。っと、まだ逃げなや。」
私は話しかけながらもう一度目を瞑り行灯に触れようとしてみたが、あっさりと今度は右の手首を掴まれた。
どうやって私が目を瞑ろうとしているのかわかったのか、的確なタイミングで腕を掴んでくる。
どうやらさっきは同じ容量で、いやもっと強く左腕を掴まれたらしい。
左腕は痺れているのか、手が震えてうまく持ち上がらない。
フェレスはまだ私の頭上にいるようだが、今は成り行きを見守っていた。
これは、自分である程度どうにかしないとフェレス動いてくれないやつだ。
「シガンさん達の事でしたら、全面的に拒否しますけど。」
「そのことはもうええ。どうせ最初から無理や思うとった。」
そこで言葉を切った男は無言で私の腕を掴む手に力を込める。
ギリっと手首が締め上げられ、血液が止まるのを感じたが、声には出さずにただ真っ直ぐに男の目があるであろう位置を見通す。
「そやさかい、あんたに利用価値はあらへん。なら、いらんもんは処分しいひんとな?」
男はどこか楽しげに言うと、掴んだ右腕を思い切り振り上げ、無造作に放り投げる。
耳元でとてつもない風切り音がした。
「___!」
驚きと体全体が軋むような痛みに声が出ない。
しかし、倒れ込んだ痛みはない。
痛むのは男に掴まれて投げられた腕と内臓だけだ。
背中から地面に倒れ込んだ私は(おそらくフェレスのおかげで)外傷はないが、代わりに放り投げられた腕には力が入らない。
浴衣という動きにくい服装では素早く起き上がることもできず、私はただ行燈の前に立っている男を見上げるしかできなかった。